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ep38.標的

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「新、そこの車に乗れ。こっから寺まで飛ばすぞ」
 高宮が姉を睨みつける。そう言えば、高宮は「人間には見えない」と言っていたが見えているものが違うのだろうか。彼は冷汗までまでかいていて、まさに真剣という感じだ。いつもヘラヘラしている彼を見ている自分からしたらなんだか変な感じだ。これが仕事をしている顔かと呆けてしまう。
「ほし、かわ、せんせ……。迎えに来てくださったん、ですね……?」
「……芽衣子、新くんには手を出すなと言っただろう!」
「せんせ……」
 高宮に腕を引っ張られる。
「星川サンが気を引いてるうちに行くぞ。作戦変更だ、星川サンには囮になってもらう。その間にオレ達は呪いを処理する」
「そしたら星川は……!」
「多分大丈夫だ。もしだめなら連絡が来る」
 車に半ば無理矢理押し込まれ、車にエンジンがかかる。高宮の愛車は発進し寺に向かう。
「いきなり迎えに来て何があったんだよ」
 あのメッセージから急いで俺を迎えに来るほどの事があっただろうか。確かにジッポが付かなかったのはトラブルだったが……。その疑問に高宮は答える。
「星川サンが『ヤバイ』って言って聞かなかったんだよ。結界せっかく作ったのにぶち破って、早く行かないとお前の姉ちゃんがお前を殺すからって飛び出して……。そんでデカい音が電話の向こう側からしたからオレもヤベって思ったわけー……」
 まあでも正直助かった。あのまま誰も来なかったら自分がどうなっていたか……。それを想うと悪寒が走る。姉は確実に俺を殺すつもりだった。あのまま酸欠で死ぬ未来も会ったかもしれない。
「とりあえず予備の火は持ってきた。そこらへんの公園でヒトガタを燃やす」
「わかった。……姉さんはもう助けられないのか」
「……諦めろ」
 恐らく三年、姉は星川に憑りついていた。それに今まで耐え抜いた星川の精神力もすごいとは思うが、それだけ幽霊——……呪いとしての年月が長いともうどうにもできないのだろうか。
「……姉さんは人を好きになっただけなのにな。どうしてこんなことになったんだろう」
 姉の事がずっと好きだった。今だってその気持ちは消えない。報われない恋だとしても、それでも良かった。姉が結果的に幸せであればそれでよかった。
 でもこんな結末は姉が幸せになれるとは思えない。暗い顔をしていたのだろう。信号待ちをしていた俺に高宮が言った。
「……これは色々見てきた自論なんだけど、幽霊ってさ、もう生前の人が『知ってる人』じゃないんだよ」
「え……」
「お前の姉ちゃんはもう自殺した時点で死んでる。もうあれは違うものだ。割り切れ」
「……そんなのわかってる」
 わかってる、そんなこと。それでも俺は。
「もうすぐ着くから、姉ちゃん殺す覚悟しとけ」
 信号が切り替わって、車が発進しようとした時、大きな音と共に目の前に『何か』がぶつかってきた。その『何か』はべったりとした血を車のガラスにこすりつけてフロントガラスから落ちていった。
「……田舎でもないのに、バードストライクとか起こるのか……?」
「……いや、これは」
 そんな状況でスマートフォンの着信音が鳴った時、俺の心臓は止まってしまいそうになった。発信者は星川だ。もしや、俺は目線で高宮に合図する。高宮は「スピーカーにしろ」とワイパーを操作しながら言った。
『もしもし日南くん!? 芽衣子が』
「わかってるよ、こっち来たからなー……」
 高宮がため息交じりにそう答える。
「星川サンもタクシーでも使ってこっち来い。完全に新が狙われてる。万が一のスケープゴートとしてアンタより優秀な奴はいない」
『わ、わかった。場所は?』
 高宮は星川に場所を伝えると、そのまま電話は切るなと伝えた。俺たちの目的地の公園はもうすぐだ。それが終われば、姉は正しく死ぬ。
――本当に、それでいいのだろうか。
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