カジャタン・ペンシュー

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コロシヤ

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もっとひっそりした場所にこういうところはあるものだと想像していた、秘密基地的なものを。
私の想像力が乏しいからかもしれないが、当然のように街中に存在する、きれいなホテルのロビーでコンシェルジェから案内された1室、その中に殺し屋の事務所があった事に私は驚いた。
ホテルの中にある部屋なのに、清潔な病院の受付のような美しく白で埋め尽くされたカウンターから、同じく病院の診療室のような部屋にさらに通された。
「我々の報酬がどうやって決まるか」
男はやたらもったいつけてしゃべる所をのぞけば、見た目や声の質、全て好印象としか思えない人間だった。
「まずはそこから説明しないといけないでしょうし、当然興味がおありでしょう。そもそもお支払いいただく為に御納得いただく必要もありますし。」
私がここをたずねたのは、父を殺したいからだった。
今は何でもネットの評価や星4以上がついたものしか信用しない時代、とはいえその星もまた売り買いされているのが事実で実際にその星の評価がどれだけ正しいのかは各々が決めるものだ
なにが言いたいかというと殺し屋に星はないということ、何かのマンガだか映画だかで「有名な殺し屋は二流」だとかなんとか見たことがある。まぁ実際そうだろう、殺し屋として名を馳せている時点でその人に近づかれたら誰だって警戒するし、当然法で裁かれたりするだろう。
なので私はこの無名の殺し屋事務所に父の殺害を依頼することにした。
「すみません、普通のサラリーマンの私に高額は払えませんし、身体で払うとかもしたくないです。」
サラリーマンと言ったのは私の自負のようなもので、女性ではあるが男に負けずに働いている、仕事をしているという感情がいつも自身をそう表現する。
「ああ、いえいえ誤解があるようですが、いくら裏社会に属しているとはいえ我々はあくまでも殺しのエキスパートでして、売春斡旋等の知識はございませんし。臓器売買等も手がけておりません。殺しのついでに臓器をというのもビジネスとしては面白いのかもしれませんが足が付きますし、風呂敷を広げすぎると…二兎を追う者は一兎をも得ず…というもので、臓器を傷つけないように殺しを遂行しようとすれば、そもそもの殺しの成功率が下がる事もあるでしょう。毒殺は不可能になります。殺しの様式も様々ありますが、ターゲットも十人十色、全ての方法をもっとも効率や成功率が高い方法でやるためにも…」
「わかりました。すみません、お値段の話を…」
私はさすがに話を遮った。もちろん話が長くなるのを単純に嫌ったのもあるが、忘れてはいけないここは殺し屋の事務所なのだ、そのようなところに長居したくないし、そのような相手をムキにしてしまって殺されでもしたらたまらない。
「いえ、こちらこそ話しすぎまして。では本題の一つ殺しの報酬ですが、こちらの用紙にご記入ください。」

用紙には私の名前を求める
氏名と
ターゲットの
死命とが書かれていた
それだけだった

「すみませんね、死命…でしょ?氏名と死命をかけてあって幼稚なセンスですよねえ…」
少し砕けた物言いからは彼の本心がうかがえる。
「少し説明と言い訳をさせてください。死ぬという文字のシメイについて…」
私はまた口を挟んだ
「間違いを防ぐためですよね?」
「その通りです。このような場所、非現実的な空間で緊張していらっしゃる方が、ご自身とターゲットの方の名前を間違えて記名される事が少なからずございます。我々もプロですから、取り違えて殺すような真似はいたしません。が、万一と言うこともありますし、先ほど申し上げたような幾通りもの殺しの方法の選択により引き受ける専門家がそれぞれにおりますから。」
まだ話したそうだったが、『おっとまた話しすぎました』といったいたずらな表情をしながら
「まずは御記名を、ちなみにこれはお客様とターゲットの氏名を書かれたら契約成立と我々は見なします。もし偽名などをお使いの場合契約は不成立となります。」
私は構わず自分の名前と父の名前を書き、彼に向けて紙をくるりとまわし差し出した。
「ありがとうございます。それでは多田ハルミ様、多田達人(たつと)様の殺害のご依頼で間違いございませんね。タダ様ではなくオオタ様で読みも間違いございませんか?」
「はい」
「ターゲットの達人様は現在57歳。妻の多田美貴様とは一昨年離婚されておいでですね。他の家族構成は長女の多田ハルミ様と次女のハルカ様、ハルカ様はまだ学生でいらっしゃって母親が引き取られておられますがそのあたりの事情からお母様はまだ名字は変えておいででないようですね。」
私の家族構成、ここでは話していない事なぜかしっていてそれを医者のカルテよろしくペラペラと喋る彼に嫌悪感を抱かないし、不安にもさせない。ある種の超常的な能力とも言えるかもしれない物を感じる。
「それでは報酬額について、先延ばしにしてしまって申し訳有りませんが、改めて説明させていただきます。」
「こちらも口を挟んだのですみません」
「料金は単純に殺しの難易度で決まります。全ての殺しを引き受けますが成功報酬ではなく受ける段階でお支払いいただきます。たとえば蟻を殺せと言われれば100円で殺します。しかし焼死をお望みであれば300円いただきます。毒死になると5000円。四肢をもいで苦しみぬかせて殺せと言われればそうします。ネズミなら10倍の報酬をいただきます。猫なら100倍いただきます。」
「人間なら1000倍…10万円とはいかないんでしょう?」
「そうですね。コレまで我々が受けた依頼の中でも、人間の最安値は50万円です。」
「てことは人間以外を引き受けられた事があるんですね?」
矢継ぎ早に口を挟んだり質問するのは自分を落ち着かせる為の逃走行為だとどこかで読んだ。確か会話の主導権を取りたいが話題がないから質問するしかないとかなんとか
「ええ、一例ですが世の中にはペットの介護疲れなどをされてる方もいらっしゃいます。多田様の場合ですと、我々が算出しました金額は720万円です。」
金額の妥当性に納得するしかなかった、私の貯金は18からこつこつためた600万、中古車を最近買った(正確には支払いがまだ)のだがその代金が100万円、明日給料が20万ほど入ってくる。もうそのあたりも全て把握されているのだろう。
「わかりました。車はキャンセルします」
やられっぱなしが悔しくてかまをかけたが
「そうしていただくのが賢明かと」
彼は顔色一つ変えなかったし、車についてたずねてすら来なかった。少し寂しいと感じているのは彼に惹かれているからだろう、彼は私の5つくらい上に見える。30歳くらいか?顔もきれいで、華奢なようだが体格が良い、スポーツをしているようだ。格闘技かもしれない。それこそ殺しの暗殺術のような…などと少し上の空だったのを察するように少し語調をハッキリと彼が続ける
「先ほどもお伝えしました通り、お名前を書かれた時点で契約は完了しておりますので、お支払いが出来ないというのは非常に困った事になります。もちろん我々も『名前を書かせておいて後から金額を提示し、払えなければ殺す。』というような事はいたしません。必ずお支払いいただける金額を提示します。」
「調べは付いてるということですよね、」
「はい。」
そもそも、殺したい人間がいる者を特定し、その年収や貯金等全てを先に調べ上げたうえでここにたどり着けるように仕向けられているのだろう。
「私はここに来るまで、父を殺すことの正当性を殺し屋の方にまくし立てて、何とか殺してもらおうと頭で何度も反芻しながらやってきました。それも無駄なんですね」
「いえいえ、それだけの想い全て我々は理解しているつもりです。」

それからしばらくして
父の葬儀のあとやっと落ち着いたころ
私は他に殺したい相手がいないかと、もう近づくことを禁じられたあのホテルへと想いを馳せるのだった。
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