番じゃない僕らの恋~俺の唯一だった君~

伊織

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第1章

9 俺の知らない君

 陽と誰かが話す声が聞こえた。

「陽って、オメガじゃないの?」

「なんで、そう思うの?」

「だって、すげぇ良い匂いするから」

 陽は沈黙して、何も返さなかった。

 陽のこんな近くに、俺以外のアルファがいたのかという驚きで、心臓の鼓動が早くなる。

「安心しろ。噛まないから」

「……アルファだったのか?」

「まぁな。だから、なんで首のやつ付けないのか気になって」

「別に。付けなくたっていいだろ」

「まぁ、好きにしたらいいと思うけど。でも、良い匂いだから、危ないかもな」

「………なぁ、俺――」

 それ以上は聞けなかった。

 陽が、相手のアルファに少し気を許しているような気がした。

 アルファの奴とオメガについて、あんなふうに話せるなら――俺だって陽と話したい。

 俺が、陽の一番になりたいのに。


 その場を足早に立ち去って、自分の教室に戻った。

 その日は結局、一緒に帰れなかった。

 ***

 翌日、陽から気になる香りがした。これは、アルファの……?。

「陽、なんか付けてる? なんか、いつもと違う香りがする」

「んー? 付けてないけど……もしかして臭い?」

 陽が自分の服の匂いを嗅ぎながら聞いてくる。

「臭くはないけど……」

「洗剤変えたのかな? ……あ」

「何?」

「あ、いや、何でもない。……多分、虫よけスプレー的なやつかも。朝、かけて来たから……」

 陽は下を向いて、服の裾をいじりながら言った。その仕草に、俺は目を見開いた。

 ごまかした――。


 陽の小さい頃からの癖に気付いてしまう事が、今は悲しかった。

 その香りは、ごまかさなければいけないようなものなのか?

 それ以上、香りのことは聞けなかった。


 そして、陽からは、時々その香りがした。

 ***

 体育祭当日。

 皆で勝とうと、一致団結しているのを感じる。ここ最近は学校全体で部活の時間も短縮されていて、その分、体育祭の練習や応援に力が入っていた。

 仮装や部活対抗リレー、ダンスも面白かった。

 ただ、部活対抗リレーで弓道の道着で走るのは本当に大変だった。

 裾は持ち上げすぎるとカッコ悪いし、でも微妙に持ち上げないと走りづらい。しかも途中で弓を構える動作を一回入れようって決まっていて――。

 皆が走っている中で立ち止まるなんて、もうこの競技に勝ち負けなんてない。

 なんとか走り終えた俺は、陽のほうを見た。

 陽は、他のサッカー部員たちと楽しそうに話していた。

 ***

 陽はクラス対抗リレーで活躍していた。


 クラスによってメンバーの選び方は違うけど、足の速い人や走る系の運動部はほとんど強制的に選ばれていた。

 嫌がる人もいたけど、陽は嬉しそうにしていた。

「絶対に勝つ」と意気込んでいた陽の姿が、頭に浮かぶ。

「応援してる」と俺が言うと、「蓮はクラス違うんだから、応援しちゃダメだろ」って笑っていた。


 先頭を走っていた陸上部の生徒を、陽が後ろから抜いた瞬間、歓声がひときわ大きくなった。

 結果的にクラスは1位になれなかったけど、陽に声をかける人や、喜び合って抱き合っているクラスメイトがいた。

 その姿を、少し離れた場所から見ていた。


「あのさっき走ってた奴、なんか良いよな」

 後ろから、そんな声が聞こえてきた。

「あの全力で喜ぶ感じも、可愛いよな」

「部活一緒だけど、あいつ良いよ。いつも一生懸命だし、わからないことがあると聞きに来たりしてさ」


 振り返ると、3年の先輩たちが話していた。

 陽を「可愛い」と言ってもらえるのは、嬉しい。

 でも、それ以上に胸がざわついた。

 誰かにそう思われるたびに、陽が遠くへ行ってしまいそうで、不安になって、焦ってしまう。

 陽の魅力が、どんどん広がっていく。

 胸の奥が、少しだけ、きゅっと痛んだ。
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