13 / 172
第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ
第12話 思い出と惚気るお姉ちゃん
しおりを挟む初めて魔物を倒した日の翌日、私と姉は魔術の勉強のために本が貯蔵されている例の建物に足を運んでいた。
「ふわぁ……」
昨日、色々な事があってなかなか寝つけず、そのせいで込み上げてくる欠伸を噛み殺しながら本の内容に目を通す。
何度も読んだとはいえ、姉に内容を解説するためには分かりやすい言葉に置き換え、理解できるように噛み砕かなければならなかった。
「んー……相も変わらず内容が回りくどい……」
内容を噛み砕く必要があるのは何も姉の理解力が足りない訳ではない。
魔術ないし魔法関連の書物は中身の記述が筆者の主観で書かれたものが多く、本を読み慣れてないと内容が入ってこないものがほとんどだからだ。
「ここを置き換えて……あ、いや、こっちの方が……」
中身を精査し、いらないと思った部分を削りながら言葉を分かりやすく置き換え、頭の中で整理していく。
最初こそ勝手がわからなくて苦戦したけど、こういう作業自体は嫌いじゃない。
「━━よし、こんなもんかな」
大まかに解説する内容がまとまり、算段がついたところで、前回読んだ本を読み直すと言って奥に入っていた姉の元へと足を向ける。
「お姉さまーそっちはどんな感じ……」
呼び掛けながら近付くも、姉は私に気付いた様子もなく、手に持った本へと視線を落としていた。
「…………はぁ……」
しかし、どうにも本を読む事に集中しているわけではないらしく、時折溜め息を吐きながら心ここにあらずといった感じで、一向に読み進める気配がない。
「……お姉さま」
「ひゃっ!?」
呼び掛けても反応がないので肩に手を置いて話し掛けると姉は酷く驚いたように短い悲鳴を上げた。
「な、何?ど、どうしたのルーちゃん」
「どうしたのって、こっちの本の内容をまとめたから説明しようと思ったんだけど……」
ここに来てからそこそこ時間が経っている筈なのによく見ると姉の手元にある本は最初の方で止まっていた。
どうやら私と別れてからずっとあの調子で物思いに耽っているようだ。
「え、あ、そうなんだ……でも肩を叩かなくても呼んでくれれば良かったのに」
「……呼んだけど反応がなかったからそうしたんだよ」
半ば呆れ気味にそう返すと姉は「全然気付かなかった」と苦笑いを浮かべる。
どうやらこれは相当重症らしい。
「…………はぁ、お姉さま。何か悩み事でもあるの?」
このまま解説しても右から左に抜けていく事が目に見えているので原因を解消すべく姉にそう尋ねる。
……まあ、聞かなくても姉が悩んでいる要因はなんとなく想像がつくけど。
「へ?や、別に悩みなんてナイヨ」
「嘘。さっきから全然集中出来てないし、本の内容も頭に入ってないでしょ?」
誤魔化そうとして目を泳がす姉を問い詰めるような形で言葉を重ねる。
ここで誤魔化しを容認してしまうと姉の集中力が欠けたままとなり、せっかく組み立てた解説が頭に入らず無駄になってしまう。
「う……それは……」
「そんな状態で解説を聞いても抜けていくだけだから、誤魔化さずにきちんと話して」
逃げ道を塞ぐように真っ直ぐ目を見つめながら詰め寄ると、姉は観念したらしく重い口を開いた。
「……昨日、あの人の話をしてたでしょ?それで……その、色々と思い出しちゃって」
悩みの原因はやはり昨日のエルフとの会話で出たあの人の事だった。
あの時、すぐに会話を打ち切らせて話題を逸らしたつもりだったが、それでも姉は思い出してしまったらしい。
「もう六年も経つし、忘れた方が良いって分かってるんだけどね。そう簡単に割り切れないというか……」
そう言ってらしくない自嘲の笑みを浮かべる姉。
その口ぶりを見るにたぶん、私が知らないだけで姉はあの人の話題が挙がる度に思い出してきたのだろう。
