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秋、はじまり。

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「あの、どうして助けてくださったんですか」

 母親は染衣にそう問いかけた。そりゃそうだろう、いきなり現れた男が助けてくれて、その真意がわからないなんて怖い。

 染井はどうしたもんかなと悩んだ。

 正直、ただの気まぐれだ。そう思う。大した理由はない。強いて言うなら、これが彼が横にいる状況なら、自分は迷いなくあの運転手を止めに行っただろうな、と言う無意識感と、少年がつけていたキャラクターが、助けを求めていたからだ。この辛い顔をした子どもの表情を変えてやってくれと。

 ただ、そんなことを言っても普通の人に通じるわけがない。だから、染衣は適当にそれっぽい理由を並べた。

「お子さんが辛そうだったので」

 間違ってはいない。自分のシナリオを好いてくれる人が辛い思いをしている姿を見たくなかった。それも思入れがあるキャラクターなら尚更。

「すみません、お礼をさせてください。特に良いものはありませんが、助けられたのも何かの縁だと思うので」

「別にいいですけどね。……えっと、貴方は」

「姫路桃華です。この子は私の息子で叶と言います」

 桃華は金髪のボブヘアを揺らす。まつ毛はつけまつげかわからないがバサバサで、多分カラーコンタクトもつけている。渋谷で買ったのか? と思うくらい京都の外観に合わない見た目は派手だが、中身はきちんとしている母親の様だ。その息子である叶は、栗色の髪のつむじをこちらに向けたまま、いまだに一言もしゃべらない。

「野次馬やってて聞いちゃったんですけど、お子さん飛び出したんですか」

 桃華は言いづらそうに「はい」と答えた。

「この子は……」

「……だってもう、どうでもいいもん」

 叶はボソリと呟きまた下を向く。

 気持ちはわかる。でも人に迷惑をかけるのはだめだ。

 それより、どうして車道に飛び出そうなどと思ったんだろう。

 お茶をご馳走してくれるということで、暇だしお言葉に甘えることにした。

 姫路家は奈良寄りの京都にあった。

 六階建てのマンションの一室は広く、リビングの棚には埃を被ったトロフィーがいくつも置かれていた。

 桃華は紅茶を食卓に出すと、ため息をついた。「巻き込んですみません」と言うが別に気にしていない。染衣はお茶請けのクッキーをもさもさと口に入れ、話を聞く体制に入る。叶は自宅に入った瞬間自室にこもった。

「あの子、ちょっと前まではあんな子じゃなかったんです。サッカー選手目指してて、すごい頑張ってました。でも交通事故で車椅子になって、それから……」

 鬱気味で、そう言った桃華は疲れて見えた。

「不登校にもなって、もう精神科に行ってもカウンセリングに行ってもダメで、毎日死にたいって」

「若いのに難儀ですね」

「何か、あの子が夢中になれるものがあるといいんですけど」

 なんだか叶と染衣の状況が似ていて胸が苦しくなる。

やりたいことをできないのは息が詰まるほど苦しい。その時、玄関の鍵が開ける音がした。

「パパが帰ってきた」

 さてこの状況、どう説明しよう。
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