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05.婚約
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ブリュイアンがフィエリテと婚約したのは4年前で、フィエリテの実母が病に倒れたころだった。
後継者の結婚相手を定めることで少しでも病床の妻を安心させたいと、ペルセヴェランスが選んだのがコシュマール侯爵の3男だった。
フィエリテの母アンソルスランとペルセヴェランスがフィエリテの婚約者として考えていたのは別の人物だった。しかし、彼は公爵家の後嗣であり、入り婿となることは難しい。それゆえにブリュイアンが選ばれたのだ。
フィエリテ12歳、ブリュイアン14歳のときに婚約をした。
ブリュイアンの両親は格上のクゥクー公爵家との縁組を喜び、ブリュイアンにくれぐれもフィエリテに失礼のないように、大事にするようにと言い聞かせた。必死の売り込みが漸く実ったのだから両親にしてみれば当然の言いつけだった。
しかし、末っ子で甘やかされていたブリュイアンにはそれが面白くなかった。
通っている中等教育の『学園』ではその容姿の良さからブリュイアンは女子生徒に人気が高かった。学園には高位貴族はおらず、侯爵家の子息であることもモテた要因だった。
そんなブリュイアンは自尊心ばかりが肥大していたのだ。
実は高位貴族の令息令嬢が中等教育の『学園』に通うことは殆どない。高等教育の『学院』に入学するまでは家庭教師に高度な教育を施されるからだ。
しかし叙爵されてからまだ2代しか経ていないコシュマール侯爵家ではそのノウハウも伝手もなかった。ゆえに庶民と同じように初等教育も中等教育も『学園』に通わせて学ばせていたのである。
婚約が決まり初めて顔を合わせたとき、ブリュイアンはフィエリテの12歳とは思えぬ美貌に見惚れた。
これならば俺の妻として相応しい。しかもこの女と結婚すれば自分は公爵になれる。何かと自分に冷淡な長兄よりも上位に立てる。そう思った。
しかし、不満でもあった。婚約者となった少女はニコリともしないし、暗い表情をしている。
成り上がりの侯爵家の3男が不満なのだろう。そう思い込みブリュイアンは強い不満を抱いた。俺のように容姿も頭脳も優れている男の婚約者となれたのに不満だというのかと。
両親には『クゥクー公爵家の令嬢の婚約者に選ばれた』と言われた。つまり公爵家から望まれて自分は婚約者になったのだ。しかも母は『お前の美しさは公爵家に相応しいわ』とも言った。それは令嬢が何処かで自分を見初めて我儘を言って婚約者にしたのだろう。なのに成り上がりと蔑むのかと、自信過剰の思い込みによる見当外れの不満を抱いたのだ。
この時期、アンソルスランの病状が思わしくなく、フィエリテは笑顔を作ることが出来なくなっていた。
母の死はすぐ側まで来ている。次期公爵として教育されていてもまだ12歳の少女にとってそれは辛く苦しく悲しいことだった。母を安心させるための婚約とはいえ、笑顔を作る余裕などなかったのだ。
ブリュイアンはそんな少し考えれば判りそうなことも判らなかったのである。共感力がなく、他人の心情を思いやる想像力にも欠けていた。
確かにブリュイアンは学園では成績優秀であったし、学園内では最も容姿が優れていた。けれど、それは周囲の環境が高位貴族がいないからこそのものだということをブリュイアンは知らなかった。
王族や高位貴族はその長い歴史の中で容姿の優れた配偶者を選んできた。その結果、庶民や下位貴族とは比べ物にならないほどの容姿端麗さを持つに至っている。
下位貴族や庶民の中では上の上の容姿を持つブリュイアンは、高位貴族の中では良く見積もっても中の下ほどの容姿でしかない。
また学業も下位貴族や庶民が学ぶ中等教育は高位貴族にとっての初等教育の内容だった。
それをブリュイアンは学院に入って初めて知った。思っていたほど自分は優秀でもなく容姿に優れているわけでもない。
