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03.こんな所でバイト
しおりを挟むやっと来た週末とはいえ、恋人がいるわけでもない誠人の休日の過ごし方は、料理の研究だった。
イタリア料理に限らず、様々な料理を探求し、舌を肥やすのが目的だが、一人では入り難い店もある。そんな時は行きつけの店へ行くことが多かった。
家を出て昼間からやってるバーへと足を運び、今週は色々とあったな、と嘆息しながら辿り着いた店へと入った。
辺りを見回したが、馴染みが数人いるだけで初物は見当たらない。まあ、いなけりゃいないで構わない、気心の知れた人間を誘うまでだ、と見知った男に声をかける。
「徹、暇か?」
「え……、俺、ネコ無理よ?」
「分かってるよ。俺の方こそ、お前を抱ける気がしない……」
「失礼ね!」と徹は腰をくねらせ、女っぽい仕草を誠人に向けて作ってくる。
「やめろ気持ち悪い」
「はいはい」
「ところで飯奢るから付いて来ないか?」
自分がこのゲイバーに入り浸るようになってから、何度か相手を取り合ったことがある徹をランチに誘った。
好みのタイプが似ているせいで、誘う相手が被ることが多かったが、それは逆に気も合うということだった。
「んで、何処に食べに行くわけ?」
「最近出来たイタリア料理店、雰囲気は良さそうだから、デートに使えるかもな、取りあえず行って見る価値あると思う」
「それは助かるね」
流石にディナーで、イタリア料理を男と二人で食べるのはどうかと思うが、ランチなら気にすることもない。徹に「どの辺?」と場所を聞かれて、近隣の交差点の名前や近くにある店舗の名前を告げた。
だいたいの場所を把握した徹が、「あー、そこなら歩いて行けるな」と座っていた腰を上げる。
取りあえず、お目当ての店まで歩くことにしたが、「近頃いい子いないな」と徹がボヤくのを聞き、誠人は最近出会った危険な男の顔を思い出した。
「……なに、その顔、お気に入りでも見つけた?」
目敏いな、と思いつつ咄嗟に誠人は頭を横に振ると。
「お気に入りと言うより、目の保養と言った方がいいな」
「ふぅん? 目の保養ねぇ」
手を出さずに見てるだけ? と怪しむように言われたが、ゆらりと艶めかしい仕草で男を誘う姿を、徹も見れば納得するだろう。と、そこまで考えてから――、徹とは好みのタイプが同じなのだから、海翔を見れば速攻でベッドへ連れ込むのは目に見えているし、そして海翔も簡単にホイホイとついて行くのは間違いないわけで、それを考えて何故かモヤっとした。
まあ、偶然出会う機会なんて無いよな、と目的のイタリア店への道すがら、悶々と考えながら歩いた。
これから向かう所は、近くに有名なカフェのチェーン店もあるので、若い男女のカップルがデートの待ち合わせに使うことも多い場所だった。
ふと、その有名なカフェのチェーン店を見れば、テラスで飲み物を運ぶ店員とパチリと目が合う。店員はニコっと微笑むと軽やかに店内へ消え、誠人は早速フラグを回収したことで苦笑いを浮かべた。
――なんだ、こんな所でバイトしてたのか。
徹は気が付いてなかったのか、特に店員に触れることなく話を続けている。気が付かれなくて、ほっと一息ついてから、ん? と誠人は頭に疑問符が浮かんだ。
何故、自分が安堵の息を吐かなきゃいけないんだ? 徹に海翔の存在を知られたからといって、誠人が気を揉む必要はない。それなのに会わせたくないと思うなんて、さっきから変なことを考えてるな、と妙な気分になった――。
しばらく歩み進めていると、お目当ての店が見えてくる。目的のイタリア料理店へ辿り着き、誠人はじっと外観を眺めた。
商業ビルの一階にある店先は、全てガラス張りで、店内の賑わいが見て取れる。人気がなければ高級そうな雰囲気に飲まれそうだな、と端から端まで眺めてから店内へ足を運んだ。
店員に案内された席へ着くと、目の前の男は鮮やかなニヤケ顔を見せる。
何故、そんなアホ面を絵に書いたようなニヤケ顔を晒しているのか、と不思議に思い「何だよ、ニヤニヤと気持ち悪い……」と誠人は指摘した。
「んー、いやー、さっきの子、ブクマ?」
「……見てたのか」
「そりゃ、あんな分かり易く見惚れてたら分かるって」
「見惚れてないから……」
「あれは見惚れる価値あったと思うよ」
やはり見られていた……、しかも、徹が言ってることも、あながち間違いじゃないのが腹が立つ。何処にいても目立つ子というは目立つし、特に海翔は華奢だが存在感がある。微かに見せた彼の微笑に気付き、思わず見惚れたのは誠人や徹だけでは無かったと思う。
どちらにしても手を出すなと釘を刺しておくか、と考えて、だから何故? と自分に疑問を問い掛けていると、徹が口を開いた。
「誠人にしては珍しいよな、手出してないんだろ?」
「ああ、アレは危険なんだよ」
海翔のことを危険人物だと説明した。
「危険ねぇ、ちょっと口説かせてもらっていいか?」
「…………別に、俺に了承はいらない、あとで声をかけてみれば?」
傷ついた野良猫をちょっと手当しただけで、了承など必要ない。確かに熱烈に誘われ、ぐらぐらに理性を揺らされたが、それだけのことだ。
徹に先を越されたからと言って、誠人が気にすることもない。と自分に言い聞かせているような気がしてモヤっとする。
それに正直なことを言えば、抱くか抱かないかで言えば、抱きたいとは思うのに、手は出したくないと思う。この複雑な感情をどう決着つければいいのか、誠人は分からなかった。
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