永遠の処女神シリーズ

和泉/Irupa-na

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神に手向ける小さき指輪

4.封じられた記憶

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 ---花が撒かれていく。
 厳粛な空気と音楽の中に、幸福感のオーラが溢れていた。
 人々は、神殿に集い。歌い、笑い、そして拍手で若い二人を出迎える。

 レミアに連れられて、アンジェリナはヴァージンロードを歩んだ。
 羨望のまなざしが彼女に向けられる。純白に銀の刺繍をあしらったシンプルなドレス。

 アンジェリナは恥ずかしさのあまり目を閉じていた。大丈夫とレミアが囁く。
 式場の中央には、アンジェリナと対のタキシードで彩られたシェリグリティーが微笑む。 
 ポンと二人の背中を押し、レミアは笑った。
 そして照れながらも指輪の交換を済ませ、熱いキスを交わす……はずだった。

 そいつは、黒い槍を壇上の二人に放った。
 危険を察したシェリグリティがアンジェリナを突き飛ばし、彼が槍を抱きとめる。
 金切り声が響く。そしてそれはそこに居た人々へと感染していき、徐々に恐怖が支配した。
 レミアはショートソードを取り出し、突如現れた黒い兵士を切り裂く。

 手ごたえは無かった。霧を裂くかのようにソードは兵士をすり抜け、レミアの喉元へと迫る。
 慌ててソードを持ち直すと、レミアを避けるかのように兵士は左右に分かれた。
 人が、消えていく。
 そんな光景を黙って見るしかなかった。

「……悪鬼」

 噂には聞いていた。死んでも現界に昇れない、悪しき心を持ってしまった魂。
 それは、意志を持たない黒い物体だと。

「だからって、何もこんな時に---」

 レミアは唇を噛み締めた。結婚式に帯刀をするものはいない。
 唯一、昔から自決用にと持たせられていたレミアだけが応戦できた。

 狙っていたのかもしれない。機会を。
 レミアは悪鬼が笑っているように見えた。一つの塊になっていた悪鬼は、人々を取り込んで大きくなっていき分裂する。
 そして、シャワーのように黒い雨が降り注ぐ。

「……どうして?」

 アンジェリナは、遺骸を見つめながら泣いていた。
 何も出来ない自分。槍に気付かない自分。シェリグリティは私をかばって死んだ。
 私が弱いから、死んだ。死んでしまったんだ。

「---アンジェリナァァァァ!!」

 黒い物体に取り込まれながらも、レミアは叫んだ。呼吸がだんだんと激しくなっていく。

「逃げなさい! あなたがいなくなったら、現界の民はどうなるの?
 王たるものとして、あなたは生きなければならない。早く逃げて……!!」

 アンジェリナは笑った。頭に様々な言葉が去来し、そして弾けて消えていく。
 アンジェリナは笑う。このまま発狂して死ねたら、どんなに楽だろうか。

 始めて会った時。そう、始めて会った時から彼の赤い瞳に惹かれていた。
 どこか懐かしいような、何かを思い出させるような美しい赤。
 緩やかな物腰と、穏やかな性格。それでいて、物事をはっきりと受け止めて離さない。

 あの人の強さが好きだった。シェリグリティさえ居てくれれば良かった。
 まだ、名前で呼んだことも無いのに。

「……アンジェリナ?」

 ゆっくりと、アンジェリナはシェリグリティ指輪を外す。
 それを自分の薬指にはめて、レミアの方に歩み寄る。

「剣を貸して、レミア」
「ふざけないで……!!」

 レミアは、力強く差し出されたアンジェリナの手を振り払う。
 うっすらと、払った手には血がにじんでいる。

「死ぬつもり? 心中なんて許さない! 兄様がそれを望んでいると言うの?
 私は、私は知っている。現界で死んだもの達は、魂も残らずに消滅するのよ、アンジェリナ。
 あなたが死んで何になるというの? 今あなたが死んでも兄様のところには行けないのよ!!」 

「分かっ、てる……」
「それなら、責任を取りなさい! あなたは一国の主なのよ。
 残った民をまとめられるのは、神であるあなたしかいない。あなたが今やるべきことは、私達兄妹の別れを惜しんでいる事でなく、ここら逃げ延びて生きる事。あなたはまだまだ、必要とされているの!」

「………………」

「見なさい! 悪鬼達はあなたを取り込もうと迫っているわ。あなたがするのは、ここに残ること?」

 後ろには悪鬼が迫っている。それは、アンジェリナにもよく分かることだった。
 彼女を取り込んだら、それは悪鬼に絶大な力をもたらすことになる。
 このまま、逃げたら彼女を残すことになる。

「私の事はいいの。もう、身体の自由が利かなくなっている。
 式典用の鎧を着ていたからね、あなたと私は穢れを清めていたから悪鬼も近づきにくかったんだろうけど……」

 だんだんと、レミアの意識は途絶えていく。ゆっくりと悪鬼はレミアの意識を蝕んでいた。
 薄れゆく意識の中で、アンジェリナが金色の光に包まれていくのをレミアは感じた。

「そう、それでいい……」

 力の解放と共に轟音が巻き起こり、神殿は破壊されていく。

「ア、ンアンジェリナ、元気、で…………」

 そこには、レミアの姿もシェリグリティの姿も無かった。
 悪鬼も、神殿に居た住民も居なかった。
 花の香り漂っていた室内は人の焼ける香りに変わり、廃墟となった神殿には、ただアンジェリナの姿があるばかりだった。

「いや、呼ばないで。それは私の名前じゃない……」

 アンジェリナは、泣いていた。何も出来ずにいた自分を悔やみながら。
 両手の結婚指輪が光る。形見と呼ぶには悲しい指輪が。

「……姉さま」

 身体を奮い起こし、どうにかここまでやって来た妹の手をアンジェリナは振り払う。
 そして、廃墟となった神殿を見て、ファルは何も言えなくなり腰を落とした。
 妹の身体から生気が抜けていくのにもアンジェリナは気付かなかった。

「アンジェリナ---」

「あなたは誰? それは、私の名前なの。違う、名前じゃないわ……!」

 赤い霊気がアンジェリナの髪を撫で下ろし、そして去っていった。


エピローグ
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「---管理は、私がやるわ」

 無理をして身体を動かしたため、ファルは培養液につかることになった。 
 個体として弱いファルは、細胞の劣化が激しい。
 そんな彼女の事なんて気にもせず、アンジェリナは眠り続けた。

 何もせず、何も考えないで眠り姫のように。
 アンジェリナはファルの事も、現界の事も、イルヴァ兄妹の事も忘れて眠ってしまった。

 頬の温か味だけが、彼女の生存の証。
 横たわるだけで、言葉をかけても返っては来ない。 

「目が、覚める事もあるわよね。私の肉親、たった一人の姉……」

 ファルはアンジェリナを残し、現界の政治の枠へと入っていく。
 多くの人が死に、そしてそれは世界に混乱を招いた。
 これからは一人で戦わなくてはならない。
 彼女を知る者は自分しか居ない。自分を知っている者は彼女しか居ない。

「……私一人、でも一人ではない」

 壊れかけた身体を支え、一歩ずつ姉が治めていた城へと歩んでいく。
 遠くで、精霊達の嘆きが聞こえた。

 彼女が目覚める事はある。そう、それは遠い未来。
 眩暈がするほど長く、そして短い時。何千という年月を経て、姉妹は再会する。

 互いに胸の傷を秘め、それを気付かずそれを知り。
 出会いは衝撃そして別れを感じる。
 ちりりとどこかで鈴の音が鳴った。

 終わり
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