けれど、それを認めることは彼の肥大した自尊心が拒んだ。
婚約して約1年の間に公爵夫人が亡くなり、ブリュイアンは公爵家での次期公爵としての教育も受けることになった。
公爵が用意してくれた教育係は厳しく、ことあるごとにフィエリテと比べた。フィエリテが如何に優秀かと。
しかし、当主とその妻では教育内容も異なるし、当主教育のほうが難しいに決まっている。大したことをしていないフィエリテが優秀に見えるのも当然ではないかとブリュイアンは不満を溜めていった。
不満を抱くブリュイアンはまともに公爵家での教育を受けなかった。受けていればアンソルスランが公爵夫人ではないこともペルセヴェランスが公爵ではないことも、自分が受けているのは入り婿のための当主補佐教育であることにも気づいたはずだ。
しかし、彼はそれに気づかぬまま、フィエリテへの不満だけを抱え、自分が公爵になったらフィエリテを幽閉でもしようと愚かなことを考えていた。
なお、この婚約期間の間、フィエリテは出来るだけ将来の夫となるブリュイアンに寄り添おうと努力をしていた。
ブリュイアンが当主補佐教育で公爵家を訪れた折には必ず気を休めることが出来るようにお茶に招いたし、折々の贈り物も欠かさなかった。
そんなフィエリテの配慮も『フィエリテは自分を愛していて、自分は望まれて婚約した』という思い込みに拍車をかけることになっていたのは何とも皮肉なことだった。
尤もブリュイアンが教育をサボるようになり、フィエリテを蔑ろにし続けた結果、フィエリテも歩み寄ることを諦めた。そして、父ペルセヴェランスや祖母・伯父と相談して、新たな婚約者の選別を始めた。
婚約が継続しているのは新たな婚約者が決まるまでの防波堤のようなものだった。新たな婚約者の最有力候補が婚約者になるための調整に時間がかかっていたのだ。
勿論、コシュマール侯爵家には現状を伝え、このままではブリュイアンを婿入りさせることは難しいとも伝えた。当然、コシュマール侯爵夫妻はブリュイアンを叱った。
ブリュイアンは自身の不出来と怠惰を棚に上げ、フィエリテへの理不尽な怒りを募らせた。
そして、そんなときにメプリと出会ったのである。
後継者の結婚相手を定めることで少しでも病床の妻を安心させたいと、ペルセヴェランスが選んだのがコシュマール侯爵の3男だった。
フィエリテの母アンソルスランとペルセヴェランスがフィエリテの婚約者として考えていたのは別の人物だった。しかし、彼は公爵家の後嗣であり、入り婿となることは難しい。それゆえにブリュイアンが選ばれたのだ。
フィエリテ12歳、ブリュイアン14歳のときに婚約をした。
ブリュイアンの両親は格上のクゥクー公爵家との縁組を喜び、ブリュイアンにくれぐれもフィエリテに失礼のないように、大事にするようにと言い聞かせた。必死の売り込みが漸く実ったのだから両親にしてみれば当然の言いつけだった。
しかし、末っ子で甘やかされていたブリュイアンにはそれが面白くなかった。
通っている中等教育の『学園』ではその容姿の良さからブリュイアンは女子生徒に人気が高かった。学園には高位貴族はおらず、侯爵家の子息であることもモテた要因だった。
そんなブリュイアンは自尊心ばかりが肥大していたのだ。
実は高位貴族の令息令嬢が中等教育の『学園』に通うことは殆どない。高等教育の『学院』に入学するまでは家庭教師に高度な教育を施されるからだ。
しかし叙爵されてからまだ2代しか経ていないコシュマール侯爵家ではそのノウハウも伝手もなかった。ゆえに庶民と同じように初等教育も中等教育も『学園』に通わせて学ばせていたのである。
婚約が決まり初めて顔を合わせたとき、ブリュイアンはフィエリテの12歳とは思えぬ美貌に見惚れた。
これならば俺の妻として相応しい。しかもこの女と結婚すれば自分は公爵になれる。何かと自分に冷淡な長兄よりも上位に立てる。そう思った。
しかし、不満でもあった。婚約者となった少女はニコリともしないし、暗い表情をしている。
