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第二章 ツギハギ(2)
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「わざわざ、移動させなくて良かったんだぞ。こんなところに置いちまったら、お前が寒いだろ。」
振り返った鈴音は、ちらっと火鉢を見ては、すぐに並べた紙に視線を戻す。
「あたいは寒くないから、こっちになくて構わねぇよ。」
お下がりの古びた着物しかつけていない背は、言葉に反しているように見えたが、本体の方は寒そうな素振りを見せていない。
今日に限ったことじゃねぇか。
土方は小柄な背を見つめる。
妖物を供養すると川に骸を探しに入水した時も、巡察のために同行させた時も、
鈴音の口から寒いという言葉を聞かされたことはなかった。
誰かが挨拶がてら、彼女に気候の話しをした時も「寒くない。」と返事をしていたように思う。
土方は火箸を手にすると、炭を壊さない程度に突いて虐める。
鈴音を小姓として側に置き、約一ヶ月程経つが、土方を含めた密命を知る全員が、彼女のことをよく知り得ていなかった。それはきっと、鈴音の方も同じである。
元から口数が多くないのか、彼女は自分から会話をしてこようとはしなかった。
それは嫌われているからなどの拒絶的な反応ではなく、単純に用事が無いから話さない、そんな雰囲気に取れるものである。
そうでなければ、火鉢が真後ろに動かされることはないはずだ。
黒い塊を突き回すと、裂け目から夕日の赤がこぼれ落ちる。
やっちまったな。
割れた炭を重ね合わせ、灰にまみれた赤をまたその上に重ねる。箸で慎重に灰を落としていると、小姓が、がさがさと袂から扇を取り出す。
古びた扇を広げると白い紙の角を足の親指で踏みつけ、濡れ光る文字をぱたぱたと扇ぎ始めた。
言いつけられたことは真面目にこなすのか。
箸を動かすことも忘れ、柔らかい風を起こす扇に目を奪われる。
文字の読み書きができるのか。
物の勘定はできるのか。
小姓をさせるうえで気になることは幾つかあった。
鈴音に尋ねれば良いことではあるが、初めて会った時の身なりを思い返すと、
それらができるようには到底思えなかった。それを見ていて、そんな質問をするのはどこか野暮ったいような気になり、何も尋ねず、誰にでもできるようなことを鈴音にはさせている。
よくよく考えれば体面上あてがった役職であるため、小姓としての業務ができる
必要はなかった。彼女に本腰を入れてもらいたいのは妖物に関することのみなため、小姓など名ばかりにさせていても、何の問題もないのである。
ないのではあるが……。
小石も想像もしていなかった甲斐甲斐しさに似たものが鈴音から見えると、
側に置いて業務をさせていたい気持ちになる。日頃の言動には似つかわしくない従順さが、気を張り続けなければならない鬼の心をくすぐるのだ。
そんな自身の弱さに苦笑しながら、土方は火箸を灰の山に突き立てた。
扇の動きにあわせていた視点を本来の作業に戻すため、文机に向き直ろうとしたとき。
骨組みに貼られた紙に、家紋のような印が見てとれた。
土方は目を細める。
だがどれだけ凝らして見ても、上下に動かされるそれの柄をはっきりと見ることはできない。
「おい、その扇……。」
「ん。」
鈴音が土方に顔を向けた時、障子戸の向こうから土方を呼ぶ声が聞こえてくる。
「トシ、俺だ。」
問いたい言葉が喉元で詰まってしまう。近藤への返事をしなければならないが、目の前の女に尋ねたいこともあり、どちらを優先すべきか悩ましかった。
「おい、呼んでんぞ。」
「あっ……あぁ。」
土方が時間を掛ける間もなく、鈴音が選択肢を一択へと絞る。
振り返った鈴音は、ちらっと火鉢を見ては、すぐに並べた紙に視線を戻す。
「あたいは寒くないから、こっちになくて構わねぇよ。」
お下がりの古びた着物しかつけていない背は、言葉に反しているように見えたが、本体の方は寒そうな素振りを見せていない。
今日に限ったことじゃねぇか。
土方は小柄な背を見つめる。
妖物を供養すると川に骸を探しに入水した時も、巡察のために同行させた時も、
鈴音の口から寒いという言葉を聞かされたことはなかった。
誰かが挨拶がてら、彼女に気候の話しをした時も「寒くない。」と返事をしていたように思う。
土方は火箸を手にすると、炭を壊さない程度に突いて虐める。
鈴音を小姓として側に置き、約一ヶ月程経つが、土方を含めた密命を知る全員が、彼女のことをよく知り得ていなかった。それはきっと、鈴音の方も同じである。
元から口数が多くないのか、彼女は自分から会話をしてこようとはしなかった。
それは嫌われているからなどの拒絶的な反応ではなく、単純に用事が無いから話さない、そんな雰囲気に取れるものである。
そうでなければ、火鉢が真後ろに動かされることはないはずだ。
黒い塊を突き回すと、裂け目から夕日の赤がこぼれ落ちる。
やっちまったな。
割れた炭を重ね合わせ、灰にまみれた赤をまたその上に重ねる。箸で慎重に灰を落としていると、小姓が、がさがさと袂から扇を取り出す。
古びた扇を広げると白い紙の角を足の親指で踏みつけ、濡れ光る文字をぱたぱたと扇ぎ始めた。
言いつけられたことは真面目にこなすのか。
箸を動かすことも忘れ、柔らかい風を起こす扇に目を奪われる。
文字の読み書きができるのか。
物の勘定はできるのか。
小姓をさせるうえで気になることは幾つかあった。
鈴音に尋ねれば良いことではあるが、初めて会った時の身なりを思い返すと、
それらができるようには到底思えなかった。それを見ていて、そんな質問をするのはどこか野暮ったいような気になり、何も尋ねず、誰にでもできるようなことを鈴音にはさせている。
よくよく考えれば体面上あてがった役職であるため、小姓としての業務ができる
必要はなかった。彼女に本腰を入れてもらいたいのは妖物に関することのみなため、小姓など名ばかりにさせていても、何の問題もないのである。
ないのではあるが……。
小石も想像もしていなかった甲斐甲斐しさに似たものが鈴音から見えると、
側に置いて業務をさせていたい気持ちになる。日頃の言動には似つかわしくない従順さが、気を張り続けなければならない鬼の心をくすぐるのだ。
そんな自身の弱さに苦笑しながら、土方は火箸を灰の山に突き立てた。
扇の動きにあわせていた視点を本来の作業に戻すため、文机に向き直ろうとしたとき。
骨組みに貼られた紙に、家紋のような印が見てとれた。
土方は目を細める。
だがどれだけ凝らして見ても、上下に動かされるそれの柄をはっきりと見ることはできない。
「おい、その扇……。」
「ん。」
鈴音が土方に顔を向けた時、障子戸の向こうから土方を呼ぶ声が聞こえてくる。
「トシ、俺だ。」
問いたい言葉が喉元で詰まってしまう。近藤への返事をしなければならないが、目の前の女に尋ねたいこともあり、どちらを優先すべきか悩ましかった。
「おい、呼んでんぞ。」
「あっ……あぁ。」
土方が時間を掛ける間もなく、鈴音が選択肢を一択へと絞る。
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