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第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ
第12話 思い出と惚気るお姉ちゃん
しおりを挟む初めて魔物を倒した日の翌日、私と姉は魔術の勉強のために本が貯蔵されている例の建物に足を運んでいた。
「ふわぁ……」
昨日、色々な事があってなかなか寝つけず、そのせいで込み上げてくる欠伸を噛み殺しながら本の内容に目を通す。
何度も読んだとはいえ、姉に内容を解説するためには分かりやすい言葉に置き換え、理解できるように噛み砕かなければならなかった。
「んー……相も変わらず内容が回りくどい……」
内容を噛み砕く必要があるのは何も姉の理解力が足りない訳ではない。
魔術ないし魔法関連の書物は中身の記述が筆者の主観で書かれたものが多く、本を読み慣れてないと内容が入ってこないものがほとんどだからだ。
「ここを置き換えて……あ、いや、こっちの方が……」
中身を精査し、いらないと思った部分を削りながら言葉を分かりやすく置き換え、頭の中で整理していく。
最初こそ勝手がわからなくて苦戦したけど、こういう作業自体は嫌いじゃない。
「━━よし、こんなもんかな」
大まかに解説する内容がまとまり、算段がついたところで、前回読んだ本を読み直すと言って奥に入っていた姉の元へと足を向ける。
「お姉さまーそっちはどんな感じ……」
呼び掛けながら近付くも、姉は私に気付いた様子もなく、手に持った本へと視線を落としていた。
「…………はぁ……」
しかし、どうにも本を読む事に集中しているわけではないらしく、時折溜め息を吐きながら心ここにあらずといった感じで、一向に読み進める気配がない。
「……お姉さま」
「ひゃっ!?」
呼び掛けても反応がないので肩に手を置いて話し掛けると姉は酷く驚いたように短い悲鳴を上げた。
「な、何?ど、どうしたのルーちゃん」
「どうしたのって、こっちの本の内容をまとめたから説明しようと思ったんだけど……」
ここに来てからそこそこ時間が経っている筈なのによく見ると姉の手元にある本は最初の方で止まっていた。
どうやら私と別れてからずっとあの調子で物思いに耽っているようだ。
「え、あ、そうなんだ……でも肩を叩かなくても呼んでくれれば良かったのに」
「……呼んだけど反応がなかったからそうしたんだよ」
半ば呆れ気味にそう返すと姉は「全然気付かなかった」と苦笑いを浮かべる。
どうやらこれは相当重症らしい。
「…………はぁ、お姉さま。何か悩み事でもあるの?」
このまま解説しても右から左に抜けていく事が目に見えているので原因を解消すべく姉にそう尋ねる。
……まあ、聞かなくても姉が悩んでいる要因はなんとなく想像がつくけど。
「へ?や、別に悩みなんてナイヨ」
「嘘。さっきから全然集中出来てないし、本の内容も頭に入ってないでしょ?」
誤魔化そうとして目を泳がす姉を問い詰めるような形で言葉を重ねる。
ここで誤魔化しを容認してしまうと姉の集中力が欠けたままとなり、せっかく組み立てた解説が頭に入らず無駄になってしまう。
「う……それは……」
「そんな状態で解説を聞いても抜けていくだけだから、誤魔化さずにきちんと話して」
逃げ道を塞ぐように真っ直ぐ目を見つめながら詰め寄ると、姉は観念したらしく重い口を開いた。
「……昨日、あの人の話をしてたでしょ?それで……その、色々と思い出しちゃって」
悩みの原因はやはり昨日のエルフとの会話で出たあの人の事だった。
あの時、すぐに会話を打ち切らせて話題を逸らしたつもりだったが、それでも姉は思い出してしまったらしい。
「もう六年も経つし、忘れた方が良いって分かってるんだけどね。そう簡単に割り切れないというか……」
そう言ってらしくない自嘲の笑みを浮かべる姉。
その口ぶりを見るにたぶん、私が知らないだけで姉はあの人の話題が挙がる度に思い出してきたのだろう。
他のエルフ達が関心をあまり抱かない以上、あの人の話題が挙がること自体は少ないと思うが、それでも昨日見たいな事が今まで何度もあったのかもしれない。
「……別に割り切る必要はないんじゃない?どれだけ時間が経っても、お姉さまにとって大切な人の事なんだから割り切れなくて当然だよ」
たとえそのせいで今みたいに思い悩んでしまうのだとしても、忘れるという手段でそれを解決するのは間違っている気がする。
「……それにお姉さまが忘れてしまったら、本当の意味であの人はいなくなってしまうと思う」
他のエルフ達はあの人の事を覚えているだろうが、いずれああ、そんなやつもいたなくらいにしか思わなくなるだろう。いや、すでにそんな認識になりつつある。
そんな中で姉まであの人の事を忘れるというのは、あの人の生きていたという事実そのものが消えてしまうのと同じだ。
「……だからお姉さまはあの人の事を忘れないで」
「ルーちゃん……」
姉の悩みを聞いて吐き出させようとした筈なのに、いつの間にか自分の声が震えている事に気付く。
……私にもあの人を想う気持ちがあったのかな。
あの人が死んだあの日、悲しみよりも恐怖を覚え、涙を流す事なく逃げ出した私にはそんなものないと思っていた。
「…………今日は魔術の勉強は止めておこうか」
