【R-18】今日からメイド♂始めます!【BL完結済】

あいう

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僕の大好きなメイドさんと!

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あれから三年の月日が経った。

時嗣は普通に兄に勧められた大学に入学してごく普通の大学生活を送っている。

もちろんそれは「富裕層の」普通だ。

フリースクール時代の友人に学園生活の話をするとありえねえと笑われてしまうし、おそらくは普通の人から見たら変わった生活なんだと思う。

だけど構わない。そりゃ昔は、普通の一般大学に行きたいとか考えていたけれど、一般人とはジェネレーションギャップが生まれてしまうものだし、兄に従って正解だったと今は思う。

ただ、

「櫻木先輩! 好きです、付き合って下さい!」

これはどの学校にいても同じようなものだ。

時嗣は年下の少女のラブレターを手で制する。受け取る必要はない。

「君は確か神崎さんの所の娘さんだろう? 婚約者がいるじゃないか」

「政略結婚です! 私の気持ちは……無視されております。ですから、櫻木先輩が学内にいる間でいいんです! 私は好きな人と私は付き合いたい! 思い出がほしいんです!」

「君は自分勝手だな」

出来るだけ冷たく聞こえるように言い放った。

「僕も婚約者がいる身だ。その方を裏切る事は出来ない。それに――、仮に付き合ったとして、バレたらどうなる? 両家の問題じゃ済まなくなるんだぞ」

「それは……」

「この話は終わりだ」

女の子を置いて、呼び出された裏庭を離れる。

どの口が。時嗣は心の中で呟いた。

婚約者なんて一ミリも好きじゃない。出会った時から自分の好意は一人にしか向けていない。

「ただいまっ! 幸太郎!」

「おかえりなさいませ、ご主人様」

使用人が運転する車から一番に出迎えてくれたのは執事服の幸太郎だった。

幸太郎は僕が大人しく婚約者とのお茶会に出るようになってから制服が変わった。高校をなんとか卒業した後の話だから、二年前くらいの話だと思う。

メイド服はもう着ないの? と聞いたら「この報酬を取り上げるなんてご主人様は鬼ですか⁉」と泣かれた。意味はわからない。

「今日の学校は如何でしたか?」

「告白された。嫉妬してくれる?」

「毎回そんなことで嫉妬してたら俺は身が持ちませんよ」

レッドカーペットを踏み終わり、「櫻木時嗣の帰宅」と言うイベントをこなした後、部屋でジャケットを脱がせて貰いながら時嗣は幸太郎に笑いかけた。

「婚約者がいるけど好きな人と付き合いたいんだって」

「人事じゃないですね」

「本当だよ」

自分と幸太郎は、もうすぐこの館から逃げ出す。誕生日である七月十八日を迎えて成人したら。

全部捨てて二人だけの世界へ。

婚約者と結婚? あんなババアと結婚なんてゴメンだ。それは仮にアイツじゃなくたって同じ。あの子が選べなかった道を自分たちは歩くのだ。

そう思えば苦痛であるお茶会も耐えれたし、セクハラも耐えれた。

と、言っても自分は彼女の趣味の男とはかけ離れてしまったのかもしれないけれど。

成長期が来て、身長はかなり伸びて筋肉も平均的には着くようになった。

幸太郎が残念そうにするくらいには自分は男らしい体つきになっていて、「無垢な子供が好き」と宣う婚約者の理想像とは異なってしまっているように見える。

幸太郎の隣に立っても子供扱いされない様になったのは喜ばしいことだが、抱っこされたり甘えられなくなったのは痛い。

「あと一ヶ月。楽しみだね」

「……そうですね」

最近、幸太郎はどこか思い詰めた表情をすることが多くなった。

「幸太郎?」

そう声をかけてみると幸太郎は取り繕った様に笑う。

「え? あ、どうかしました?」

「いや……、ううん、なんでもない」

幸太郎は、後悔しているのだろうか。と最近思うことがある。

あの日の約束、言葉、返答、全て。

本当は幸太郎はここにずっと居たくて、自分だけがこの館から離れたいんじゃないかと思うことがある。そんな考えを払拭する様に首を横に振ると、僕は幸太郎に向けて人差し指を彼の唇に触れさせた。

昔、幸太郎がキスを止める時にやってた癖。今は全く別の意味で使われている。

「幸太郎、おかえりのキスは?」

「はいはい。仰せのままに」

幸太郎が僕にキスをする。触れるだけのもの。

自分たちは、まだキスしかしてない。

それが、どこか幸太郎にとっての壁の様に思えた。

 最近、考える。それは自分にとっては残酷で、幸太郎にとっては当たり前な事。

 ——幸太郎は、本当は無理してるのではないかと。

 一緒にこの家を出る、あの約束だって、本気では無いのかもしれない。そうだったら、仕方が無い事なのはわかっているけれど、嫌だなと思う。

「ねえ、幸太郎」

「はい?」

「あと一ヶ月だね」

 一瞬、沈黙が訪れた。幸太郎の顔が見れない。

「……なんで二回も言うんですか? 心配しなくても俺は貴方の傍にいますよ」

 彼は、どんな顔でそれを言ったのだろうか。

 怖くて、見れない。

「準備だってしてます。ほら、もうすぐ大学は夏休みでしょう?」

「ああ、うん……」

「だからそこに合わせましょう。そうしたら、単位取れなくて留年なんてありませんから」

 ——それって、この計画が失敗する事前提だよね。

 そうは言えなかった。

 多分、幸太郎も自分も頭では理解している。この頭のおかしい家から逃げ切るのは無理だって事。家に引き取られた時、兄は言った。「自由を奪ってごめんな」今ならわかる。一之宮との交渉道具として使い道が出来た自分は、もう櫻木家の「物」でしかなく人間ではない。父が亡くなって強制的に家を継がされた兄の様に、自分も櫻木家の為に尽くすだけの存在でしかない。

 そして幸太郎も、櫻木家の「物」だ。それも、使い捨てが出来る。

 この家から使用人が出るのは禁止されている。禁止事項を犯した場合、ペナルティが発生することは知っていた。養子としてこの家に来た後、最初に仲良くなった使用人は外に出たくて脱走しようとして、死んだ。泣く時嗣に兄は言った。「お父様の頃からのルールだ」と。「悪いのはそれを知って外に出ようとした使用人だから、心を痛ませる必要はない」と。

 幸太郎がそのルールを知らないわけがない。

 小さいころにはわからなかったけれど、あの時、幸太郎は時嗣に生殺与奪権をくれたのだ。それがどれだけ覚悟のいる事なのか時嗣には理解しきれない。でも、それでも。

(幸太郎と幸せになりたい)

 我が儘だ。最低だ。無責任だ。わかっている。

 自分がやっている事は幸太郎に死ねと言っているようなものだ。

 だけど、少しでも可能性があるなら賭けてみたい。大学なんてやめてもいい。

 昔、母と暮らしていたように、つつましくても笑いあって暮らせればもう何もいらない。

「ご主人様? どうしました、黙り込んじゃって」

 心配そうに幸太郎が覗き込んでくる。時嗣は慌てて笑顔を取り繕った。

「え、ああ、ごめんね。課題の事考えてた」

「夏休み近いからって勉強サボらないでくださいよ? ご主人様はウチの有望株なんですから」

 ほら、やっぱり、幸太郎は時嗣との未来なんて考えていない。

 もやもやした気持ちのまま、時間だけが過ぎてゆく。幸太郎が珍しく夜中に部屋に訪ねてきたのは誕生日まで数日を切った時だった。
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