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ep37.邂逅

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 それから俺は遠い高宮の家兼、寺まで暗い道をてくてくと歩いて行った。
 ……が、どうも変な感じがする。まるで、誰かにずっと見られているような……。
 止まる。足音が聞こえる。進む。足跡が聞こえる。振り向く。
――誰か、いる。見えないけれど、確かに誰かいる。
 星川はああ言っていたし、心の中では姉がどんな状態なのかもわかっている。でも『視えていないからこそ』それを信じ切れずにいた。だけど、もし姉ならきっと。
 俺はもう一度振り向いた。きっと姉なら、と希望を胸に抱いて。
「……え」
 目の前、距離にして一メートルに満たない距離にいるのは確かに女だ。髪の長い黒髪の女。ピンクのカーディガンを羽織っていて、白いワンピースを着ている。こんな寒い日にあんな服装なんて普通じゃない。それにこの服。
(……姉さん? 何で見えるんだ、俺に)
 俺には霊感がない。ないはずだ。現に今まで霊障は見えても姉自身は見たことがない。でも、姉に最期に会った日、確かにあんな服装をしていた。まさか、まさか、そんなわけ。
(会話が可能なら説得してみるか……?)
「あ、あの、ねえさ……」
 その時、姉の手が俺の方に伸びた。死体のような冷たさの両の手のひらが頬に触れホッとする。ほら、姉は悪霊なんかじゃない。少し機嫌が悪かっただけなんだ。星川も言っていたじゃないか、俺と久しぶりに会った時は機嫌が良かったって。
 その幻想は早々に崩れた。
 姉の手が頬を伝い、首筋に両手が伸びる。そして姉は女とは思えない力で俺の首を締めあげた。
「か……、は……っ!」
――姉さん、どうして。
 力が緩められることはない。目の前の姉の表情は正に般若の様だった。血走った目、弧を描く口元。こんなの自分の姉じゃない。
「……ま、……の、……に……!」
 姉が何かを言っているが頭がぼーっとしてよく聞こえない。それでも姉は続ける。まるでそれしか再生できないレコーダーの様に。ところどころ聞こえないパズルを組み立てるとこうだ。
「邪魔なのよ、この、落ちこぼれの癖に……!」
 笑ってしまう。俺はこんなにも姉を愛していたのに、姉からは邪魔だと思われていたのか。どれもこれも星川のせいだ。俺から姉を奪ったあんな奴、憑り殺されてしまえばいい。そう思うのは嘘ではないけれど。
(でも、アイツが泣くのはやだなあ)
 だって、星川は何も悪くない。だからこうして危険を冒してまで俺が働いているのだ。あのクソメンヘラを助ける義理なんて俺にはないけれど。それでも、アイツの悲しむ顔は見たくないし、これ以上姉を悪者にしたくない。
 そんなことを考えているうちにも意識が遠のいていく。最後に聞いたのはアイツの声だった。
「——日南くん!」
 ばか、お前が来たら俺が頑張った意味なくなるだろうが。きっとこれは幻聴だろう。最後に思い出すのが星川の声なんてありえねえなあ、そう思い、俺は意識を落としかけた。
 ……が、一気に首を絞めていた手が緩まる。
「星川先生……」
 一気に手が降ろされ、腰から崩れ落ちてしまう。ゲホゲホと咳き込むと星川が背中をさすってくれた。「大丈夫か」と高宮の声もする。
 いったいどうなってるんだ。混乱と酸素切れの頭では何も考えられなかった。
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