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絹毛の姫様
#03
しおりを挟む十五歳から十六歳になるまでの一年間は本当に長かった気がした。
習い事は全て終えてしまい、後は自分を磨くための時間に割り当てられた。
毎日のように侍女達がリュシアの身体を解したり、肌に良いと言われる乳湯に入れられ、来る日も来る日も外見を磨かれた。
その甲斐もあり、虚弱だと思っていた体は、しなやかな弾力のある肌を作り、産毛一本すら無い美肌へと変貌した。
幼かった顔も少しは艶が出て来たようで、こちらを見る庭師見習いや、王宮から現状伺いに来る使いの者など、ぽーっとリュシアの姿に見惚れることがあり、その様子を見て、ダーヴィン陛下も少しくらいは見つめてくれるかも……、と淡い恋心を募らせた――。
成人を迎える前日、母から古い手記を渡された。
先祖の日記のような物で、受巣持ちの先祖が子を宿した日のことが事細かに綴ってあり、それを手に取ると興味深く読んだ。
不思議なことが書いてあったのが〝番〟のことで、普通は動物などが番うが、魔法使い同士にもそれがあると言う。どうやら手記を書いた先祖は、当時の国王陛下と番だったらしく、魔の契りを交わし、大勢いた側妻や、王妃ですら後宮へ下がったと書いてあった。
しかも番になってしまうと他の者は愛せなくなり、一生を添い遂げるのだと言う。
――番……。
それを読んだ時、リュシアは羨ましいと単純に思ってしまった。
一度しか会ったことがないダーヴィンに恋焦がれ、幼き頃から彼に全てを捧げるために生きて来たのだから、当然と言えば当然だった。
けれど番は一目見ただけで分かると書いてあり、残念ながらリュシアにはその証が何なのか分からない。それに、もし番であればダーヴィンが言ってくれるはずだと思う。
謁見の時、初めて陛下を見て、胸が高鳴るばかりで、証などは見えなかったし、陛下は側妻と言ってくれたが番とは言ってなかった、と自分の中で色々考えて結論が出る。
――僕は番じゃない……、だって証が見えなかった……。
とても残念だけど、少しでも陛下のお役に立てればそれでいい、と手記を閉じた。
しばらく自室で明日の王宮入りのことを考えて、予習したり、そわそわと部屋の中を歩き回っていると、扉がコツンコツンと訪問の知らせの音を鳴らした。
「失礼致します」と声が聞えてから、静かに扉が開かれると、侍女が神妙な面持ちで来客が来た言う。
「お客様?」
「はい、お名前は頂いておりませんが、奥様が許可なさいました」
最初はウリックが来たのかと思ったが、王宮入り前に親以外の男と会うのは禁じられているため、直ぐに女性の客だと分かった。
けれど、誰が来たのか皆目見当もつかず、取りあえず客間へと向かった。
部屋へ入るなり、見事な礼儀作法でお辞儀をする女性が、ハキハキと挨拶をしてくれた。
「リュシア様、王宮入の前日に、お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
丁寧に挨拶をする女性を見て、誰だろう? とリュシアは首を傾げた。
落ち着いた青丹色のローブドレスに身を包んだ彼女の身なりと振る舞いを見れば、普通の女性では無いことは分かるし、自分に用事があると言って、わざわざ訪ねて来たくらいだから、余程のことだと感じた。
「わたくしは、イメルダ王妃様の侍女をしております。ケイトと申します」
「あ、はい、初めまして」
イメルダ王妃の侍女と聞いてドキリと妙な鼓動を胸が鳴らす。
何を言われるのだろう? と恐々とケイトを見つめ、コクリと喉を鳴らせば、彼女はリュシアに付き添っている侍女に、数分だけ二人で話がしたいと申し出た。
「え、それは……」と、自分の背後にいる侍女が躊躇いの言葉を零したのを聞き、リュシアは小さく頷くと、背後の侍女に言葉をかけた。
「大丈夫だから、少しだけ外してくれる?」
「で、ですが、旦那様にも奥様にも了承を頂いてからでなければ……」
