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5話 腹が減っては戦は出来ぬ

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「ありがとうございます、収まりました。……なるほど五年間。五年間、ずっとですか?」

 呼吸を整えてから、私は改めて先輩に確認する。
 先輩は私の背中に手を置いたまま、答えてくれた。
 
「そうそう。始めのころは勿論ちゃんと目を通してたよ。二年目くらまではかな。毎回毎回、えっちな小説しか送ってこないのよ」

「はあ」

「これはセクハラ目的だろうってことで、もう田原小鳩の応募原稿には目を通さなくていいよってことになったの、編集部内でね。無視して、飽きるのを待ったわけ。でも飽きる気配なし。田原小鳩からの原稿が届かなくなったら、みんなでお祝いにご飯に行こうって話してるくらいなんだから。あ! 電話応対も明日以降教えようかなと思ってたんだけど、女性が多い編集部だし少女雑誌だからなのかな、たまに変な電話もかかってくるの。そういうのが来たら即切ってもいいし、アタシにまわしてくれてもいいからね!」
 
「そんな事情が……それは大変でしたね」
 
 高野先輩の話を聞くと、編集部の判断はおかしいものではないと思える。少女雑誌に五年間もえっちな小説を送り続けてくるあたり、気合の入った変態なんだろう。
 でも、何かが引っかかる。
 なんだろう……と考えながら鶏飯をスプーンですくおうとして、気が付いた。
 二年目くらいまでは目を通していた、という『二年』が引っかかっていたのだ。
 乱暴にスプーンをお皿に置くと、キン! という甲高い音が響いた。
 
「ど、どした? 鹿ノ子ちゃん」
 
「二年! 二年間は目を通していたのはなんでですか?」

「変なところにひっかかるねえ。なんだっけ、確か、当時の編集長に相談したときに、性善説を取ったんだよね。『途中でジャンル間違いに気付いて少女向けの小説を書くかもしれないから一応読みましょう。気づかなかったとしても落選し続けたら大体二年で諦めるから、それまではね。それ以降続くようなら、受賞以外に目的がある可能性が高い。つまり官能小説をあえて書いて、女性が多い編集部に読ませたい、とか』みたいなことを言ったんだよ」

 ――落選し続けたら大体二年で諦めるから

 高野先輩の言葉がぐさりと刺さる。まさに私のことだったから。
 
「……そうですよね、私も『リリン』に応募していたんですけど、二年で諦めちゃいました。変態的な目的とはいえ、五年間も送り続けられるのは、なんだかすごいですね!」

 出来るだけ軽い調子で言ったつもりだけれど、声が震えていたかもしれない。
 高野先輩が、黙っておしぼりを渡してくれる。
 下まぶたのふちに溜まった涙は、隠しきれていなかったみたいだ。

「そうかあ、そうなんだね。どれも毎回、全力で読んで、どれを選ぶか会議して、本当~に惜しい作品も沢山あるの。だから、そんなに凹まないで。そんな思いをしたのに、『リリン』を好きでいてくれてありがとう」
 
「良いんです。私は夢を切り替えただけなので、大丈夫です! でも、変態さんに負けるのはちょっと悔しいかな、なんて思いますね。アハ。目的はどうあれ、根気よく投稿し続けられるんですから」

 そのとき、自分の発した言葉に、引っかかりを覚えた。
 

 田原小鳩の行動動機は、ただセクハラ行為をおこないたいという欲求だけなのだろうか。
 もしかして、本当に間違えてリリンに送ってきているだけなのかもしれない。
 セクハラだとしたら、年三回の短編賞に五年間欠かさず送り続ける労力に見合うだけの反応が得られているとは思えない。だって原稿を無視され続けているのだから。
 
「あの……念のための確認なのですが、応募時以外に田原小鳩からの接触は無いんですよね。それこそさっきおっしゃっていた電話で小説の感想を求めてくるとか」

「多分、無かったと思うなあ。……うん、無いね。変な電話はいきなりパンツの色聞いてくるとかそういう古典的なやつ。アタシが受けたソレ系の電話では、毎回声も違ったしね」

 それなら、田原小鳩は本気で『リリン』がどういった雑誌なのか分からず送ってきている可能性はある。
 投稿時代に何度も読み込んだ要項。そこには「ジャンル不問」としか書かれていなかった。前提として少女雑誌だ、というのはあるけれど、官能小説を送っても明確なレギュレーション違反ではないのだ。

 田原小鳩が本気か否か。
 知るためには、彼の応募原稿をしっかりと読み込む必要がある。
 そう決意した私は、決戦に備えるように、スプーンに山盛りにしたシンガポール鶏飯けいはんを口に詰め込んだ。
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