浮気な彼と恋したい

南方まいこ

文字の大きさ
上 下
2 / 22

02.あの時の

しおりを挟む
 
 数日後、いつものように仕入れが終わって店へと戻ると、店先にいる不審な男を見つけて、歩みを止めた。
 普段、セックスの時はホテルを使うし、家には呼ばない主義だし、そもそも、待たれるような情を相手にかけたことは無い。うーん? と誠人が、しばし頭を悩ませていると、その影が近付いて来た。

「この間はありがとう」
「ああ……、あの時の……」

 へぇ、と思わず喉が鳴った。
 ちゃんとした姿を見るのは、今回が初めてだったせいかも知れないが、年の割に色気のある子だなと改めて思った。
 少々、体が細すぎるが、男臭くない所が自分の好みにピッタリ当てはまる。だが、どう見ても未成年に見えて、流石に子供は相手にしたくないなと、抱く前提で値踏みしている自分に呆れていると、男が口を開いた。

「名前聞いてなかった。おじさんのこと何て呼べばいい?」
「おじ……、俺、まだ二十八歳よ?」
「そうなんだ? この間誘っても無反応だったから、おじさんだと思った」

 ――コイツ……、未成年じゃなかったら、さっさと突っ込んで、今頃泣かせてる所だぞ?

 本当に生意気な子だなと誠人は目を細め、こんな子供相手に一瞬でも欲情した自分を張り倒したくなる。
 じっと黙ったままこちらを見つめる男に、わざとらしく咳払いをし、誠人は名前を名乗った。

「おじさんじゃなくて、須藤誠人すどうまことだよ」
「誠人さんね。俺は大鳳海翔おおとりかいと

 海翔と名乗った男が上から下まで誠人を眺める。普段から値踏みされるのには慣れているが、こうも露骨な目は投げられたことがなく、逆に新鮮だと感じた。
 店先で男同士視線を絡めているのは得策ではないな、と思った誠人は不本意だが店内へ招き入れる。

「で、海翔くんは、何しに来たのかな?」
「ん、この間の御礼……、コレ」

 渡されたのはワインオープナーだった。
 そんな物、店にたくさんあるけどな? と思いながらも受け取るために手を伸ばした。
 その瞬間、劣情を含ませた指が這うように、腕のシャツの隙間に忍び込んでくる。

「おい、何して……っ」

 それは見事な誘い顔だった。
 顔立ちのせいもあるが、薄っすら口を開き笑みを浮かべる表情は、幾多の男をその手に沈めてきたことが安易に想像出来るほど、濃厚な色香を漂わせていた。
 海翔の腕が誠人の首に回し、可愛気のある顔で「他の御礼もしようか?」と身体を寄せて来る。あまりにも手慣れたその仕草に、このまま相手のペースに巻き込まれたら、確実に家に連れ込んで押し倒しそうだと、自分の理性の無さに苦笑いしながら、少々強引に「やめろ」と海翔を引き剥した。
 どうやら断られるとは思っても見なかったようで、きょとんとした顔を見せると、退屈そうに溜息を吐き出した。
 誠人は目の前の男を見つめ、危なっかしい子だなと思いながら「歳、いくつ?」と聞けば「今年十九歳」と返事が返って来る。

「ギリギリって所か」
「何が?」
「あー、いや、あのな、俺は子供には手は出さないんだよ」

 子供と言われてカチンと来たのか海翔は「大人でもないけど、子供でもない」と不貞腐れながら言い返してくる。その言い分には大いに頷けるが、どちらにしても、危ない男は相手にしないに越したことは無かった。
 それに年下は面倒臭い、かまって欲しいタイプの子が多く、過去に一度、執着されてからは、紹介された子以外は相手にしなくなった。
 とにかく、お帰り頂こう、と海翔を追い出すつもりで「悪いが……」と声を掛ければ、とろりと目尻を下げながら瞬きを繰り返し、誠人を見つめて来る。

 ――それは……、なかなかクるな。

 誠人が堪らず喉を鳴らした瞬間、海翔の顔が揶揄を含ませた表情に変わり、「やっぱり、おじさんだ」と呟く。

「……お兄さん、、、、は、そんな挑発には乗りません!」
「ふぅん……、ま、いいや、じゃあね」
「え、何しに来たんだ?」

 海翔はくすりと笑い、芳醇な色気を醸し出しながら誠人の体に擦寄ると上目使いに「だから御礼だよ」と甘く掠れた声を出し、脚の間に自身を割り込ませてくる。
 その途端、ズシっと、よく知る腰の違和感と熱を感じる……。
 こんなことで挑発に乗って抱いたら絶対に後悔することになる、と重みを増した自分の下半身に言い聞かせた。
 だいたい、数日前にボロ雑巾見たいに捨てられていた子だ。背後にどんな危ないヤツがいるか分かったもんじゃない。
 ぶるぶると頬を左右に揺らしながら、海翔と少し距離を取り「御礼ならこれでいいから」とワインオープナーを見せた。

「……それに、この間、殴られてボロボロだっただろ? どんな相手と付き合ってるか知らないが、俺は巻き込まれるのは、ごめんだよ」

 それを聞き、海翔が笑みを見せる。

「誰とも付き合ってない、そもそも特定の相手なんて作らない……」

 ドライな性格なようで、その辺りも好みにピッタリ合うな。と、またしても値踏みしている自分に叱咤したくなる。
 それに、こっちは一度だってゲイだとは言ってないのに、誘惑してくる海翔が不思議だった。

「あのさ、なんで俺がゲイだと分かった?」
「知らない」
「知らないって……」
「ゲイじゃなくても、誘えば乗って来るヤツ多いから」

 誠人は絶句した。自分はゲイだから、海翔レベルに誘われれば、思わず手を出したくなるが、ノンケを躊躇なく誘えるなんて、何処かのネジが壊れてる気がした。

「……とにかく、いいから帰りな、御礼はコレで十分だからさ」
「ん、分かった」

 それじゃあ、と立ち去る海翔の後姿に目をやった。
 小さな尻がフリフリと揺れているのを見て、なんて勿体ないことをしたんだ、と思わず心の声が漏れそうになるが、誠人は気持ちを切り替えると、仕込みを開始した――。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

実の弟が、運命の番だった。

BL / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:628

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:97

どうしようっ…ボク、拓馬くんに襲われちゃった♡

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:789

【完結】だいすきな人〜義理の兄に恋をしました〜

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:767

そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

BL / 連載中 24h.ポイント:511pt お気に入り:2,864

いつでも僕の帰る場所

BL / 連載中 24h.ポイント:10,821pt お気に入り:1,168

兄の恋人(♂)が淫乱ビッチすぎる

BL / 完結 24h.ポイント:2,428pt お気に入り:20

処理中です...