「え?でも……」
しんみりとしてしまった空気の中、突然の中止を切り出した私に姉が戸惑ったように眉根を寄せる。
「そんなすぐには頭を切り替えれないでしょ。だから今日のところは勉強の代わりにお姉さまの知ってるあの人の事を教えて?」
「あの人の……?」
私には姉の悩みをどうにかする事は出来ない。けれど話を聞く事が気持ちの整理をつけるきっかけになるかもしれない。
「うん。あの人と初めて会った時の事とか、二人で何をしたとか、何でもいいから聞かせてよ」
もちろん話す事で余計にあの人を思い出して、さらに思い悩んでしまう可能性もあるのは理解している。
でも、自分の中で思い出し、ぐるぐると悩んで溜め息を吐くよりもずっとマシだと思う。
少しの沈黙の後、俯いて瞑目した姉は深く息を吸って吐き出し、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「…………あの人と初めて会ったのは私が五才の時だったかな。その頃の私はお母さんにべったりでね、ほとんど家で過ごしてたの━━」
その当時、姉は一日のほとんどを母と一緒に料理をしたり、編み物をしたりして過ごしていたらしい。
家の両親は子孫を残すという概念が希薄なエルフの中で姉と私を生み育てているだけあって少し変わっている。
まあ、変わっていると言っても他のエルフと同様に物事への興味は薄いのだろうけど、それでも今考えると母は姉や私に対しては多少なりとも愛情注いでたように思う。
そんな母が姉を連れて外に散歩に出たある日、たまたま狩りに出ていたエルフ達の帰りにばったり遭遇したらしく、そこで初めてあの人と出会ったとの事だ。
「その時はまだルーちゃんが生まれる前だから子供は私一人でね、物珍しさからか、あの人が話し掛けてきたんだ」
姉は当時の事を思い出して懐かしげに目を細め、柔らかな笑みを浮かべながら続ける。
「最初はお母さんの後ろに隠れてたんだけど、あの人がずっと優しい笑顔で接してくれるから自然と打ち解けていって、自分からも話すようになってね。最後にはまたねって頭を撫でてくれて……」
その時の事を想い、「大きくて温かかったなぁ」と嬉しそうに溢す姿を見て、姉は本当にあの人の事が好きだったんだなと改めて感じた。
「そこから話す機会が増えて、気付いたら毎日のようにあの人と過すようになって……時々、お弁当なんかも作って持っていったら、あの人は喜んで食べてくれてね……」
そこからしばらく、これが好きだったとか、何をして喜んでくれたとか、あの人との思い出……というか、もはや惚気話を楽しそうに話す姉。
さっきまでの思い悩んだ姿よりも今みたいに惚気話を嬉々として語っている方がよほど姉らしい。
……元気が出てきたのは良い事だけど、でも流石にそろそろお腹いっぱいかな。
自分から聞いた手前、終わりを切り出しづらいが、このままだと延々と惚気話を続けそうな勢いなので、この辺でどうにか切り替えないと。
「それでね……」
「あー……えっと、お姉さま?その、お姉さまがあの人の事をどれだけ好きなのかはよーくわかったから、そろそろ……」
話を遮る形でそれとなく終わりを切り出してみると、姉は一瞬、きょとんとした表情を浮かべ、それから見る見るうちに顔を赤らめる。
「え、あ、いや、その、好きとかそういうのじゃなくて……」
「……あれだけ惚気ておいて、いまさら照れるのはどうかと思うよ」
姉の口振りから二人は恋人ないし、相当に親しい関係の筈なのに、好きという言葉でここまで反応するとは思わなかった。
「惚……!?や、その、私とあの人は……」
「えー……うん、そうだね、私の言い方が悪かったねー……えっと、私が言いたかったのは、お姉さまとあの人の事は充分聞けたし、そろそろいい時間だから帰ろうってこと」
実際、姉があの人の事を好きなのは間違いないとは思うけど、ここでそれを掘り下げても仕方ないし、元々の目的を果たした今、変に聞いて拗らされても困る。
「え、あ、もうそんなに時間が経ってたんだ……全然気が付かなかった……」
私の言葉と窓から差し込む夕陽に気付いてようやく我に返った姉は時間経過の早さに驚き、目をしばたたかせていた。
「……まあ、元はと言えば私が聞きたいって言った事だからいいんだけど、お姉さまがここまで夢中に話すのはちょっと予想外だったかな」
「う……ごめんね?あの人の事を話す機会なんてなかったからつい……」
申し訳なさそうにしている姉に苦笑しながら、出ている本を棚に戻して軽く周りを片付ける。
「特に気にしてないから謝らなくても大丈夫。それより早く片付けて帰らないと日が暮れちゃうよ?」
「う、うん、そうだね、早く片付けよっか……」
答える姉の声はまだ少し申し訳なさを含んでいたが、話す前よりも幾分か明るさを取り戻していた。
「……ありがとね、ルーちゃん」
片付けの最中にぼそりと呟かれた姉の言葉に、頬が熱くなるのを感じた私は、それを誤魔化すようにそっぽを向く。
どうやら姉は私があの人の事を聞いた意図に気付いていたらしい。
「…………別に私はなにもしてないよ」
たぶん赤くなっているであろう顔を隠すべく、私はそれだけ言って姉に背を向けた。
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