成り上がりの侯爵家の3男が不満なのだろう。そう思い込みブリュイアンは強い不満を抱いた。俺のように容姿も頭脳も優れている男の婚約者となれたのに不満だというのかと。
両親には『クゥクー公爵家の令嬢の婚約者に選ばれた』と言われた。つまり公爵家から望まれて自分は婚約者になったのだ。しかも母は『お前の美しさは公爵家に相応しいわ』とも言った。それは令嬢が何処かで自分を見初めて我儘を言って婚約者にしたのだろう。なのに成り上がりと蔑むのかと、自信過剰の思い込みによる見当外れの不満を抱いたのだ。
この時期、アンソルスランの病状が思わしくなく、フィエリテは笑顔を作ることが出来なくなっていた。
母の死はすぐ側まで来ている。次期公爵として教育されていてもまだ12歳の少女にとってそれは辛く苦しく悲しいことだった。母を安心させるための婚約とはいえ、笑顔を作る余裕などなかったのだ。
ブリュイアンはそんな少し考えれば判りそうなことも判らなかったのである。共感力がなく、他人の心情を思いやる想像力にも欠けていた。
確かにブリュイアンは学園では成績優秀であったし、学園内では最も容姿が優れていた。けれど、それは周囲の環境が高位貴族がいないからこそのものだということをブリュイアンは知らなかった。
王族や高位貴族はその長い歴史の中で容姿の優れた配偶者を選んできた。その結果、庶民や下位貴族とは比べ物にならないほどの容姿端麗さを持つに至っている。
下位貴族や庶民の中では上の上の容姿を持つブリュイアンは、高位貴族の中では良く見積もっても中の下ほどの容姿でしかない。
また学業も下位貴族や庶民が学ぶ中等教育は高位貴族にとっての初等教育の内容だった。
それをブリュイアンは学院に入って初めて知った。思っていたほど自分は優秀でもなく容姿に優れているわけでもない。
けれど、それを認めることは彼の肥大した自尊心が拒んだ。
婚約して約1年の間に公爵夫人が亡くなり、ブリュイアンは公爵家での次期公爵としての教育も受けることになった。
公爵が用意してくれた教育係は厳しく、ことあるごとにフィエリテと比べた。フィエリテが如何に優秀かと。
しかし、当主とその妻では教育内容も異なるし、当主教育のほうが難しいに決まっている。大したことをしていないフィエリテが優秀に見えるのも当然ではないかとブリュイアンは不満を溜めていった。
不満を抱くブリュイアンはまともに公爵家での教育を受けなかった。受けていればアンソルスランが公爵夫人ではないこともペルセヴェランスが公爵ではないことも、自分が受けているのは入り婿のための当主補佐教育であることにも気づいたはずだ。
しかし、彼はそれに気づかぬまま、フィエリテへの不満だけを抱え、自分が公爵になったらフィエリテを幽閉でもしようと愚かなことを考えていた。
なお、この婚約期間の間、フィエリテは出来るだけ将来の夫となるブリュイアンに寄り添おうと努力をしていた。
ブリュイアンが当主補佐教育で公爵家を訪れた折には必ず気を休めることが出来るようにお茶に招いたし、折々の贈り物も欠かさなかった。
そんなフィエリテの配慮も『フィエリテは自分を愛していて、自分は望まれて婚約した』という思い込みに拍車をかけることになっていたのは何とも皮肉なことだった。
尤もブリュイアンが教育をサボるようになり、フィエリテを蔑ろにし続けた結果、フィエリテも歩み寄ることを諦めた。そして、父ペルセヴェランスや祖母・伯父と相談して、新たな婚約者の選別を始めた。
婚約が継続しているのは新たな婚約者が決まるまでの防波堤のようなものだった。新たな婚約者の最有力候補が婚約者になるための調整に時間がかかっていたのだ。
勿論、コシュマール侯爵家には現状を伝え、このままではブリュイアンを婿入りさせることは難しいとも伝えた。当然、コシュマール侯爵夫妻はブリュイアンを叱った。
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