〝凡才の魔女〟ルーコの軌跡~才能なくても、打ちのめされても、それでも頑張る美少女エルフの回想~

乃ノ八乃

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第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ

第13話 危険と決意とお姉ちゃんの失意

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 書庫であの人の話を聞いてから一ヶ月、魔術の勉強やら実践練習やらを日々重ねていく中で、姉の調子もすっかり元に戻っていた。

「ルーちゃ~ん、そっちに魔物が二体いったよ~」

 大木の枝に乗った姉が、上から間延びした声を掛けてくる。

「……やっぱりお姉さまの声だと緊張感が足りないなぁ」

 魔物という脅威が迫っていると知らせてくれるのはありがたいけど、ああも間延びした声だと気が抜けてしまう。

 初めて魔物を倒してからもう何度目かになる実戦。

 最初以降、何度も危ない目に遭いながらもなんとかここまでやってきて、ようやく姉の声に物申すくらいの余裕は出てきた。

「ゴアァァァッ」
「クルルルゥゥッ」

 姉の言う通り、二体の魔物が大木の隙間を縫ってこっちに向かってきているようで別々の方向から鳴き声が聞こえてくる。

「むやみに怖がる事はなくなったけど、流石に二体同時は難しいかな」

 出来なくはないが、同時に相手をするとなると当然、危険度は跳ね上がるため、各個撃破出来るのならそれに越したことはない。

「……音的にたぶん、こっちの方が先にくる……なら」

 先に狙う方を決め、もう一方にも意識を割きつつ、頭の中で使う魔法を選んで構える。

「……〝暴れ狂う風、狙い撃つ弓矢、混じり集いて、形を成せ〟━━」

 最初の魔物討伐で使ったのと同じ呪文を詠唱し、形成した風の弓を引き絞って標的が視界に入るのを待つ。

……本当は遠距離から狙い撃てればいいんだけど、私にはちょっと難しいからね。

 姉のように魔力を感知できれば別だが、私にはそんな芸当は不可能だし、もっと範囲の広い魔法を使おうにも大木が邪魔で標的には当たらないので、必然的にある程度は引き付ける必要がある。

「ゴアアァァァッ!」

 大木の間から耳をつんざく咆哮と共に現れたその魔物は最初に倒した魔物よりもさらに大きく、全身を毛に覆われおり、見るからに強靭そうな手足を持っていた。

あれだけの巨体をこの魔法で狙うとしたら……

 姿を視認し、狙いを定め、ぎりぎりまで引き付けてから風の弓を引き絞る。

一点を穿つ暴風ピアートウェストリア

 射ち出された風の矢は目の前の魔物が気付くよりも早くその頭を捉え、頭蓋を砕いて脳天を貫いた。

「ァッ……!?」

 頭を穿ち抜かれた魔物は声を上げる間もなく絶命し、その巨体を揺らしながらそのまま後ろに倒れる。

「まず一体……次は━━」

「クルルゥッ!」

 倒れた魔物から意識を外し、次に備えようとした瞬間、それよりも早くもう一体の魔物が、大木の隙間を縫って強襲を仕掛けてきた。

「っ……思っていたよりもくるのが早い!」

 襲ってきた魔物の突進を強化魔法を使って横にかわし、悪態を吐きながら体勢を立て直しつつ、相手の姿を見据える。

全長で見るといままでで一番大きい……。

 全体を黒く分厚そうな鱗に覆われているその魔物は、胴体が長く、手足が退化していて、顔と思われる部分から鋭い突起が飛び出していた。

「クルルゥゥッ!」

 突進がかわされた事に気付いた魔物はその縄のように長い身体をしならせ、反動を利用して攻撃を仕掛けてきた。

 先程よりも突進の速度は速いが、一番の脅威となり得る鋭い突起の攻撃面積が少ないため、かわすこと自体は難しくない。

「━━〝風よ、鋭さを持って、敵を切り裂け〟」

 魔物を見据えたまま再び横に飛んでかわし、空中で強化魔法を解きつつ、詠唱を口にして右手を振りかぶる。

突風の裂傷ガーストレイス

 収束させた風を薄く尖らせ、呪文と共にそれを纏わせた右手を魔物目掛けて勢いよく振り下ろした。

 甲高い風切り音を響かせながら放たれた魔法が魔物の体表を捉える。

「クルァッ!?」

「っ硬いなぁ!」

 大抵の物なら切り裂く筈の風の刃は魔物の強靭な鱗に阻まれ、その表面を僅かに削った程度に止まってしまった。

『突風の裂傷』が効かないとなると、私が使える大抵の魔法はあの鱗によって阻まれるという事だ。

 さっきの魔物に使った『一点を穿つ暴風』ならあの鱗を貫けるかもしれないが、正確に急所を撃ち抜かなければ効果は薄いだろう。

「クルルルッ……」

 僅かとはいえ、傷をつけられた事で警戒しているのか、魔物は身体を揺らしてこちらの様子を伺っている。

 たぶん、頭を狙えば仕留められるんだろうけど、あれだけ動き回られると当てるのは難しいし、引き付けて狙うにしても、突進をかわしながらだと『一点を穿つ暴風』は使えないため、決定打に欠けてしまう。