他のエルフ達が関心をあまり抱かない以上、あの人の話題が挙がること自体は少ないと思うが、それでも昨日見たいな事が今まで何度もあったのかもしれない。
「……別に割り切る必要はないんじゃない?どれだけ時間が経っても、お姉さまにとって大切な人の事なんだから割り切れなくて当然だよ」
たとえそのせいで今みたいに思い悩んでしまうのだとしても、忘れるという手段でそれを解決するのは間違っている気がする。
「……それにお姉さまが忘れてしまったら、本当の意味であの人はいなくなってしまうと思う」
他のエルフ達はあの人の事を覚えているだろうが、いずれああ、そんなやつもいたなくらいにしか思わなくなるだろう。いや、すでにそんな認識になりつつある。
そんな中で姉まであの人の事を忘れるというのは、あの人の生きていたという事実そのものが消えてしまうのと同じだ。
「……だからお姉さまはあの人の事を忘れないで」
「ルーちゃん……」
姉の悩みを聞いて吐き出させようとした筈なのに、いつの間にか自分の声が震えている事に気付く。
……私にもあの人を想う気持ちがあったのかな。
あの人が死んだあの日、悲しみよりも恐怖を覚え、涙を流す事なく逃げ出した私にはそんなものないと思っていた。
「…………今日は魔術の勉強は止めておこうか」
「え?でも……」
しんみりとしてしまった空気の中、突然の中止を切り出した私に姉が戸惑ったように眉根を寄せる。
「そんなすぐには頭を切り替えれないでしょ。だから今日のところは勉強の代わりにお姉さまの知ってるあの人の事を教えて?」
「あの人の……?」
私には姉の悩みをどうにかする事は出来ない。けれど話を聞く事が気持ちの整理をつけるきっかけになるかもしれない。
「うん。あの人と初めて会った時の事とか、二人で何をしたとか、何でもいいから聞かせてよ」
もちろん話す事で余計にあの人を思い出して、さらに思い悩んでしまう可能性もあるのは理解している。
でも、自分の中で思い出し、ぐるぐると悩んで溜め息を吐くよりもずっとマシだと思う。
少しの沈黙の後、俯いて瞑目した姉は深く息を吸って吐き出し、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「…………あの人と初めて会ったのは私が五才の時だったかな。その頃の私はお母さんにべったりでね、ほとんど家で過ごしてたの━━」
その当時、姉は一日のほとんどを母と一緒に料理をしたり、編み物をしたりして過ごしていたらしい。
家の両親は子孫を残すという概念が希薄なエルフの中で姉と私を生み育てているだけあって少し変わっている。
まあ、変わっていると言っても他のエルフと同様に物事への興味は薄いのだろうけど、それでも今考えると母は姉や私に対しては多少なりとも愛情注いでたように思う。
そんな母が姉を連れて外に散歩に出たある日、たまたま狩りに出ていたエルフ達の帰りにばったり遭遇したらしく、そこで初めてあの人と出会ったとの事だ。
「その時はまだルーちゃんが生まれる前だから子供は私一人でね、物珍しさからか、あの人が話し掛けてきたんだ」
姉は当時の事を思い出して懐かしげに目を細め、柔らかな笑みを浮かべながら続ける。
「最初はお母さんの後ろに隠れてたんだけど、あの人がずっと優しい笑顔で接してくれるから自然と打ち解けていって、自分からも話すようになってね。最後にはまたねって頭を撫でてくれて……」
その時の事を想い、「大きくて温かかったなぁ」と嬉しそうに溢す姿を見て、姉は本当にあの人の事が好きだったんだなと改めて感じた。
「そこから話す機会が増えて、気付いたら毎日のようにあの人と過すようになって……時々、お弁当なんかも作って持っていったら、あの人は喜んで食べてくれてね……」
そこからしばらく、これが好きだったとか、何をして喜んでくれたとか、あの人との思い出……というか、もはや惚気話を楽しそうに話す姉。
さっきまでの思い悩んだ姿よりも今みたいに惚気話を嬉々として語っている方がよほど姉らしい。
