物語の終わりを君と

お芋のタルト

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第一章『運命』

第二節「旅立ち」② ・生への希望・

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 冷や汗だろうか、まだ動いていないというのに首筋を汗が伝う。
思わず握った拳に余計な力が入る。

先程丁寧な様子でティリアと名乗った男は、直立したままこちらを見て戦闘の構えを取ろうとしない。
俺と戦う程度のことであれば構える必要も無いという事か。

それに、ティリアは【闇の一族】だと名乗った。
つまり、それは―――【最終戦争】―――の時に【反天才軍】として戦っていた人達の現在の組織だということだ。
戦争が終わった今でも過激に活動しており、黒い噂が絶えないという。

そんな人に何故俺が命を狙われなければならないのか。
むしろ俺だって、いや、人類ならば【天才】を

「なんで俺を狙うんだよ!」

あまりの理不尽に俺は声を荒らげる。

「いいんですよ、理由なんて知らなくて。知らない方が幸せなこともありますしねえ。」

ティリアは俺にニタニタとした笑顔を向ける。
全身に寒気が走る。
ティリアの表情とは裏腹に、伝わってくるのは感じたことの無い程純粋で大きな殺意だった。

さっきの一撃でティリアからは逃げられないことは分かった。
だったら戦うしかない。

でもどうやって?
【魔力】も持たない俺が?
俺が勝利するビジョンが全く見えない。

頭の中が負の感情で溢れかえる。
作戦を練ろうにも、恐怖や逃げられないという絶望で上手く思考できない。

いや大丈夫だ、失敗を考えるな。
こういう時は信じるしかないんだ。
俺は負けない、殺されなんかしない!

ほら、今日だってあんなに強いセルティアに勝てたじゃないか!
俺は半ば自分に言い聞かせるようにして震える体をティリアに向ける。

「おやおや、震えているようですねえ。大丈夫ですよ、抵抗しなければ一瞬で済みますからねえ。」

ティリアがそう言った次の瞬間、ティリアは俺の視界から消えた。

「まずい―――」

ドン。
その場に響く、短く鈍い音。
それはティリアの蹴りが俺の横腹を潰した音だった。

俺は勢いのまま近くの木の幹に衝突する。
左腕、それに肋が二、三本折れたようだ。

「おや、私の予想よりダメージが浅いですねえ。」

立てない。
今の蹴り一撃で、立つことさえできない。
圧倒的な実力差に俺は最早無抵抗そのものだった。

こいつには、勝てない。

「立てないですよねえ。今のは殺す気で攻撃しましたから。痛いですよねえ、辛いですよねえ。」

何とかうつ伏せから起き上がろうとするも痛みで体に力か入らない。
ティリアはそんな俺の首を強く掴んで持ち上げる。
俺の体は完全に浮かされる。

息が出来ない、死ぬ………!

ティリアは俺を乱雑に放り投げる。
道の真ん中に打ちつけられて頬が地面に擦れる。

久しぶりの酸素を必死に取り込む。
しかし、深く息を吸うと体に強烈な痛みが走りどうしても呼吸は浅くなる。
いつの間にか頭の先ではティリアが俺を見下ろしていた。

「立たなくてもいいんですか?立って戦わないと、私に殺されますよ?私は優しいですからねえ、10秒だけ待ってあげましょう。さあ、立って。いーち、にーい」

ティリアは突然カウントダウンを始めた。

やばい、やばい!
このままでは本当に殺されてしまう!
考えろ、考えろ!
いや、考えるくらいなら手を、足を、身体を動かせ!