 魔法を乱発して相手の消耗を待つという手もなくはないが、魔物の大きさと自分の魔力量を鑑みれば、上手くいく公算は小さい。

一番現実的なのは拘束魔法で動きを止めてから『一点を穿つ暴風ピアートウェストリア』で仕留めるって流れなんだけど……。

 問題はあの魔物の大きさだ。幅はともかくあの長い全身を魔法で拘束するとなると、仕留めるまで効果が持つかどうかわからない。

……どちらにしてもやってみるしかないか、いつまでも待ってはくれないだろうからね。

 今はまだ警戒をしているが、こちらの魔法が致命傷にならないと知れれば、より攻勢が激しくなるだろう。

「〝縛りつける風、絡みつくつむじ、渦を結んで、括りつけろ〟」

 ならその前に自身が使える最大の拘束魔法で勝負をかけるしかないと魔力を高めて詠唱を始めた。

 自身を中心に帯状の風を幾つも生み出し、魔力を注いで長さと強度を上げていく。

「クルルゥァァッ!!」

 私が魔法を使おうとしている事に気付いた魔物が咆哮を上げてこちらに突っ込んできた。

「っやっぱりそうくるよね……」

 いくら警戒していたとしても、目の前で魔法を詠唱すれば流石に見逃されない。

 魔法の完成が先か、それとも突進にやられるのが先か、どちらに転んでもおかしくない攻防を制したのは私の方だった。

縛り絡む旋風ウェアティーグレッド

 形成、展開していた帯状の風が螺旋を描いて放たれ、魔物の全身に絡みついて突進の勢いごと縛り止める。

「クルァッ!?」

「〝暴れ狂う風、狙い撃つ弓矢、混じり集いて、形を成せ〟」

 帯状の風に全身を拘束された魔物が面をくらいながらもどうにか抜け出そうと必死にもがく中、間髪入れずに必殺の魔法を構築していく。

「━━これで終わり、『一点を穿つ暴風ピアートウェストリア』」

 貫通力と殺傷性を秘めた風の矢が頭を突き抜け、胴体を突き進むと同時にそこまで必死にもがいていた魔物が一瞬の硬直の後、静かに切れた。

「…………あ、危なかった」

 目の前まで迫っていた突起に思わずそんな言葉が漏れる。

 正直、かなりぎりぎりの攻防だった。相性もあったが、それを踏まえても今まで戦った魔物の中で一、二を争う程には強かった。

 突起の先端は正確に私の顔を捉えており、あと少しでも遅れていたらこちらがやられていただろう。

「こんな生きるか死ぬかの賭けをするつもりはなかったんだけどな……」

 拘束魔法にどこまで効果があるかという部分に賭けたつもりではあったけど、魔物の判断力と俊敏性を見誤ったせいで、間に合うか否かというより危険な賭けになってしまった。

「…………たぶんさっきのお姉さまに見られてたよね」 

 紙一重の戦いを繰り広げた事を知られれば、確実に姉からのお説教が待っている。

 自分でもさっきの攻防に反省点が多いのは自覚しているが、だからといってお説教を受けたいとは思わない。

「もしかしたら大木で見えなかった可能性も……」
「━━もちろん、ばっちり見てたよ」

 僅かに抱いた希望は姉の登場と台詞によって打ち砕かれた。

「お、お姉さま……」
「ねー、ルーちゃんったらあんなに危ない戦い方しちゃって……そういうのは駄目だよって私、言わなかったかなー?」

 笑顔と言葉に圧を滲ませた姉を前に、魔物との戦い以上の緊張が走る。

「いや、あの、それはちゃんと覚えてたんだけど……」
「だけど?」

 言葉の終わりをそのまま復唱して詰めるように返してくる姉。詰問のようなそれを見るに、姉はどうやらいつにも増して怒っているらしい。

「あ、えっと……その、あの魔物がそんなに速いなんて思わなくて……」

 姉の怒りに圧されてしどろもどろになりながら、自分でも分かるほど言い訳染みた言葉を重ねる。

「思わなかったからあんなに危ない戦い方をしたんだ?一歩間違えたら死んでたかもしれないのに」
「うっ……それは……」

 今回に関してはいつものお節介とは違って、姉の言っている事は全て正しい。

 もし詠唱が僅かでも遅れていたら、魔物がもう少し速かったら、姉の魔法でも治癒が間に合わない程の致命傷を負っていただろう。

 その自覚がある故、余計に返す言葉がなく、姉のお説教を甘んじて受けるしかなかった。

「確かに魔物と戦うのを特訓に組み込んだのも、二体同時に相手をさせたのも私だよ。でもね、それはルーちゃんなら無茶をせず慎重に立ち回れると思ったからで、あんな風にぎりぎりの戦いをしてほしかったわけじゃないだよ?」
「……ごめんなさい」

 自らの迂闊さが姉からの信頼を裏切ったという事実を前に私はただ謝る事しかできない。

「……ルーちゃんがいつも頑張っているのは知ってるし、言ってしまうと私が勝手に思ってた事だから全部ルーちゃんが悪いなんて言えない……けど、それでも、もっと自分の命を大切にして」

 だんだんと尻すぼみになっていく姉の声。願いにも聞こえるそれを前に、私はようやく姉の心情を察した。

 姉はあの人の死に対して何もできなかったと後悔し、治癒魔法を学んだ。もし、次に同じような事があれば対処できるようにと。

 そんな中で私が紙一重の戦いをして、魔法でも治せないであろう傷を負う惨事を引き起こしかけ、姉にあの時の出来事と無力感を思い出させてしまった。

 もちろんわざとそういう戦い方をしたわけではない。何度かの戦いを経て、多少の慢心や驕りはあったかもしれないが、それでも自分の安全を充分に考慮し、立ち回ったつもりだった。

 けれど結果的に見誤り、危険な戦いをして姉の心の傷を掘り返したのは事実だ。

「……うん、本当にごめんなさい。もう二度とあんな戦い方はしないって約束する」

 ならたとえわざとでなくても、私はこの失敗を繰り返さないよう……お姉ちゃんにそんな思いを抱かせないようにもっと強くなろうと心に決めた。
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