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秋、ドリームスピカ。
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驚くことに仮イラストが上がったのはそれから三日後だった。異常な早さだ。
「まだ色塗りも加工してないから未完成よ」
「それでもこの速さでこのレベルの線画が上がるのはすごいですよ」
これはおべっかではなく単純な本音だ。染衣は絵のことはよくわからないが、これが企業のゲーム内のスチルイラストだと言われたら納得してしまうほどだ。
「叶に言われて舞い上がっちゃってモチベが上がっちゃって」
「叶くんに? 何言われたんですか?」
「ママ、生き生きしてるって。カッコいいって」
ふふ、と嬉しそうに桃華は笑う。
「叶を産んでね、もう二度と絵は描かないって決めてたの。まあ書いても簡単なイラストかなって。でも辞める理由もあの子で、再開する理由もあの子なのね。本気で書くのって楽しいわ」
ーー本気か。楽しいか。
そういえば目の前のゲームのシナリオ、本気で書いたものだっただろうか。
いや、本気で書いたはずだ。叶の事を想って、吉川の事を想って。でも、楽しかったか? そう言われると首を傾げてしまう。
ーーまあ人によって本気の定義は違うしな。楽しさも必要だとは思わない。
「桃ちゃん、染衣さん、お茶にしましょう」
書斎のドアを開けたのは楓だった。今日は日曜日だから仕事はお休み。昨日からぶっ続けでシナリオをシステムに組み込んでくれている。この夫婦は仕事が早すぎる。
「楓さんは進捗どうですか?」
「いやあ今は楽なツールが増えて助かりますよ。シナリオはコピペ、BGMはフリー音源の中で合うのを探してて、エンディング曲は作曲中です」
「待ってそれは聞いてない」
「昨日の深夜急に浮かんできたので」
作曲できる人ってすごいな。
そんな事を思いながらリビングで楓が用意してくれた紅茶を啜る。今日はアールグレイか。いつものフレーバーティーも好きだけど王道もいいな。チョコレートクッキーに合う。
「そういえば叶くんは」
「リハビリです。ついていこうかって言ったらひとりで行けるからパパとママはゲーム作って!」
「変わったわよね。染衣さんに出会ってから」
姫路夫婦は、安心したようにホッと息をついた。
「事故から一年になるんです、来年の春に。学校にも行かなくなって、今は年に数回出席すれば卒業できるフリースクールです。中学受験も無くなって、同じようなところに行く予定です。何もかもしたくないって、一年ゲームばかりやっていて」
「でも染衣さんが来てくれてちょっと明るくなったのよ。ご飯の時言ってたわ。ホワイトスピカのライターさん、しかもボクを助けてくれたアルバートを書いた人が来てくれたって」
「助けた?」
スターリグレッドのアルバートはイベントのゲストキャラクター。町を守る自警団の青年で、町の側にある伝説の剣を引き抜けるだろうと期待されていたが、別のゲストキャラクターが引き抜いてしまう。それで村の人から失望されてひとりぼっちになるが、それでも村の為に魔物を倒す。だが、森の強敵に敗れひとり死んでいく悲しいキャラクターだ。メインシナリオをこの時吉川が代理で初めて執筆。キャラクターシナリオを染衣が担当した。
人気は出た。グッズも出た。
だけど染衣の功績ではなく、吉川の書き方が上手いのだ。だから、救われたなら。
「『片腕が取れた、それがなんだ。まだもう片方が残っている。まだ剣が振れるなら俺の守りたいものの為に最後まで足掻きたい』最期のこの台詞に感動したんですって。ずっと自分にはそういうことが出来るだろうかって思ってたけど、染衣さんと会って決めた、頑張るって。あの日それを書いた染衣さんと出会えたのは運命だって。これからリハビリも頑張るって」
それを書いたのは自分ではない。
「本当に嬉しいの。車の前に飛び出した時はどうしようかと思ったけど、ああ、これで大丈夫だって思った」
下を向く。暖房が効いてる室内だと言うのに、額に脂汗が浮かぶ。
言えなかった。
彼を助けたのは吉川だ。自分ではない。
ああ、でもバレやしない、ホワイトスピカはイベントライターの担当等を公表したりはしていないし、吉川もそんな事を言ったりしない。染衣さえこの罪悪感に耐えれば、この心を握りつぶされるような感覚に耐えれば、幸せになれる。
みんなが。
「……それはよかった」
喉から出た掠れた声は、否定をしない台詞だった。
「えっと、フリーゲームフェスタですっけ? 叶が言ってたの。冬まで時間がありません。急いで作りましょう! 今のうちに告知もしなくちゃ」
「告知?」
思いもしなかった単語を口から出した楓に問いかける。
「ええ! 叶にプレイしてもらうのは勿論ですがせっかくなら色んな人にプレイしてもらいたいじゃないですか! だからSNSを作りましょう」
SNS、趣味アカウントしか持っていないが、万が一、奥が一にでも吉川が見ることはあるのだろうか。もし見ることがあれば。
「アカウント……サークル名は……」
「ドリームスピカ」
それを聞いて桃華も楓もぱああと表情を明るくする。
「夢の一等星! 素敵な名前!」
「流石ライターさんだなあ~」
違う。これはSOSだ。
ホワイトスピカから一部貰った名前。彼は気がつくだろうか。『ユメホシ』を捻っただけの名前。彼は気がつくだろうか。
吉川、助けてくれ。教えてくれ。見つけてくれ。
ーーゲームって、ゲーム作りってこんなに辛いものだったか?
ーーオレは、お前の名前をいつまで使えばいい?
