【完結】自傷探偵と日南くん。〜ときどき幽霊〜

あいう

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ep17.星川糺

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「……このプリクラ」
「この男の事、知ってるのか⁉」
 身を乗り出し、食い気味に葛西に聞いてしまう。葛西は少し目を泳がせた後、小さい声で答えた。
「……しらない」
「え」
「し、知り合いに似てただけだ! この男と僕は面識ないよ!」
 笑ってそう流す葛西。その反応は何か隠しているように見えた。

 男は俺の家庭教師だった。でも、会ったことは三回しかない。
 一日目。初めて会った。優しく勉強を教えてくれて好感を持てた。
 二日目。ケーキを持ってきてくれた。ケーキがおいしかった。白い薔薇を持ってきてくれた。「これは何の記念?」と言ったら「お姉さんへの誕生日プレゼントだよ」と教えてくれた。俺はその時既に姉にフラれていたから、ちょっと複雑な気持ちだったけれど、まあこの人が義理の兄になるなら良いかなと思った。
 三日目。男は姉のいない日にやってきた。「ごめんね、家庭教師は辞退するよ」そう言って、数万円を渡された。それと姉にプレゼントを預かった。
 姉が死んだのはその三日後だ。

 いくら記憶を辿ってもそれ以上が思い出せない。ただ、姉をずっと見ていたからわかる。姉は男に好意を持っていた。
 姉の自殺は十中八九あの男が原因だろう。
 アイツさえいなければ、姉は。

 思い出せば思い出すほど、怒りがふつふつと湧いてくる。やっぱり、殺してやろうと思う。会ったら、殺してやる。
 自分にとっての希望は今やそれしかなかった。

 あれから一週間が経った。葛西は少ない時間でいろいろと調べてくれて、男のおぼろげな全体像が大体騒擾できるようになっていた。顔だけの大した人間じゃないなというのが感想だ。それでも姉はこの男が好きなようなので、姉の幸せを一番に考える自分は姉が幸せになれればどうでもいい。
『新くん』
 最後の日だった。男に呼び出された。カモミールのハーブティは姉へのもの。カモミールの花言葉を知らない自分は何とも思わずに、男が帰った後それを渡した。顔面が青ざめる姉。姉は青ざめた顔をして知り合いに電話しまくってから泣き崩れた。
 その後、姉は自殺した。
 後で知ったのだが、カモミールの花には謝罪の意味があるらしい。これは予想だが、姉は彼に告白したんじゃないだろうか。男はそれで断った。姉の告白を断るなんてセンスのない男だ。
「……姉さん」
 どうしてあの男は姉の告白を断ったのだろう。あの人なら俺の義理の兄になってくれても良かったのに。あの人になら好きだった姉の事を任せられたのに。どうして。
――どうして裏切った。
 これが逆恨みなのは理解している。あの男にも事情があるはずだ。例えば既に彼女がいるとか、女の子に興味がないとか。
 だけど、どうしても納得いかなかった。
 あんなに仲が良かったじゃないか。
「……義兄さん」

『あの人ね、新の義兄さんになるのよ』
 一日目の夜、姉は男が帰った後に俺にそう言った。俺が告白してまだ時間も経っていない。まだ傷も塞がっていない。少しタイミングを考えてくれればいいのになと思ったが、姉が幸せならばそれでよかった。
『姉さんとあの人は付き合ってるの?』
『じゃなきゃ紹介なんてしないわ』
『良い人そうだね』
『良い人よ』
 姉が言うなら俺の見立て通りそうなのだろう。
『どこで出会ったの?』
『バイト先の塾』
 という事は、塾講なのだろうか。なら自分の家庭教師をやってくれるのも理解できる。
『——じゃあ、俺『未来の義兄さん』とは仲良くしとくね』

