押し付けられた仕事、してもいいものでしょうか

章槻雅希

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 学院に入り半年もすると、書類仕事などの事務作業の執務も入るようになりました。基本的に学院がある日は執務はなく、週末の休日や長期休暇に執務することとなります。それはわたくしも同様でございました。わたくしの場合は王妃教育の実務研修でございますけれど。

 視察の報告書も書けるのだからと実情をご存じない陛下は、アシュトン殿下に王太子としての書類作成なども任されるようになりました。緊急を要しない、さほど難しくない申請の許可判断や、視察予定の策定などでございました。

 それらの書類は単に決済印を捺せばいいというものではございません。書類の内容に不備はないのか、書かれている内容の根拠は何かなど、調べたり確認することも多くございます。これらは国政に関わるうえで各部署がどんな仕事をし、どんな流れで動いているのかを把握するためのものでございます。書類を捌くことが仕事ではなく、書類を通して国の運営とはどのようなものであるのかを学ぶための書類なのです。

 しかし、アシュトン殿下はそれを理解なさらず、内容の確認もせぬまま判を捺すだけ。それを側近方(王城勤務の文官)に注意されると不貞腐れてしまうのです。そして、殿下は有り得ない行動に出ました。

 このころ、わたくしは王宮の一角に執務室をいただいておりました。王太子妃となるための実務研修として、社交を行なったり、王妃殿下が他国王家や国内貴族と交流なさるお手紙の草稿を作ったりしておりました。草稿は出来が良ければ王妃殿下が清書なさりお使いいただけますし、そうでなければ修正や助言をいただけます。

 その日は王太子宮の予算案を検討しておりました。王太子宮の侍従長とメイド長からの申請を執事がまとめた案を基に検討するのです。

 中々に巨額の予算に頭を悩ませているときに、更に悩みの種となるものがやってきたのです。そう、アシュトン殿下が書類を携えてやってきたのです。

「おい、これをやっておけ! 今日中だぞ! 俺は忙しいからお前がやれ!」

 アシュトン殿下はそう言って机に書類を投げると、わたくしの返答も聞かぬまま部屋を出て行かれました。

 わたくしの返答も聞かずに去ってしまわれた殿下に呆然とし、それでもわたくしは書類を確認いたしました。どう見ても王太子殿下が処理せねばならぬものです。王太子妃には王太子の書類を処理する権限はございません。そもそもわたくしはまだ婚約者であって、国政に関することに責任の取れる立場ではございませんので、王太子殿下の代行をする資格もございません。

 わたくしが王妃殿下のお仕事の一部を任されているは実務研修の一環でございます。わたくしには何の権限もございませんので、飽くまでも草稿・草案を作り、それを採点していただいた上で合格基準に達していれば王妃殿下がそれを基に正規の書類などをお作りになられるのです。

 アシュトン殿下の執務も同じで、執務とは言いつつ実務研修でございます。アシュトン殿下の場合は処理した書類を国王陛下や場合によっては宰相閣下がご確認され裁可されます。アシュトン殿下はそれをご理解なさっておられないということでしょう。

「ご側近のハウエルズ補佐官を呼んでちょうだい」

 わたくし付きの補佐官に伝えて、殿下の教育係兼側近を呼びます。そして、やってきた補佐官に事情を説明すると、ハウエルズ補佐官は謝罪の後すぐに書類を回収されました。取り敢えず本日のところはこれで済んだと一安心し、わたくしは自分の仕事に戻りました。

 それから数日は何事もございませんでしたが、暫くするとまた、アシュトン殿下は書類を持って『お前がやれ』と仰いました。そしてわたくしが反論するよりも早く出て行ってしまわれました。補佐官からの諫言では数日の改善にしかならなかったようです。

 仕方なく、わたくしは今度は王城の元老院にいるはずのお父様へ先触れの使者を立てました。基本的に公爵位にある貴族は宰相や大臣の要職には就かず、国王の諮問機関である元老院に所属いたします。元老院議員も王城内に執務室を持ち出仕いたしますから、そこへ先触れを出したのです。

「ああ、コーデリアはまだ婚約者で権限がないからな。まぁ結婚してもこれを処理する権限はないが。これは私から殿下にお返ししておこう」

 お父様はニッコリと微笑み、書類を受け取ってくださいました。目が笑っていなくて、大層恐ろしい微笑みでしたわ。

 これで一安心と思ったのもつかの間、殿下は翌日もまたいらっしゃいました。そして我が父や教育係に叱責されたことをわたくしのせいだと罵り、わたくしに書類と印璽を投げつけ、『今度こそ貴様がやれ!!』と怒鳴り、部屋を出て行かれました。そのとき扉の向こうから『アシュさまぁ、早く行きましょう~』と妙に甲高い間延びした声がしました。

 ああ、あれは殿下が学院でご寵愛になっているクラスメイトの男爵令嬢ですわね。まさか登城が許されていない男爵家の娘を王城内に入れたのかと愕然と致しました。

 学院内でのお戯れであれば大目に見ますが、流石にこれは許容範囲を超えます。基本的に登城できるのは伯爵家以上の家格の貴族に限られます。例外は王城に職を得ている場合のみです。学院生の男爵家の娘が王城に出仕しているはずもございませんので、アシュトン殿下は資格がない者を王城に入れたことになり、これは王族であっても処罰対象となります。プライベート空間である王宮であれば王族が許せば問題ないのですけれど、ここは政庁である王城です。

 わたくしは深く溜息をつくと、王妃殿下に面会を求める遣いを出しました。これは色々とご相談しなければなりませんから。男爵家の娘のことだけではなく、書類と共に投げつけられた印璽についても。印璽は王太子の証でもありますのに、婚約者とはいえ容易く他人に渡し、剰え投げつけるなどあってはならないことなのです。

 そうして、王妃殿下にご相談申し上げ、事態を重く捉えられた王妃殿下は国王陛下や元老院、宰相をはじめとする国の要職の方々と話し合われたそうです。そして、アシュトン殿下は国王陛下・王妃殿下・宰相閣下からきつく叱責され、1週間の自室謹慎となりました。

 処分が甘いようにも見えますが、これは最終通告なのです。謹慎によって反省せず、同じことを繰り返すのであれば……。
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