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プロローグ

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 ――これで最後だなあ。

 早春の電車のなか、すん、と鼻をすする音がひそかに響く。花粉の飛びはじめた時期だから、そんな音を立てている人はたくさんいる。
 それでも泣きそうな顔を隠したくて、トレンチコートのえりをさり気なく立てた。
 私の頭の上では、車内広告の紙が空調にあおられて揺れている。広告には『受賞後一作目書き下ろし』とある。今をときめく美人女子大生作家の顔写真付きだ。
 私の手元のスマホ画面には、受賞作品発表ページが表示されている。『リリン』長編小説新人賞の結果発表ページだ。
 そこに私のペンネームは、なかった。

 *
 
 私は、中学生のころから少女小説に夢中だった。

 自分と同じような女の子が、物語の世界を冒険したり、ドキドキする恋をしたり、夢みたいなお嬢様学校に入学してみたり……小説のなかでたくさんの感情に触れてきた。物語の女の子たちと一緒に成長してきた。
 数多読んできた小説のなかでも、一番好きな『海のまち』シリーズを出している出版社である星の友社が、推し出版社だ。星の友社が出している雑誌『リリン』は大学生になってからも愛読している。元は少女小説雑誌だったのが、私が高校生の頃に、占いメインの雑誌として年四回発行にリニューアルされた。リニューアルしたとはいえ、『リリン』にはまだ小説も掲載されていて、新人賞の募集も行われていた。
 
『リリン』の新人賞に投稿してみようと思い立ったのは大学一年生のときだった。
 きっかけは、同じ大学に通っている先輩が日本で一番有名な文学賞を取った、というのが全国的にニュースになったことだった。
 それまで小説は読むだけのものと思っていた私は、自分も書いていいんだ、と気付いてしまった。
 
『リリン』の投稿チャンスは多い。短編賞が年に三回、長編賞が年に一回。つまりチャンスは年に四回もある。
 四回しかない、とは投稿をはじめた頃の私は思わなかった。
 そんな私の投稿成績はというと……一年目は全滅。二年目は短編賞で、佳作の一つ下の『期待の星賞』を一回獲った。でもその後はまた箸にも棒にも引っかからない。
 はじめに根拠のない自信を持ってしまっていただけに、私のやる気はそこで急激にしぼんでしまった。
 
 その頃、文学賞をとった先輩は現役女子大生作家として、二冊目の本を出していた。学生数の多い大学だし学部も違うので、彼女とはすれ違ったことすらない。そういった物理的な距離以上に、彼女が自分と全く別の世界の人間なのだと思い知ってしまった。
 同じ大学の学生が日本一有名な文学賞を取れるのだから、私だって『リリン』の賞取れるのではと思ってしまった。
 そもそもの動機が、書きたくて抑えきれないから書いた、というものじゃなかったのだ。そう気付いて私は諦めた。
 ちょうど、就職活動を考える時期に入ったのもあり、すっぱりと投稿をやめた。
 私の投稿歴は、ちょうど二年間。
 モラトリアム期間中の、たったの二年間だった。

 少女小説が好き、という気持ちだけは強く持ち続けていた私は、目標を変えた。

 私は『リリン』を作る側になる!
 私が読みたい、最高の少女小説を手掛ける!
 
 そうして挑んだ就職活動で、私は今度こそ、夢を掴み取ったのだ。
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