「日南くん?」
「あ、な、なに……」
 事務所の掃除をしていると、葛西が顔を覗き込んできた。どうやら数分ほどガラスを磨いたままぼーっとしていたようだ。
「いや、出前来たよって……」
「……ああ、今日何?」
「ファーストフードにしたけど、好みじゃなかった?」
「いや、好きだけど……」
 どうやら葛西は俺の為に出前を取ってくれたらしい。デスクの上にポテトやハンバーガーが並んでいる。事務所には簡単な給油室代わりのシンクはあるけれど、コンロはないから何か食べたければコンビニかどこかで弁当を買うか出前を取るしかない。
「……あれからあのプリクラの男の事はわかったか?」
「ああ、多少はね」
 ふかふかのソファーに座り、ハンバーガーの包み紙をはがしてかぶりつく。中身はチーズハンバーガーの様だ。ピクルスの酸味がアクセントになっている。おいしい。
 葛西はポテトを摘まむと向かいのソファで話し始めた。
「彼は短期で芽衣子さんの働いていた塾で雇われていたらしい。彼女が自殺する前に無断欠勤が続き連絡が取れなくなっている。これは例の上司から聞いたから恐らく間違いない」
「流石にどこに住んでるかとかはわかんないか」
「そもそも会社ですら連絡が付かないから、もうその塾が知ってる連絡先は使えないと思うよ」
 それもそうか。あれから長い月日が経った。連絡が取れるわけないか。
「今日も僕は事情を聞きに行ってこようと思う。今日も部屋で待っててくれるかい?」
「いいけど……」
「頼んだよ」
 葛西はほとんど食事に口をつけずに腰を上げた。

 葛西の部屋の合鍵は貰っている。気を抜くとすぐ私生活がぐちゃぐちゃになったり自傷をし始めるからしばしばお邪魔して家事や世話をしているが、俺は家政夫にでもなったのだろうか。
「まあ、これが報酬代わりってかんがえれば妥当か……」
 今日の夕食はシチューにすることにした。彼に仕事を頼んでから数週間。毎日の様に部屋に通っていると普通に家事も出来るものだ。元々姉がいた頃は家の手伝いもしていたから慣れればどうとでもなる。
「ただいま~」
「おかえり、今日はシチューだぞ」
 葛西がリビングに顔を出す。「手を洗え」と言うと葛西は大人しく洗面所に向かって行った。すぐに戻ってきた葛西はテーブルを見て目を輝かせた。
「おいしそうだね!」
「そりゃお前の為に母さんに料理習ってるからな」
 葛西に出会ってから親に料理を習うようになった。親には「彼女でもできたの?」と揶揄されたが、彼女だったらどれだけよかっただろう。現金がないから労働力を差し出すしかないだけだ。いくら命の恩人とは言え、無賃で毎日働かせるのは心が痛む。
「今日はどうだった?」
 向かい合って卓を囲む。恒例になったこれは所謂報告会のようなものだ。
「うーん、今日もダメだったよ」
「今、わかってるのはアイツの顔と、元職場くらい?」
「そうだね。捕まえるのは大変そうだ」
 他にも色々わかればいいのだが、そう考えてひとつ思いついた。
「あ、名前は? 仕事場がわかれば名前くらいはわかるんじゃないのか? 元上司の人もいるんだろ?」
 その時、俺はそこにいなかったが上司から証言を取っていたはずだ。その時に姉と仲が良かった人間として男の情報を得ていないだろうか?
「ああ、名前は割れたよ」
「マジか! 教えろ!」
 そう言うと、葛西は言いにくそうに答えた。
「星川糺」
「ほしかわれい……」

『今日から君の家庭教師をする星川糺だ。よろしくね』

 確かにそんな名前だった。ああ、そうだ。星川、それがあの男の名前。
 俺が、殺す男の名前だ。
「年齢は二十代後半、住居は『当時は』この辺りだったみたいだ。芽衣子さんとは職場では仲が良かったらしい。だけど今はどこにいるのかはわからないのが現状だよ」
 そう言っても、名前と外見がわかればかなり有利だ。もし、SNSでもやっていたらそこから今の状況を調べられたりできる。それくらいなら俺でもできるだろうから、葛西に迷惑をかけずに殺すことが出来るだろう。
「星川、だな」
 ――絶対殺してやる。
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