12 / 14
11話 大臣視点
しおりを挟む
中央庁舎の窓から、春の陽光が射し込んでいた。
長官室の奥で、大臣は一人、書類に目を通していた。報告書の表紙には、こう記されている。
「サール川流域における生態系復元事業報告」
ページをめくるたびに、懐かしい顔が浮かぶ。
川の改修が一段落した直後、誰もが手を引きたがった“鮭漁の復活”という無理難題。その矢面に、畑違いのアウトブ家の男を据えた。あれが全ての始まりだった。
「…まさか、本当にやり遂げるとはな」
大臣はひとりごちた。
当時、各方面から「素人の遊びだ」と嘲笑された判断だった。だが、あの男――ヘイジは違った。現場に飛び込み、人々の声を聞き、己の手で泥にまみれ、古老の言葉に耳を傾けた。
鮭が戻っただけではない。
湾に面した森にブナを植え、川を曲げ戻し、堰に魚道を設け、養殖も放流も過剰にならぬよう管理し…生態系と人の暮らし、その両立という“無理”を現実の形にした。
しかもその過程では、地元民の心まで動かした。誰もが参加し、祈り、育て、見守った。
あれほど住民の支持を得たプロジェクトは近年、例がない。
「票にも、なるわな」
ふ、と口元が緩む。だがそれは、単なる政治的打算から来るものではなかった。
ヘイジの報告を受けるたび、大臣自身も何かを思い出すようだったのだ。自然を相手にする誠実さ、信頼という時間のかかる価値、力を持たぬものたちの声。
やがて大臣のもとには、サール川モデルを他の流域に展開する計画案が集まり始めた。国会でも答弁は安定し、世論も味方についた。党内の地盤も強固となり、もはや揺るがぬ“実績”の一つとして彼の名を押し上げていた。
「…やはり人の目ではなく、川を見ていた者が、時を動かすんだな」
手元の報告書を閉じ、大臣は立ち上がった。
遠く、サールの春の陽が、都の空にもどこか届いている気がした。
長官室の奥で、大臣は一人、書類に目を通していた。報告書の表紙には、こう記されている。
「サール川流域における生態系復元事業報告」
ページをめくるたびに、懐かしい顔が浮かぶ。
川の改修が一段落した直後、誰もが手を引きたがった“鮭漁の復活”という無理難題。その矢面に、畑違いのアウトブ家の男を据えた。あれが全ての始まりだった。
「…まさか、本当にやり遂げるとはな」
大臣はひとりごちた。
当時、各方面から「素人の遊びだ」と嘲笑された判断だった。だが、あの男――ヘイジは違った。現場に飛び込み、人々の声を聞き、己の手で泥にまみれ、古老の言葉に耳を傾けた。
鮭が戻っただけではない。
湾に面した森にブナを植え、川を曲げ戻し、堰に魚道を設け、養殖も放流も過剰にならぬよう管理し…生態系と人の暮らし、その両立という“無理”を現実の形にした。
しかもその過程では、地元民の心まで動かした。誰もが参加し、祈り、育て、見守った。
あれほど住民の支持を得たプロジェクトは近年、例がない。
「票にも、なるわな」
ふ、と口元が緩む。だがそれは、単なる政治的打算から来るものではなかった。
ヘイジの報告を受けるたび、大臣自身も何かを思い出すようだったのだ。自然を相手にする誠実さ、信頼という時間のかかる価値、力を持たぬものたちの声。
やがて大臣のもとには、サール川モデルを他の流域に展開する計画案が集まり始めた。国会でも答弁は安定し、世論も味方についた。党内の地盤も強固となり、もはや揺るがぬ“実績”の一つとして彼の名を押し上げていた。
「…やはり人の目ではなく、川を見ていた者が、時を動かすんだな」
手元の報告書を閉じ、大臣は立ち上がった。
遠く、サールの春の陽が、都の空にもどこか届いている気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる