浮気な彼と恋したい

南方まいこ

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01.生ごみ?

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誠人まことさんて……、特定の人と付き合ったりしないんですか?」

 そこそこ楽しんだ相手から、この言葉はよく投げかけられる。誠人からすれば、それは誉め言葉の部類で、遠回りに特定の相手になりたい、という意思表示をされていることになる。けれど――、
 
「そうだね、付き合ったりはしないかな」

 惹き付けられるような魅力がない相手の場合、そのくらいの返事で十分だった。
 シャワーを浴び、帰る支度が整った頃、お決まりのように連絡先の交換をするが、誠人は抱きたいと言う理由で連絡をすることは滅多になく、後に連絡があっても誰なのか分からないことが多かった。
 当たり障りのない会話を終えて相手と別れると、電車に乗り込み、スッキリした脳と体で自身の経営するイタリア料理店へ向かった。

 ランチの支度をしながら恩師から教わったブイヨンを火にかける。なべ底から、ゆっくりとレードルを動かし、食材が崩れないよう混ぜ合わせ、丸一日かけて野菜、牛、鳥と多様な素材のダシを搾り取り、ようやく完成する。
 季節の変わり目になると、煮込む野菜も多少は変わるが、それは料理だけとは限らない。自分の身の周りも随分と変わったな、と思い出に浸りながらランチの客を出迎えた。

 翌日――。
 早朝に仕入先で買い物を済ませて帰って来ると、店先に不審な置物が見えた。最初は大きなゴミが放置してあるのかと思い、目を細めながら近付いて見れば、ゴミではなく人が丸くなって横たわっていた。
 微かな呻き声を上げているのが聞え「おい? 大丈夫か?」と声をかければ「放っておいて」と倒れている男は掠れた声を出した。
 一瞬、顔をふっと上げ、チラリとこちらを見るが、喧嘩でもしたのか、口の端から血が垂れていて、見るも無残なほど服はぐちゃぐちゃに汚れていた。
 放っておいてくれ、と言われたが、そのまま放置して死なれたら、夢見が悪い、そもそも自分の店の前だし、正直なことを言えば邪魔だった。

「おいで、そのまま店の前に居られたら迷惑」

 横たわっていた男は辺りを確認すると、面倒臭そうに立ち上がった。
 どうやら誠人に言われるまで、自分が倒れている場所が店先だと気が付かなかったようだった。
 服も髪の毛も汚れて酷い有様だったが、綺麗な子だと思った。
 真っ黒な瞳が深海のように美しく輝き、見つめていると吸い込まれてしまいそうなほどで、物憂げな顔は妙にそそる。思わず値踏みしていたことに苦笑いを零し、誠人は男に声をかけた。

「どうした? 入れよ」
「……」

 店内は掃除前で多少汚れているが、気になるほどでもないだろう。片付けのために上に上げていた椅子を下ろし、傷だらけの男に、そこへ座るように伝えた。
 物珍しそうに辺りを見回していた男は、言われた通り椅子へと腰かけ、不貞腐れた顔を隠すことなく、じっとしていた。
 無愛想な子だな……、と思いながらも誠人は、店の奥から救急キットを持ち出し、本人の目の前に置き手当をした。

「男だからって、気を付けないとな」
「……ッ、痛」
「じっとしてろ、それにしても……、どんだけ相手を怒らせたんだ。こんなになるまで殴られるなんて相当だぞ」

 歯は折れてないようで安心はしたが、ふと視線を移動させると、痛々しい赤い皮下出血が見える。
 恐らくだが首を絞められたのだろう、薄っすら青紫色になった部分を見て、いくら他人事とはいえ気の毒になる。

 ――しかし、酷い有様だな……勿体ない。

 傷ついた男を見て、誠人の眉の間に力が入った。
 容姿を活用して世の中上手く渡って行けそうなのにな、と何故か誠人の方が勿体ない気分になる。
 開店前の仕込み時間、あまり時間も無いし、簡単に傷の手当をして放り出そうとしたが、男は「ねえ……、お礼はどうすればいい?」と尋ねて来る。

「男に触られても平気?」
「……は?」

 頬の擦り傷を消毒している最中、傷ついた男はペタンと誠人の前に座り込み、膝を割るとジジっとズボンのファスナーを下げてくる。
 突然のことで一瞬固まったが、はたとなり、それを慌てて阻止した。

「ちょっと、何しようとして……、怪我人が馬鹿な……こ、と……」

 傷だらけの顔でこちらを見上げ、男は首を傾げている。
 説教の途中だったが、まるで迷子のように、じゃあ、どうすればいい? と尋ねているような眼差しに、誠人は何を言えばいいのか分からなくなった。
 そして、その怪我の原因が痴情ちじょうのもつれだったことに、遅ればせながら気が付き――、

「は……、俺は、危ない男の影がチラ付くような子に手は出さないんだよ」

 言いながら誠人は下げられたファスナーを上げた。それを聞き、男はあからさまに表情を変えると立ち上がった。

「帰る」
「おい、まだ傷の手当……」

 そこら中、傷ついて痛みもあるはずなのに、楽し気に微笑むと「ありがとう」と御礼を言って出て行った――。
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