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06.むにゅ口
しおりを挟むぶすっと膨れっ面を晒しながら僕は、口を尖らせた。
「ねぇ……、どうして僕は戻れないの?」
「俺に聞くなよ」
正式なもてなしを受けたカルジーニは、僕の部屋でお茶を飲みながら、「呪いにでもかかったかもな」と笑う。
他人事だと思って簡単にそんなことを言うけど、もし本当に呪いなら、僕は一生成長しないじゃないか、と不貞腐れた。
けど、ふと思ったことを口にした。
「呪いなら、王子様の口づけで元に戻るとか、かな……?」
「……げほっ」
「あ、王子様ってカルジーニじゃないからね!」
そう、もちろん僕の王子様は一人だけだ。
けど、口づけって、普通は婚姻する予定の花嫁とする物だし、でも、マクシム王子がレジェの呪いを解くためならいいよ、とか言ってくれて、口づけされたら、呪いが解けた瞬間、僕は死ぬかも知れない。
そんなことを一人でもんもんと考えていると、カルジーニが、「俺が……してやってもいい」とか言う。
「えー、僕、マクシム王子がいい……」
「王子なら一緒だろ」
「そうかもだけど……」
「だいたい、兄上がレジェと口づけなんかするか」
言われて見れば、そうだと思う。
だけど、可能性に賭けて見たい気もするし、けど、もし、口づけされたら、死んじゃうかも知れないし、複雑すぎる難問を抱えて、よく分からなくなって来る。
「ほら……、来い」
「え……、するの?」
「呪いを解くんだろ?」
ここで、僕は思う。
どうして呪い確定みたいなことになってるんだろう? 元々は魔具のせいで十歳になったはずなのにおかしいなと、小首を傾げていると、正面に座っていたカルジーニが立ち上がり、すっと僕の前に来る。
「やって見ないと分からないだろ……」
「う、ん?」
真剣な表情を見せるカルジーニを見て、僕の呪いを解きたいのが伝わってくる。
いや、実際は呪いではないのだけど、どうも僕の周りにいる人間は根本を忘れてしまう癖があるようだ。
ガシっと両肩を掴まれて、ごくりと喉を鳴らしたカルジーニの唇が徐々に近付いて来る。
え、本当にするの? と僕も覚悟を決めて目をぎゅっと瞑ると、「ぺちゃぁ……」と唇が触れた。
想像と違い、甘くない口づけ、ちょっと生臭い匂いがして、目を開けると唇に魚が挟まって、ぴちぴち動いていた。
「くっ! 臭い……」
自分達の唇の間に挟まっている魚をカルジーニが取り上げ、元凶であるロバートへ向かって投げつけた。
「何してくれたんだ」
「活きが良い魚でした。まさか、調理場からレジェ様の部屋まで逃げて来るとは……」
肩を竦めたロバートが、「まったく困ったものです」と投げつけられた魚を持ち上げる。
唇に残る魚臭を気にすることなく、ギリっと唇と噛みしめるカルジーニが口を尖らせた。
「お前……いつの間に」
「愚問ですね。私は常にレジェ様の身の周りを把握しております。たとえ、厨房にいようが、屋根裏にいようが、異常事態には直ぐに駆けつけます」
全然、納得出来る話ではないけど、ロバートならそうなのかも知れないと思えてしまう僕も大概だ。
カルジーニは、大きな溜息を吐くと、無言で扉へ向かい、「また来る」と言って出て行った。
魔具は無残にも壊れてしまったので、それに関しては、また直してくると言うが、何となく魔具が直っても、僕の体は元に戻らない気がして、不安な気持ちで一杯になる。
「ねー、ロバート、出来ればカルジーニの邪魔しないで欲しい」
「邪魔ですか? 先ほどレジェ様の唇を奪おうとしていたことを邪魔だとでも言うのですか? あの変態王子のことです。唇の次は何を奪うか分かった物ではありません!」
酷い言われようだけど、あれは呪いを解くために仕方なかったことで、いや、実際には呪われてはないと思うのだけど、なんとなくそんな流れになっただけで、カルジーニも変態ではないと思う。
どちらにせよ、僕が十七歳に戻るために、彼も色々考えてくれているようだし、邪険にするのは可哀想だと思った――。
それから数日後の、ある日の昼下がり、屋敷のテラスでチェリーパイを堪能していると豪奢な馬車が凄い勢いでやってくる。
これは前にも見た光景だな、と思っていると出迎えの従者が出て来て、「レジェ様、早急に王宮へお越しください」と言って誘拐される。
