かばんになったママ

只野夢窮

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 産業革命が起きてゴリゴリ都会が発展している頃、そんなのは全く関係ないびっくりするほどのド田舎に、竜人の家族が住んでいました。竜人というのは首から下がすっかり鱗で覆われていて、男も女もムキムキの筋肉を持っていること以外は、普通の人と全く変わらない種族です。ドラゴンと人が結ばれた結果生まれたとも言われている竜人は、しかし手先も鱗で覆われているのでとっても不器用で、だから産業革命が起きると没落しまくってみんなひっくり返るぐらいド貧乏でした。
 腕力を頼りに泥棒や山賊に身を落とす竜人もたくさんいましたが、一家はもっと昔の戦争で祖先が活躍したことを誇りにしながら、かといってその力を振り回すわけでもなく、つつましく暮らしていました。

 お父さんが都会に出稼ぎに行って戻らなくなってから1年が経ったころのことです。
三人兄弟の末っ子が風邪をこじらせて熱が下がらなくなってしまいました。竜人は腕力こそ強いですが、それ以外は人と同じなので、風邪をこじらせることも当然あるわけですね。
町で唯一のお医者さんに見せても、首をふるばかりです。
「お医者さん、この子の熱は下がらないんですか」
「お母さん、こりゃ肺を片っぽやられてるね。薬さえあれば助かるだろうが、その薬はとても高いし、首都でしか売っていないんだ」
「そんな……」
 お母さんはしばらくおろおろとしていましたが、やがてきりっとした顔をすると、末っ子の世話は次男に任せて、長男と二人で家の奥に引きこもってしまいました。

 翌朝のことです。
お母さんは真剣な面持ちで次男にこう言いました。
「いい、お母さんはお兄ちゃんと薬を買ってくるから、それまで弟をきちんと看病してあげてね」
「でも、お薬はとても高いんでしょ」
「それはお母さんがなんとかするわ」
 そういうと、お母さんは泣きそうな顔をしながら、愛してるわ、と言って三男、次男、そして長男の順に深く、深く抱きしめ、そして長男と二人で家を出ていきました。

 長男が一人で家に帰ってきたのはそれから三日後のことでした。
「お兄ちゃん、お母さんはどうしたの」と聞いても、無言で首をふるばかりです。
お兄ちゃんは確かにお薬を持って帰ってきました。それどころか、お誕生日でも見たこともないような、ずっしりとして立派な金貨を二つも持っていたのです。
薬を飲むと末っ子はみるみるうちによくなりました。けれども今度は、長男の様子がおかしいのです。
「お前が雨の中遊んだりして風邪を引かなきゃなあ!」と言って、末っ子を殴ったり怒鳴りつけたりするのです。
そのたびに次男が間に入って落ち着かせるのですが、全く、あんなにやさしかったお兄ちゃんがどうしてしまったんだろう、都会で何があったんだろうと頭をひねるばかりなのでした。

 お兄ちゃんが帰ってきてから一か月もしたころです。
お月様も出ていない真っ暗な夜に、こんな田舎には似つかわしくない、真っ黒な服だけを着た男たちがこそこそと三兄弟の家の周りに集まってきました。
彼らはボンベを苦労して屋上に持ち上げると、煙突からガスを流し込んでいきます。ボンベが三本も空になってしまったころ、彼らはドアを無理やりこじ開けて堂々と家に入り、三つの袋を持って立ち去っていきました。
それからというもの、彼ら三兄弟を見たという人はいなかったのです。

 次男がふと気づくと、そこは慣れ親しんだ家のやわらかいお布団ではなく、ひんやりとして硬い机のようなものに載せられていました。両手両足は縄できつくしばられていますが、縄と鱗の間には柔らかい布が挟んであります。
頭も縛られて動かせないのですが、隣からはガシャンガシャンという音と、お兄ちゃんの怒鳴り声が聞こえます。
「おい、話が違うだろ! 放せ!」
 お兄ちゃんは必死にもがいているようですが、きつく縛り上げられた体は全く動きません。
「いやあ、君たち野蛮なトカゲ人を放したらどうなるかわからないからねえ、おお、こわいこわい」
声はお兄ちゃんのさらに奥から響いてきます。
「おかあちゃんの言う通りまっすぐおうちに帰ったのがしっぱいでちたねえ~」
「この野郎!」
「お兄ちゃん、ここどこ……怖いよ……」と目が覚めた末っ子が声を絞り出しました。
「おいおい、かわいい弟たちには何も教えてなかったってかあ~! 兄弟愛に泣けてくるぜえ! 今年の映画賞はこいつらで決まりだなあ!」
ガッハッハ、という笑い声が周りから一斉にどよめきました。どうやら見えないだけで、周り一面囲まれているようです。
「いいかあ、お前のおかあちゃんは」
「やめろー! いうなー!」
「風邪を引いた子供にお薬を買うために、かばんになったんでちゅよ~」
「かばん……」
「おいおいガキ過ぎてこいつわかってねえぜ! しょうがねえな教えてやるよ。お前らトカゲ人の鱗はな、特別な薬を塗りこんでやると七色に輝いてとても綺麗になるんだ。それを使った芸術品は、お前ら不器用なトカゲ人がどれだけ工場で働いても一生稼げないような金になるんだぜ。だからお前のおかあちゃんから鱗全部引っぺがしてカバンを作ってやったんだよ!」
「そんな……僕が風邪ひいたから……?」
「お前を助けるために鱗を引っぺがされるのに耐える顔は傑作だったぜえ~? だがなあ、子供がいると聞いたら親だけで我慢する俺たちじゃねえよ。世間知らずなお坊ちゃんの後をつけて、お前らトカゲ人にしか効かないガスを用意して、人を集めて、真っ暗闇になる夜を待って、お前たちをさらう。大変だったぜえ~? でもそれに見合った金は手に入るってワケ」
「このやろー!」
「さて、ところでお前たちを殺す気は俺たちにはさらさらねえんだ」
「よく言うな!」
「まあ良く聞けよ。お前たちを殺しちまうと暴れるし、死後硬直つって、まあ鱗の質が落ちるんだ。傷がついたり固くなったりで使い物になりゃしねえ。
 ジョロロロロ、という音が聞こえました。どうやら次男が恐怖で失禁してしまったようです。
「大抵のやつはショックで死んでしまうが、別に生きてたってなんとも思やしねえ。鱗さえ取れれば後は知ったことじゃねえよ。まあ、ママにもらった命を無駄にしたくなければ必死で耐えることだな」
そう言うと男は、まず最初に長男の鱗から剥がし始めました。
「こういうのは魚を骨だけ残して食べるようなもんで、コツってもんがある。まずはお腹から」
 先の尖ったテコのような棒を、長男のお腹に突っ込みます。
「ウギャアアアア!」
「なぜかというと、お前らトカゲ人も人間と似たような体の構造をしているから、腕と足に太い血管があるわけだな。動脈というやつだ。うっかりそこを傷つけると血がドバドバ出て死んじまう」
それをグリグリと横に動かして、他の鱗との間に無理やり捻じ込みます。
「アアアアアアア”ア”ア”ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜」
「でも鱗を剥がすには力を入れないといけないよな? だから、こうして力を入れすぎて刺さっても動脈に当たりづらいお腹から剥がして、そこから隙間に小さいテコを差し込んで手や足の鱗を剥がす。これが一番なんだ」
テコの原理でべりべり、という音を立てながら鱗が一枚剥がれました。
男は喋りながらも手際よく丁寧に一枚、もう一枚と剥がしていきます。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいなんでもしますから助けてください助けて助けて助けて」
「失敗をしてはいけないということではなくて、致命的な失敗にならないように手順を工夫しろという教訓だよなー。まあ、お前たちには遅すぎるがな」
「あ、靴とか舐めます! 奴隷にしてください! 僕たち力が強いからなんでもします! 重いものとかめっちゃ持ちます! あと同じ竜人のいる場所とか教えます! おばさんがいて」
「お兄ちゃん、おばさんのことしゃべっちゃだめだよ!」
「おいおいおい情けねえなあ、あれだけ俺たちのこと罵倒しておいてたったの3、4枚で落ちるなよなー。お前のママは五十枚ぐらいまでは無言で耐えてたぞー?」
「あひっ、ママ、そうだ、ママが」
「そうだ、家族が丸ごと手に入るのは珍しいからな。お前のママは大きなかばんに、お前は手持ちカバン、中ぐらいのは長財布、一番ちっこいやつは名刺入れにでもしてやろうか。それで十セットぐらいにはなるだろうな。そうだセット販売にしてやろう。家族一緒にいられて嬉しいだろう?」
「ママーーーーー!!!!!!パパーーーーーーーーー!!!!!!!助けて!」
「パパ? おいおい、まだ鱗にしそこねたやつがいるのかよ」
「それって一年前ぐらいに伯爵家に納めたやつじゃね。似た鱗の色のでかい男がいたろ」
「そういえば出稼ぎとか言ってたっけ」
「ああ、バーで酔わせて持ち帰った時はチョロすぎて笑っちゃったよな」
「あっはっはっは!」
「嫌だーーーーー!嘘うそうそうそうそウソウソウソウソウソ」
「なーんで縛り上げて余裕しゃくしゃくの俺たちがお前たちに嘘つかなきゃいけねえんだよ、ハハッ」

「いや、実際すごいな。一家丸ごと鱗にするのは一年に一回ぐらいだけど、全員生きて耐えたやつらなんて見たことないよな」
「ほとんどショック死するしなー」
「お前の冗談を真に受けてたんじゃね?」
「ああ、まあどうせこうなったらまともに生きられないけどな。おい、新入り! こいつらいつも通り生ゴミと一緒のとこに捨てとけ!」
「へい、わかりやした!」
 そういうと薄汚い下っ端は、まだピクピク動いている三人を縛っている縄を手際よく切ると、ダストシュートに引きずって行って、投げ込んでしまいました。
お兄ちゃんがシュー、ガコン。
真ん中の子がシュー、ガコン。
一番ちっさい子が、シュー、ぺちゃ。
これでこの一家は全部おしまいになってしまいました。

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