浮気な彼と恋したい

南方まいこ

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12.悩む大学生

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 大学で講義を終えた海翔は誰も居ない部室へ入り、簡易式の畳の上へ座った。
 筆とすずりを用意し、墨堂ぼくどうに水を落とし墨を磨る。子供の頃から慣れ親しんでいる動作に、特に思うことも無いが、海翔がこの作業をしていると、サークルの部員達は『さすが絵になる』と言う。
 書道家の家に生まれて、幼い頃から礼儀作法を叩き込まれて来たし、皆が海翔の容姿を褒め称えるのを聞いて育ったので、いまさら色々言われても、特に何とも思わなかった。

 書道家である海翔の父は、有名なデザイン書作家でもある。
 特に、海外進出する日本の企業が、オープニングセレモニーなどを行う場合、父に書のパフォーマンスを依頼することが多く、海翔が幼い頃は多忙で家にほとんどいなかった。
 そんな多忙な父が、家庭を優先することなど出来るわけもなく、海翔が中学生の頃、母親は寂しさを紛らわすために男を作ると、そのまま出て行った。
 けれど、そんな母に対して父親は怒りを露にするどころか、ほっとしていた。恐らく仕事か家庭かで言うと、仕事を選んでしまうし、母の要望に応えることが出来ないからだと思った。
 離婚した当初、海翔は母について行くつもりだったが、父から書道を続けたいなら家にいなさい、と言われて残ることした。

 ――多感な年頃だったなぁ……。

 中学生といえば、色々なものに目覚める頃だし、自分の性的指向に一人で悩んだ結果、開き直った海翔の生活は大いに乱れた。
 高校生にもなると、書道もそこそこに遊び歩き、男を漁るようになった。ちょっと誘うと付いて来るし、海翔も興味本位で色んな男に抱かれて見たが、気持ちがいいとは思えなかった。
 だからと言って女を抱けるかというと、それは無理だった。
 肌の感触はいいのに、女の性器を見ると萎える。逆に男がナニを勃たせて自分に欲情する姿に、このうえなく興奮するのだから、間違いなく自分はゲイだと海翔は思い知った。

 誠人に初めてあった日は最悪だった――。
 声をかけた男が、彼氏と別れたばかりで寂しいとか言っているのを聞いて、付き合った経験がない海翔にして見れば、特定の相手と永遠とセックスをすることに疑問しか浮かばなかった。
 毎回、違う相手の方が興奮するだろうし、今まで同じ相手に抱かれたいと思ったことがない海翔からすると、恋人なんて作っても絶対につまらないと思った。
 あの日、海翔が誘った男はいつも突っ込まれる側で、挿入したことがないから、試して見たいと言われた。
 で、コトに及ぼうとした時、別れたはずの恋人が、早目に出張から帰って来て『人の男寝取ってんじゃねぇ』とボコボコにされた。
 つまり『別れた』と言うのは嘘だったことが判明。手だけは守ったものの、最悪の状況に情けないやら、痛いやらで、動けなくなって誠人の店先で倒れてしまった。

 ――今思うと、ラッキーだったかも……。

 誠人が遊んでるのは雰囲気で分かる。はっと人目を惹くほどの男前で、特に目がいい、あんな優しい目で見つめられて抱かれたのは初めてだった。
 それに何よりセックスが上手い! と思わず誠人と触れ合った日を思い出して、海翔は勃ちそうになる。
 ただ、問題があるとすれば、相当な遊び人なのに、意識高めの常識人でもあるということだ。
 一回ヤっているにも関わらず、あれ以来、一度も誘っても来ないし、海翔を抱こうとしない理由が、ずっと分からなかった。
 もしかして自分に魅力が無いのかと思ったが、そういう理由じゃないことを知って、何だかテンションがダダ下がりだ。
 つい「あーあー……」と海斗は溜息と一緒に不満声を零した。

「どうした?」
「ッ、びっくりした!」

 独り言に返事が返ってきて海翔は驚いた。
 咄嗟に声が聞えた方を向くと、一学年先輩の井上涼いのうえりょうが、楽し気な顔をしながら部室の扉付近にいたので、「なんだ涼さんか……」と安堵の言葉を吐き出した。

「何だよ、俺じゃ不服か?」
「そういう訳じゃないです」
「……溜息なんて珍しいな、揉め事か?」

 海翔は首を横に振った。涼は部室内にある机の上にポンと腰をかけると「じゃあ、悩み事か」と笑みを零した。
 彼は普通に異性愛者だが、身内に同性愛者がいるので、偏見どころか理解力に長けていた。
 だから、海翔も一番話しやすい人物だと認識していて、わりと何でも話せる相手だった。なので少し躊躇い気味に「気になる人を振り向かせるには、どうすればいいですか?」と聞いた。

「お前で振り向かない女や男がいるのか? 高望みしなきゃ大丈夫だろ」
「いますよ普通に……、何なら一緒のベッドで寝ても何もしてきません」

 こちらを凝視しながら「うそだろ……」と絶句する涼に、海翔は口を尖らせながら、昨晩の出来事を話した。

「本当です。アレを舐めて勃たせようとしたら阻止されました」
「それは、もったいなっ……、じゃなくて、聖人だな」

 苦い顔を見せる涼に向かって、海翔は「どうすれば抱いてもらえるんだろ」と愚痴った。

「海翔は何と言うか、いい意味で世間知らずだから言うけど、男って基本、心より体なんだよ。それを拒否するって言うのは生理的に無理ってことも考えられるだろ?」

 海翔の説明不足のせいで、誤解させているようだったので補足をする。

「あー、一度は抱かれてます」
「……あっそう、じゃあ、身体の相性が悪いんじゃない?」

 相性が悪いと言われて、そんなはずは無いと思う。海翔が抱かれる時、必ず相手の顔を見て行為に及ぶのは、相手がどのくらい感じているかを見るためだ。
 誠人の様子を見る限り、熱のある視線に、緩やかで力強い腰の動き、注がれる艶っぽい表情も、男らしい体も、全てが情熱的で、あれで海翔との相性が悪いと言うのであれば、他の相手をする時、誠人はどんな顔を見せるのだろう? と考えて、チリと胸の端々が棘で刺されたように痛くなる。
 海翔は軽く頭を左右に振り、大丈夫、相性はそれなりに良いはず! と自分を奮い立たせる。

「相性とかじゃなくて、同じ相手は頻繁に抱かないって言われて……」
「……ああ、だったら、いいじゃないか、海翔だっていつも言ってるだろ? 同じ相手なんて、つまらないって、それと一緒なんじゃないか?」

 それは、そうなんだけど……、とモヤモヤしてくる。
 恐らく今まで相手が下手くそばかりだったから、同じ相手なんて嫌だと思ったのだ。それが分かった今では、誠人以外の男に抱かれたいとは思えなくて困惑する。

「あー……、どうしよう」
「なんか、新鮮だなぁ、悩んでる海翔の姿が見れるなんて貴重だ」
「失礼ですね、いつも悩んでますよ」

 けれど、実際、書道以外のことで、こんなにも悩むのは初めてだった。
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