一体、何事なのかとカルジーニの専属従者に話しを聞けば、「王子のご命令です」としか言わない。
見慣れた王宮が近付いて来ると、従者は僕を抱き抱えて馬車を降りる。
受付を通り過ぎるのを見て、「申請書は出さなくてもいいの?」と聞けば、従者は走りながら答えてくれる。
「一刻も早くお連れするように言われております」
「そうなんだ? 一大事なんだね」
従者の必死な形相を見て、もしかして、魔具に何かあったのかも知れないと思い、僕も口をアワアワ動かして、慌てている感を醸し出した。
十七年間で二度くらいしか入ったことがない、カルジーニの部屋へ入ると、長椅子で優雅に寛ぐ彼を見つけて、どうしてそんな普通なのかなと思う。
「カルジーニ?」
「お、来たか」
「うん、一大事なんでしょう?」
「一大事だな」
全然そうは見えないけど? と僕が小首を傾げていると、例の魔具を取り出して彼は口を開く。
「実はこれ、若返るだけの魔具らしい」
「えぇえ? じゃあ……、僕戻ること出来ないの?」
「残念だな」
「そ、んな……」
元に戻れないと知って、動揺していると、こほんっと咳払いをしたカルジーニが、僕を従者から奪い、「あー、二人きりにさせてくれ」と言う。
恭しく腰を折った従者は、さっさと部屋を出ていってしまい、なりたくないのにカルジーニと二人きりになる。
「やっと、二人きりだな」
「うん?」
「お前の家だと邪魔が入るから」
「うん?」
普段とは違い、妙に優しい口調のカルジーニは、魔具のことに関しては悪かったと言う。
それは、謝ってもらって正解だし、と僕は大きく頷いた。
それにしても、本当にどうしよう。まさか、若返りの魔具だったなんて、しかも、元に戻れないなんて泣けてくる。
「十歳からやり直すなんて……」
「……あ、いや」
「あのね、責任を取って欲しいとは言わないけど、カルジーニのせいなのは間違いでしょう?」
そう、それは間違いないはずだ。
「ま、まあ、そうだが……、あのな……」
「だから、僕をマクシム王子の側で働けるようにして欲しい!」
「……断る」
「えー? そのくらいの償いはして欲しい!」
はあ、と大きな息を口から吐き出すとカルジーニは、「最後まで人の話を聞け」と、僕の頬をむにゅっと摘まむ。
「もとに戻る魔具、つまりこれの片割れがあるんだが……」
「えぇ? そうなんだ、なーんだ、心配して損した。じゃあ、早く僕を元に戻して?」
「ん、その前にだ……」
キリっと顔を整えたカルジーニが、「呪われている可能性もある気がする」とか言い出す。その言葉に、ん? と僕は頭を斜めに構える。
魔具のせいで若返っただけなのに、どうして呪い? と以前と同様、少々おかしな方向へ話しが傾き始める。
「お前が言ってただろ? 王子様の口づけで元に戻るかも知れないって」
「けど、あれって、おとぎ話だし……」
「そうかも知れないが、やって見ないと分からないだろ?」
そう言われて僕は悩む。
王子様の口づけで元に戻るのはお姫様だけじゃないかな? と思うし、それに、元に戻る魔具があるなら、そっちを先に試すべきだとカルジーニに伝えようとした時、僕は長椅子へと降ろされる。
「レジェ……」
「うん?」
「目を閉じろ」
「えー、やだ」
「どうして?」
どうしてって、君から受けて来た数々の嫌がらせを、僕はひとつだって忘れてないんだから、やすやすと目を瞑れるわけがない。何されるか分かった物じゃないんだから……、と目をこれ以上ないくらい開いた。
「いいか?」
「え……」
ガシっと両肩を掴んだカルジーニが、顔を近付けて来る。その途端、あの日のピチピチの魚のことを思い出し、僕は顔を歪ませた。
「そんなに嫌なのか……」
「あ、うん、唇に挟まった魚のこと思い出して」
「……嫌なこと思い出させるなよ」
確かに、今後カルジーニと口づけをする度に思い出しそうだと思う。
――え、ちょっと待って、なに今後って!
ふるふるっと頬を左右に揺らし、色々な思いを吹き飛ばしていると、カルジーニに頬を両手で挟まれて、口がむにゅっとなる。
「じっとしてろ……」
そう言って、近付いて来るカルジーニに、僕のむにゅ口は奪われた――。
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