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裏路地の出会い

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 冬のあいだに降り積もった雪が解け、深夜に降っていた雨は降りやんで綺麗に晴れた少し肌寒い、春の日の朝。
 今日で魔女である私、シエナは300歳になった。

 初めて魔女になった時は25歳の時だったけど、それからは私の体は老いることを止めたが、精神は歳を取った相応には成長している。
 部分的にはまだ幼いところもあるかなとは感じるけれど。
 長く生きていると細かいことはどうでもいいかなと思うけど、それでも肌や髪が気になる乙女心はどれだけ歳を重ねてもある。
 今だって地面にできた水たまりにしゃがみ込み、水面に映る自分の顔をじっと見つめている。
 そんな暇なことをするほどに今の私には時間がある。なんたって荷物検査をされているから。

 ここは気候の良い平原にある場所で、人より少しだけ背の高い石壁に囲まれた町。その壁の中には6000人ほどが住んでいる。
 町は80年前に私がこの近くへと移住してきたのと同時期に集落ができ、発展していった。
 町の始まりから今にいたるまで私は高品質な薬を適正価格で売り続け、住民と共に生きてきた。
 それもあって住民や領主との仲は良好だ。知り合いや友達の数も多く、私の荷物検査をしている52歳の男衛兵は赤子の頃から知っている。
 そんな昔からの知り合いである私でも問答無用で荷物検査をされる。

 それは魔女が何をやっているかがわからなく、危ない物を持ち込む魔女もいるから平等に検査をする必要があるためだ。私を始め、長生きしている魔女たちはあらゆる物事を研究するから。
 魔女の多くは普通の人より高等な魔法が使えるから、私含めて魔女たちがやろうと思えば隠すことは容易だけれど。
 でも私は後ろ暗いことをしたくないからやらない。……まぁ、若い頃は魔法が楽しくて隠ぺいしたけれど昔の話。
 おとなしく待っている間、やることがない私はしゃがみ続けたまま風や歩く人の振動で水面が揺れる小さな水たまりを見つめ続けている。
 でもそれも飽きた私は、馬車が通ったわだちの上にある大きな水たまりへと場所を変える。
 私は普段着の上から仕事や外出の時だけ着ている、魔女らしい真っ黒な首から膝下まであるローブが汚れないように手で抑えながら座った。

 大きな水たまりに映るのは、肩までまっすぐに伸びていく濃い赤色のさらさらとした髪。
 目も髪と同じように赤く、その色はルビーのように強く輝いている。
 背は低めで体型はほっそりとして胸は控えめながらも、顔は10人中3人が美人と言ってくれる作りだ。
 それなりに白い肌を手でさわると、きめ細かく綺麗な肌触りで、そこらの女性よりも美しい肌をしている自信がある。
 薬や化粧品を作っているのだから、そこは自信がなきゃダメなんだけれど。

「シエナ様、終わりました!」
「ええ、今いくわ」

 300歳になっても整え続けている肌にすごい満足感を得て、にんまり笑っていると元気に私を呼ぶ声が聞こえたので急いで立ち上がる。
 ローブをひるがえして年季が入った皮ブーツが水たまりに入らないよう気をつけながら衛兵のところへと行く。
 検査をし終えた衛兵から返してもらった、大きくて少し重いリュックサックから軟膏の傷薬が入った小さな陶器のビンをひとつプレゼントする。
 こうして感謝していると、お得な情報をくれるときがあるから。

 検査を済ませたあと、町へ入るためにリュックサックを背負うけど、その時に「よっこいせ」と老人がよく言うような言葉が出てしまって歳を感じてしまう。
 普段はこんなことを言わないのに。
 ……300歳。魔女仲間の間では1人前として認められる今日で300歳になったせいかと落ち込みながら町へと歩いていく。
 1人前扱いされるのは嬉しいけども、ずっと1人で愛する人もいないまま生きて来たのは悲しくもある。
 300歳で1人前というのも、魔女は孤独に耐えられないことや殺されることがあって亡くなることが多いから、この歳になると年寄り扱い同然だ。
 深いため息をつきながら歩く大通りの道は馬車が多く通るため、よく踏み固められている。
 道の両側には石造りや木造の建物が並んで建っている。

 道にいるは、朝の買い物をする主婦や冒険者と呼ばれる人たち。彼ら彼女らが仕事へ向かう姿を多く見かける。
 その大通りから外れた道を行く私は、薬を納品する店への近道として細く薄暗い道を歩いていく。
 こういう道は常として治安が悪く汚いのは当然だけど、私にはその程度の問題なんてささいなことだから気にせず歩いていく。
 何度もした街の拡張によって道が迷路じみているところを歩いていくと、道端に全身が汚れている10歳にも満たなそうな子供が力なくうつむいて座っていた。
 昨夜まで降っていた雨のためか、擦り切れて穴が開いたりしてボロボロになっている服は雨に濡れていて、寒そうに思える。

 そんな姿の子供は、大きな町であるほどによく見る孤児というもの。この町でも珍しい存在ではなく、ちょこちょこ見る光景だ。
 私はその子とぶつかって問題にならないように距離を取って歩くけど、通り過ぎた瞬間に私を見上げてきた顔を横目で見た瞬間に足が止まってしまった。
 最初に見たとおりの子供で、華奢な体つきから女の子とわかる。
 その子は雨に濡れて汚れている。けれども泥や小さなゴミが付いて髪が乱れていても、美しく輝く金色の髪に目を惹かれた。

 ……なんでだろう。
 歳を取って落ち込んでいた私からすれば、その子は天から差し込まれた光のようで目を離すことができず、しゃがんで子供の顔を覗き込む。
 金髪が腰ほどにまで乱雑に伸びている女の子は、とても美しく白い肌を持った綺麗な顔の美少女に私は見えた。汚れていてもこんなに綺麗なんだから、汚れを落とせば綺麗度がもっとあがるに違いない。
 5秒ほど眺めていると、この女の子をなんとかしてやりたいという気持ちが心の底から強く湧いている。
 母親的な気持ち、または妹みたいに思えたから。

 なんとかしてあげたい。つまりはお金やご飯をあげるだけでなく、助けてあげたい。自分の家に置きたいという想いが出てくる。
 それと300歳になった記念として誰かに優しくしたい気持ちがある。
 その"家に連れていきたい"という気持ちの根底にはここ80年ぐらいは同居人もいなく1人暮らしで、一緒に暮らしてくれる人が欲しいという願いがあったから。
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