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冬、リリース。

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『リリース承認されました』

 三月十日、夜。楓からそうメッセージが届いたのは二十時のことだった。

 すぐにSNSで宣伝する。すぐに通知が祭りのように鳴り出す。反応は上々。問題は。

『叶くんはどうですか?』

『部屋から出てきません。僕たちもしばらく顔を見てなくて』

 どうだろうか。プレイしてくれている保証はない。だけど神様に願う。どうかこれが、彼に届いてくれますように。

 どちらにしろ、リリースが終わった今、染衣に出来ることはない。その日は無理に睡眠薬を飲んで寝た。そうでもしないと不安で眠れそうになかった。



「ダウンロード数、二百……」

 日曜日、ダウンロードサイトを見ているともうカウンターは爆発的に伸びなくなっていた。やはり過激なネタが伸びるのだ。『サイドノシュート』は障害者ネタが話題になっただけで実力を認められたわけではないと奥歯を噛む。

 悔しい。こんな二百の中に叶がいるわけない。プレイ時間はやり込みさえしなければ五時間もかからないはずだ。なのに丸一日以上経って夫妻からなんの反応もないと言うことは。

「……大丈夫、また作れば」

 また作ればいい。それだけだ。届くまで作ると決めた。なのに、どうして思い通りに行かないのがこんなに悲しいんだろう。

「新作なのに、レビューも感想もなし、か」
 笑ってしまう。あんなデッド進行しておいて大爆死。夫妻に合わせる顔がない。

 そんな時だった。

 スマートフォンが鳴る。反射的に電話を取ると相手は桃華だった。

「もしも……」

『染衣さん!? どうしよう! 叶がいないの!』

「は?」

『家に車椅子が無くて、部屋を見たら誰もいなくて、パパが今心当たり探してくれてるけど私、心当たりがあるのに口に出せなくて……』

「落ち着いてください。心当たりってどこですか?」

 続けられた言葉に口が開いてしまう。

『……染衣さんの、ご実家』

「どのタイミングでオレの家をバラしたんですか!?」

『違うの! ただ、染衣さんのご実家って京都の有名な染物屋さんなのね、って口を滑らせちゃって』

 それでも名義を変えた染衣に会いにくる理由がない。わかるはずがない。特徴もない染衣の文章がたかが小学生なんかに。それにあんな最悪な別れ方をした染衣になんの用事がある?

『私はパパに家で待ってなさいって言われたから外に出れないけどもし叶がそっちに行ったら捕まえて欲しいの!』

 そう言って電話は切れてしまった。

 確かに、京都の染物屋と言ったら検索したら実家が出てくるが姫路家からウチまではかなり遠いはずだ。そんなところに叶が来るはずない。

「坊ちゃん」

 お手伝いさんが部屋の入り口を叩く。

「坊ちゃんにお客様がいらっしゃってます。ただ、その、お子様なのですが、坊ちゃんとどんな関わりで……?」
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