……元気が出てきたのは良い事だけど、でも流石にそろそろお腹いっぱいかな。
自分から聞いた手前、終わりを切り出しづらいが、このままだと延々と惚気話を続けそうな勢いなので、この辺でどうにか切り替えないと。
「それでね……」
「あー……えっと、お姉さま?その、お姉さまがあの人の事をどれだけ好きなのかはよーくわかったから、そろそろ……」
話を遮る形でそれとなく終わりを切り出してみると、姉は一瞬、きょとんとした表情を浮かべ、それから見る見るうちに顔を赤らめる。
「え、あ、いや、その、好きとかそういうのじゃなくて……」
「……あれだけ惚気ておいて、いまさら照れるのはどうかと思うよ」
姉の口振りから二人は恋人ないし、相当に親しい関係の筈なのに、好きという言葉でここまで反応するとは思わなかった。
「惚……!?や、その、私とあの人は……」
「えー……うん、そうだね、私の言い方が悪かったねー……えっと、私が言いたかったのは、お姉さまとあの人の事は充分聞けたし、そろそろいい時間だから帰ろうってこと」
実際、姉があの人の事を好きなのは間違いないとは思うけど、ここでそれを掘り下げても仕方ないし、元々の目的を果たした今、変に聞いて拗らされても困る。
「え、あ、もうそんなに時間が経ってたんだ……全然気が付かなかった……」
私の言葉と窓から差し込む夕陽に気付いてようやく我に返った姉は時間経過の早さに驚き、目をしばたたかせていた。
「……まあ、元はと言えば私が聞きたいって言った事だからいいんだけど、お姉さまがここまで夢中に話すのはちょっと予想外だったかな」
「う……ごめんね?あの人の事を話す機会なんてなかったからつい……」
申し訳なさそうにしている姉に苦笑しながら、出ている本を棚に戻して軽く周りを片付ける。
「特に気にしてないから謝らなくても大丈夫。それより早く片付けて帰らないと日が暮れちゃうよ?」
「う、うん、そうだね、早く片付けよっか……」
答える姉の声はまだ少し申し訳なさを含んでいたが、話す前よりも幾分か明るさを取り戻していた。
「……ありがとね、ルーちゃん」
片付けの最中にぼそりと呟かれた姉の言葉に、頬が熱くなるのを感じた私は、それを誤魔化すようにそっぽを向く。
どうやら姉は私があの人の事を聞いた意図に気付いていたらしい。
「…………別に私はなにもしてないよ」
たぶん赤くなっているであろう顔を隠すべく、私はそれだけ言って姉に背を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
巻き込まれた薬師の日常
白髭
ファンタジー
神に選ばれ、魔素の循環する界へと送り込まれたのは――現代の薬師。
剣も魔法も扱えない彼が憑依したのは、戦闘力ゼロの商人見習いの少年だった。
彼の武器は、知識と経験。商品を生み出し、人脈を築き、産業を広げていく。
「居場所を見つけたい」その願いが、やがて世界を変える力となる。
これは、一人の薬師が紡ぐ研究と開発、そして成長の物語。
【カクヨムでも掲載しています】
表紙は紹介文をもとに、ai【adobe firefly】で作成したものです。(参考程度に……)
異世界召喚されたが無職だった件〜実はこの世界にない職業でした〜
夜夢
ファンタジー
主人公【相田理人(そうた りひと)】は帰宅後、自宅の扉を開いた瞬間視界が白く染まるほど眩い光に包まれた。
次に目を開いた時には全く見知らぬ場所で、目の前にはまるで映画のセットのような王の間が。
これは異世界召喚かと期待したのも束の間、理人にはジョブの表示がなく、他にも何人かいた召喚者達に笑われながら用無しと城から追放された。
しかし理人にだけは職業が見えていた。理人は自分の職業を秘匿したまま追放を受け入れ野に下った。
これより理人ののんびり異世界冒険活劇が始まる。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる