物語の終わりを君と

お芋のタルト

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第一章『運命』

第二節「旅立ち」③ ・親友の決断・

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 懐かしい匂いがする。
昔から知っていたようなこの匂いは、どこか心を落ち着かせる。

徐々に意識が戻り始め、程なくして俺の脳は完全にこちらの世界へ帰ってきた。
まぶたを被ったままの目は、微かに周囲の光を感じ取る。
俺はゆっくりと目を開いた。

「………知ってる天井だ。」

どこかで似たようなセリフを聞いたことがある気がするが、きっと気の所為だろう。
知ってるも何も、ここは俺の家、更に言えば俺の部屋の天井だった。
つまり、俺は今自分のベッドに横になっている事になる。

どれくらい寝ていたのだろう、どうやってここまで来たのか思い出せない。
俺は一番新しい記憶を探る。

しかし、どこかのタイミングで意識を失ったようで記憶が曖昧だ。
とりあえず俺はベッドから体を起こす。

「いだっ!」

突然全身に痛みが走る。
痛みで俺はしばらく硬直してしまう。

そうだ、俺はあんな怪我を負っていたんだ、死んでいてもおかしくなかった。
俺はあの時の戦闘を思い出す。
いや、戦闘と言うにはあまりにも一方的過ぎるか。
この記憶が、現実のものだと教えられる。

しかし、怪我の割には随分と体が楽な気がする。
多少の痛みを我慢すれば上体を起こすことができた。

俺の額から濡れた布が布団に落ちた。
どうやら丁寧に看病されていたようだ。

「目が覚めた様だな、ボウズ。」

「え?」

そう言って俺の部屋に入ってきたのは身長が2m以上ありそうな見知らぬ大男だった。

「な………なんですかあなた!ていうかなんで俺の家にいるんですか!誰ですか!不審者ですか!」

突然の来客に高速で質問をぶつけワーワーと騒ぎ立てる俺を気にも止めず、大男はどしどしと歩いてきて俺の肩に大きい手をドスンと載せた。
その衝撃でまた全身に痛みが走る。

「あんまり元気なようだと、傷に響くぞ。」

大男はその強面からは想像できないくらい優しい態度で俺をなだめる。

いや、あんたの………手の方がよっぽど痛いわ………。
俺は体をプルプルと震わせて痛みを堪える。

大男は近くにあった椅子に腰を掛けた。
いつも俺が使っている椅子だが、男が大きいため子供用の椅子に見えてしまう。

「よかった。目が覚めたのね、シェイム。」

俺が大男をいぶかしげに睨んでいると、今度は俺の部屋の前で一人の女性が胸を撫で下ろしていた。
俺の無事を確認し安堵するこの人は、俺の母親だ。

短く切られた青い髪と両耳に下げている深い青色の丸いピアスが特徴的だと、昔マーラが言っていた気がする。

「ごめん母さん、心配かけて。この人は?」

俺は横に居る大男について尋ねる。

「この人はゼノアさん。道端で大怪我をして倒れてたあなたをここまで連れてきて下さったのよ。」

何と。それではこのゼノアさん俺の命の恩人か。
もちろん、もう一人の恩人は夢の中の少女だ。
あの時、俺に生きる活力を与えてくれた。
そういえば最後の攻撃もゼノアさんだったのだろうか。

「お前が襲われているのが見えてな。少し首を突っ込ませて貰った。ボウズ、なんであんな事になってたんだ?」

たまたま通りかかったのがゼノアさんだったおかげで、俺は助かった。
あれ程の【魔力】を使うのだ、きっとゼノアさんはかなり強い。
運が良かった。
また俺は、運に助けられたのか。

「助けていただいてありがとうございます。それが心辺りが全く無いんですよ。この腕輪を見た途端に襲いかかってきて………。」

俺が困ったようにそう言うと、ゼノアさんはその言葉を聞いて一度深く深呼吸をする。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
その動作はまるで何かの覚悟を決めたようにも見て取れた。

「なるほど。心当たりは、無いんだな。」

ゼノアさんは俺の目を真っ直ぐ見て言う。

「はい、そうです。」

俺も真っ直ぐに見返す。

「そうか。ならボウズ。」

ゼノアさんの雰囲気はどこか重々しく、ただならぬ緊張感を生み出す。

がお前に残した意志は、責任を持って俺が受け継ごう。」


 ○


 材質が木である事を存分に主張したテーブルを、俺とゼノアさんの二人で囲んでいた。

先程ゼノアさんは俺の部屋で、を継ぐ、なんて突拍子もない事を言い出した。
全く話が見えて来ないのだが、ゼノアさんが俺と二人で話をしたいと言ったのでとりあえず話を聞くことにした。

母さんは今別の部屋に居る。

ちなみに、ゼノアさんは怪我の酷かった俺に【最高級回復薬】を飲ませてくれたらしい。
そのため、俺は2時間ほどで傷を回復し目を覚ましたのだそうだ。

【最高級回復薬】は驚く程に値段が高く、一般人が持っているような代物では無い。
ましてやそれを他人に使ってやる人など世界のどこを探しても居ないだろう。

強力な【魔力】を持っている事といい、【回復薬】を気軽に他人に使うことといい、彼は一体何者なのだろうか。

「ボウズ………いや、名前はシェイムだったな。」

あれ、俺まだ名乗ってないよな?