俺は必死に体を起こそうとする。
しかし、左腕が折れ、右手だけで体を起こすのは不可能に近かった。

それでも必死に力を込める。
力む度に全身に激痛が走る。
その間にもティリアの地獄のようなカウントダウンは進んでいく。

「ごーお、ろーーく」

ダメだ、限界だ。
どれだけ力もうとも体は言うことを聞かない。

―――もう、抵抗するのはやめよう。

立ち上がってどうする、その後どうせ殺されるじゃないか。
どうせ死ぬならこんなに辛い思いをしてまで抵抗する必要ないじゃないか。

俺の心の火はもう消えかかっていた。

(―――ないで―――)

その時ふと、俺を呼ぶ声が頭の中に響く。

(―――負けないで、諦めないで―――)

誰の声だろうか。

女性だ。
透き通るような何とも聞き心地の良い女性の声。
俺の頭は救いを求めるように全力で声の主を記憶から探る。

しかし、その記憶の旅は現実世界で数える程もない速度で終わりを告げた。
その声の主が記憶の最も浅い場所に居たからだ。

あの人だ、あの人の声だ。
今朝見た夢の、あの少女の声だ。

暗闇に差し込む一筋の光のように、その声は俺の心を鼓舞する。

「そうだよな………。きっと、俺はあんたに会うまで、死んじゃダメなんだよな………。」

かすれる声で俺は呟く。

(―――生きて―――)

きっとこれは俺が勝手に作り出した幻聴なのだろう。
なんせ彼女は俺を殺そうとしていたんだ。
俺が生きることを望むはずがない。

それでも、都合のいい解釈でも構わない。
彼女に会えば俺は殺されるかもしれない。
それでもいい。

それが、俺の生きる希望になればそれでいい。
今この時を生きる活力になればいいんだ。

「はーち、くーう」

再び希望を得た俺はすぐに行動に移す。
時間が無い、俺は左手も地面に着いた。

「ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!」

強烈な痛みとともに左腕がおかしな音を立て始めるが、構うことなく俺は力を込める。
震えながらも徐々に浮き始める体、常に襲いかかる強烈な痛み。

上半身が持ち上がり始めた頃、俺は急に吐血する。
折れた肋が肺を傷つけたのかもしれない。
それでも俺は力を込め続ける。

こんな所で死んでたまるか、俺は彼女に逢いに行くんだ。
俺はその一心で死を拒み続けた。

そして、ついに俺はその場に立ち上がった。
ティリアはぽかんと口を開けて俺を見つめている。
いつの間にかカウントダウンは止まっていた。

「本当に立ち上がるなんて、少々驚きましたよ。やはりあなたはここで殺しておかなければならないようですねえ。」

ティリアは先程までの気持ち悪い笑顔を急に辞めると、俺に向かって真っ直ぐ右腕を伸ばし手のひらを向ける。
その手のひらに少しづつ何かが集まっていく。
夜の闇よりもさらに深く、薄く紫に発光するそれは何となく【魔力】なのだと

しかし、俺が見る景色は焦点が合わずに霞んでゆく。
肺の痛みで息を吸えず呼吸が浅い。
激しい頭痛がしてクラクラする。

逃げないと、何とかして―――

俺の頭はそこで思考を辞めた。
辞めざるを得なかった。

絶対的な死を前に、思考など無意味だ。

「それじゃあ、死んでくださいねえ。」

ティリアの手から【魔力】が放たれる。
まさにその時だった。

突如俺たちの辺り一体はとてつもなく大きな【魔力】によって包み込まれる。
その【魔力】によってこの場所の重力は何倍にも増加する。
あのティリアでさえその場に膝をつこうかという勢いだ。

「なん、ですか、この強大な【魔力】は………!この地にそんな事ができる人がいるなんて聞いていないですよ………!」

唯一、俺だけがこの【魔力】の影響を受けていない。
誰かが助けてくれているのか………?

「仕方ないですねえ、今日の所は引き上げるとしましょう。」

朦朧とする意識の中、ティリアは黒い煙になってその場から忽然こつぜんと姿を消した。
その瞬間、辺りを包んでいた【魔力】は何事も無かったかのように止んだ。

俺はその場に倒れ込む。
終わった。
ようやく、開放された。

「おい、しっかりしろ―――」

どこからやってきたのか、誰かの声が遠くに聞こえる。

ああ、見知らぬ誰か。
助けてくれたんだな。
すまないが、俺は疲れた。

少し目を瞑らせてくれ―――

俺の意識はそこで途絶えた。
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