全部自業自得だ。
吉川の功績を自分のものにしたのも。
家業を継がず、大学の頃にゲーム会社に、ホワイトスピカに入社を決めたのも。
全部自業自得。
「まだ色塗りも加工してないから未完成よ」
「それでもこの速さでこのレベルの線画が上がるのはすごいですよ」
これはおべっかではなく単純な本音だ。染衣は絵のことはよくわからないが、これが企業のゲーム内のスチルイラストだと言われたら納得してしまうほどだ。
「叶に言われて舞い上がっちゃってモチベが上がっちゃって」
「叶くんに? 何言われたんですか?」
「ママ、生き生きしてるって。カッコいいって」
ふふ、と嬉しそうに桃華は笑う。
「叶を産んでね、もう二度と絵は描かないって決めてたの。まあ書いても簡単なイラストかなって。でも辞める理由もあの子で、再開する理由もあの子なのね。本気で書くのって楽しいわ」
ーー本気か。楽しいか。
そういえば目の前のゲームのシナリオ、本気で書いたものだっただろうか。
いや、本気で書いたはずだ。叶の事を想って、吉川の事を想って。でも、楽しかったか? そう言われると首を傾げてしまう。
ーーまあ人によって本気の定義は違うしな。楽しさも必要だとは思わない。
「桃ちゃん、染衣さん、お茶にしましょう」
書斎のドアを開けたのは楓だった。今日は日曜日だから仕事はお休み。昨日からぶっ続けでシナリオをシステムに組み込んでくれている。この夫婦は仕事が早すぎる。
「楓さんは進捗どうですか?」
「いやあ今は楽なツールが増えて助かりますよ。シナリオはコピペ、BGMはフリー音源の中で合うのを探してて、エンディング曲は作曲中です」
「待ってそれは聞いてない」
「昨日の深夜急に浮かんできたので」
作曲できる人ってすごいな。
そんな事を思いながらリビングで楓が用意してくれた紅茶を啜る。今日はアールグレイか。いつものフレーバーティーも好きだけど王道もいいな。チョコレートクッキーに合う。
「そういえば叶くんは」
「リハビリです。ついていこうかって言ったらひとりで行けるからパパとママはゲーム作って!」
「変わったわよね。染衣さんに出会ってから」
姫路夫婦は、安心したようにホッと息をついた。
「事故から一年になるんです、来年の春に。学校にも行かなくなって、今は年に数回出席すれば卒業できるフリースクールです。中学受験も無くなって、同じようなところに行く予定です。何もかもしたくないって、一年ゲームばかりやっていて」
「でも染衣さんが来てくれてちょっと明るくなったのよ。ご飯の時言ってたわ。ホワイトスピカのライターさん、しかもボクを助けてくれたアルバートを書いた人が来てくれたって」
「助けた?」
スターリグレッドのアルバートはイベントのゲストキャラクター。町を守る自警団の青年で、町の側にある伝説の剣を引き抜けるだろうと期待されていたが、別のゲストキャラクターが引き抜いてしまう。それで村の人から失望されてひとりぼっちになるが、それでも村の為に魔物を倒す。だが、森の強敵に敗れひとり死んでいく悲しいキャラクターだ。メインシナリオをこの時吉川が代理で初めて執筆。キャラクターシナリオを染衣が担当した。
人気は出た。グッズも出た。
だけど染衣の功績ではなく、吉川の書き方が上手いのだ。だから、救われたなら。
「『片腕が取れた、それがなんだ。まだもう片方が残っている。まだ剣が振れるなら俺の守りたいものの為に最後まで足掻きたい』最期のこの台詞に感動したんですって。ずっと自分にはそういうことが出来るだろうかって思ってたけど、染衣さんと会って決めた、頑張るって。あの日それを書いた染衣さんと出会えたのは運命だって。これからリハビリも頑張るって」
それを書いたのは自分ではない。
「本当に嬉しいの。車の前に飛び出した時はどうしようかと思ったけど、ああ、これで大丈夫だって思った」
下を向く。暖房が効いてる室内だと言うのに、額に脂汗が浮かぶ。
言えなかった。
彼を助けたのは吉川だ。自分ではない。
ああ、でもバレやしない、ホワイトスピカはイベントライターの担当等を公表したりはしていないし、吉川もそんな事を言ったりしない。染衣さえこの罪悪感に耐えれば、この心を握りつぶされるような感覚に耐えれば、幸せになれる。
みんなが。
「……それはよかった」
喉から出た掠れた声は、否定をしない台詞だった。
「えっと、フリーゲームフェスタですっけ? 叶が言ってたの。冬まで時間がありません。急いで作りましょう! 今のうちに告知もしなくちゃ」
「告知?」
思いもしなかった単語を口から出した楓に問いかける。
「ええ! 叶にプレイしてもらうのは勿論ですがせっかくなら色んな人にプレイしてもらいたいじゃないですか! だからSNSを作りましょう」
SNS、趣味アカウントしか持っていないが、万が一、奥が一にでも吉川が見ることはあるのだろうか。もし見ることがあれば。
「アカウント……サークル名は……」
「ドリームスピカ」
それを聞いて桃華も楓もぱああと表情を明るくする。
「夢の一等星! 素敵な名前!」
「流石ライターさんだなあ~」
違う。これはSOSだ。
ホワイトスピカから一部貰った名前。彼は気がつくだろうか。『ユメホシ』を捻っただけの名前。彼は気がつくだろうか。
吉川、助けてくれ。教えてくれ。見つけてくれ。
ーーゲームって、ゲーム作りってこんなに辛いものだったか?
ーーオレは、お前の名前をいつまで使えばいい?
全部自業自得だ。
吉川の功績を自分のものにしたのも。
家業を継がず、大学の頃にゲーム会社に、ホワイトスピカに入社を決めたのも。
全部自業自得。
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