「俺の名前を知ってるんですか?」

「お前の父から聞いていた。」

ゼノアさんは間髪入れずに回答する。
どういうことだ?

父さんは俺が生まれて間もない頃に死んだと聞いている。
つまりゼノアさんはその時に俺の名前を聞いたという事だろうか。

「父とはどういう関係だったんですか。」

「お前の父とは古くからの友人だった。お互い心から信頼しあっている数少ない一人でもあった。」

とはなんなんですか。」

頭の中が整理できない。
答えの出ていない問いがあるのに、次々と疑問は浮かんでくる。

「まあ落ち着け。今は知りたいことが山ほどあると思うが、とりあえず俺の話を聞け。」

ゼノアさんになだめられ浮いていた腰を下ろす。

「………シェイム、お前は【天才】について、どう思ってる。」

唐突にゼノアさんはそんな質問をしてくる。
その顔は何故か強ばっているように見えた。
しかし、そんな問いに対する答えなど聞かれずとも決まっている。

「そんなの、憎いとか、最低な奴らだとしか思ってませんよ。」

当たり前だ、【天才】は人類にとって害悪な存在なのだから。
【天才】の話をする為には、太古の時代にまで遡らなければならない。

遥か昔、まだ世界に【魔力】が存在していなかった時代に人類は転機の時を迎える。
【魔力】を宿した人類が誕生したのだ。
それも、世界で同時に。

彼らが成長し、【魔力】を意のままに操るようになると、人々は崇拝と恐怖の念を持って彼ら四人を【天才】と呼ぶようになった。
それから【天才】が死ぬと、何年かの後に再び四人の【天才】が誕生した。
彼ら【天才】は、そうして時代と共に移ろっていた。

からを授かりし者】、【天才】。
彼らは時に人間を支配し、時に平和をもたらし、時に争いの火種となった。

そして、人類は再び転機の時を迎える。
突然人類の半数以上に、【魔力】が発現した。
その力によって世界は混沌と争いに満ちた。

力を手にし好き勝手暴れる者、【天才】に一矢報いようとする者、【天才】を擁護する者。
この混沌は当時の【天才】によって収束に至った。

しかし、はるか昔から積み上げられた「天才至上主義」という世界の理は一瞬にして崩れ去った。

それから200年以上の時が経ち、今から17年前。
【天才】が撒いた火種によって、再び全世界を巻き込む戦争が勃発した。
これが世に言う、【最終戦争】だ。
世界が【天才派】と【反天才軍】に二分化し、争った。
この3年間に渡る戦争で、【天才】は四人とも殺されたのだという。

そして世界は【天才】を憎んだ。
奴ら【天才】はまだ自分達が特別な存在だと勘違いしている。
奴ら【天才】は人類に災いをもたらすだけの不要な存在だ。
奴ら【天才】が誕生した時はすぐに殺してしまえ、と。

残念ながら、これは世界の総意だ。
俺の友人にも家族が【最終戦争】の被害を受けているやつが沢山いる。
到底俺も【天才】を擁護する気にはなれない。

「………そうか。なあ、少し腕輪を見せてくれないか?」

ゼノアさんは優しい口調でそう言う。
俺は左腕を机の上に乗せ、腕輪を見せる。
すると、ゼノアさんは右手を腕輪の上にかざした。
ゼノアさんから少しの【魔力】を
次の瞬間、腕輪が眩しいほどに輝き始めた。

「うっ」

思わず右手で光を遮る。
体の中に、何か暖かいものが流れているような感覚に陥る。
それは生まれて初めての事で、全身に違和感を覚える。

ゼノアさんが手をかざすのを止めると、腕輪は光を失った。
同時に、全身の違和感も瞬く間に消えた。

「やはり、腕輪のがほとんど解けてしまっている。まあ、これ以上抑え込むのは無理なんだろう。」

ん、
この腕輪にそんな効果があるなんて聞いたことが無い。

「シェイム、今から俺が言うことは紛れもない事実だ。だからしっかりと受け止めて欲しい。」

ゼノアさんが真剣な表情で俺を見る。
その眼力に心臓はとくとくと動きを速くする。
何かただならぬ事を言いそうな雰囲気だ。
俺はゴクリと唾を飲み込む。

「シェイム、お前は、この時代に生まれた【天才】だ。」
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