「友達と話をするだけだよ?」
そう言って微笑み、何とか侍女を追い出すと、ケイトは、がばっとリュシアの前に跪いた。
「ご、御無礼を承知で申し上げます」
その仕草に驚き目を瞠った。
初対面で、何の粗相もしていない、ましてや王妃に仕えている侍女が、深々と頭を下げる姿を見て、「やめて下さい」とリュシアは慌てて彼女に体を起こすように言った。
けれど、彼女は更に深く頭を床へと擦り付け、震える声でケイトは絞り出すように言葉を述べた。
「どうか、どうか、子を授からないようお願いしたく……」
「それは……、どういうことでしょうか?」
「子を授かるな、などと私が言うなどおこがましく、首を切られても致し方のないことだと分かっております。ですが、王妃様に子が出来るまで……、それまでで良いのです」
ぷるぷると全身を震わせる侍女を見下ろし、リュシアは不思議とほっとしてしまった。
なぜなら、納得出来る内容だったからだ。もっと凄いことを言われるのかと内心ビクビクしていたので、逆にそんなことで良いのなら、とリュシアは喜んで返事をした。
「わかりました。けど、過去に受胎した受巣持ちは稀らしいので、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ」
「リュシア様……」
「もしかして、ケイトさんは王妃様に内緒で来たのですか?」
「はい、左様でございます」
そうだろうと思った。もし、リュシアが王妃の立場でも、自分の口からそんなことを侍女に頼んだりはしない。それに、この侍女ケイトの振る舞いを見て、王妃がどのような人なのか、分かる気がした。
血の気のない顔と唇で、こちらを見上げるケイトにリュシアは「これは二人の内緒話だね」と笑みを向けた。
「リュシア様……、ありがとうございます」
「いえ、あ、あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい、何なりと」
彼女に聞くのは少し躊躇ったが、王宮に入ってしまうと王妃の侍女と親密に話す機会は無さそうな気がして、思い切って聞いて見ることにした。
「子が出来ないような薬はあるのでしょうか?」
「あるにはあるのですが、陛下の神聖魔法に効き目があるかは分かりません……」
ケイトはふるふると首を横に振る。
「え、閨に魔法を……?」
「……あ、詳しくご説明を致します。その……、陛下から放たれる吐精には魔力が込められておりますので……、ですので……」
ぽわっと赤らむ頬を両手で押さえながらケイトは、懸命に話をしてくれて、一通りの説明を聞き、リュシアは納得した。
王家の神聖魔法が浄化系なのは重々承知していたが、子が出来ないように飲んだ薬も浄化してしまうなら、飲んでも意味がない。それでも、何もしないよりはいいかも知れない、と思ったリュシアは薬の提案をした。
「ケイトさんが薬を用意してくれると助かるのですが」と言えば、彼女はパァと明るい表情を見せ「分かりました。お渡しできるよう手配致します」と涙ぐんだ。
「あ、あと、もうひとつ聞いてもいいですか? 王妃様にはいつお会い出来ますか?」
「明日の王宮入り時にお会いできます」
「そうですか、とても美しい人だと聞いてるので、お会いするのが楽しみです」
水の精霊と異名が付くほど美しいと噂が流れているのは知っているし、リュシアは一度も見たことが無いけど、美しい人なのは最初から分かっていた。
「早く会って見たいな……」
「左様ですか?」
「僕は男だけど、陛下のためにずっと習い事とか沢山してきたから、きっと王妃様もそうなんだろうなと思うし、だから話が出来るの楽しみなんです」
ケイトは顔を綻ばせ「きっと楽しいお話が出来ると思います」と言ってくれた。
まだ見ぬ王妃に胸を馳せらせ、自分のせいで誰かが悲しむのは嫌だし、子が宿ることは稀だという話を、自分の口から王妃に伝えたいとリュシアは思った――。
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