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第二章 ツギハギ(50)
しおりを挟む「ねぇ、遊ぼうよ。」
借家に等しい新選組の屯所には、そこの家主の子供やその友人などが出入りを行っている。
彼らは鈴音に手を引かれる沖田を見つけると、取り囲むように集まってきた。
「あれ、総司兄ちゃんに似てる。」
一人の子供が沖田の顔を覗き込む。
本来の姿であった頃、沖田は近所の子供達の遊び相手をすることが多く、その顔は知られている。
だからといって、この童が青年沖田であるなどと、年端もいかぬ彼らが気付き得るはずもなかった。たとえ分別思慮のつく年であったとしても、この事の次第を理解し得ないことに変わりはない。
身近で怪異と遭遇した者、もしくは奇々怪々を愛する者や術者でなければ、信じることの難しい話しなのだ。
「そういえば、最近総司兄ちゃん見ないね。」
「そうだよなぁ、遊んでくれなぁい。」
無邪気な声が鈴音に向けて飛ばされる。
「忙しいんだよ。」
彼女は頭を掻きむしりながら、ぶっきらぼうに答えた。子供達はつまらなさそうに舌を鳴らすが、興味の矛先はすぐに的を変える。
「一緒に遊ぼう。」
「ねぇ、どこの子。」
鼻が触れあう程に前のめりになる近所の子供達。
沖田は顔をぷいっと横へやる。
「遊ぼうぜ。」
食い下がらない子供達は、何度も沖田を遊びに誘うが、首を縦に振らない彼に根負けし、連れ合い同士で顔を見合わせた。
「……。
もう行こうぜ。」
小さな口が揃うと、引く手数多にしていた沖田のことなど興味はない。すぐさまほっぽり出しては皆、門をくぐって走り去る。
鈴音は、太ももに纏わり付くようにしがみついている沖田を見た。
そっぽを向いていたはずの顔が、静まった門の辺りに向けられている。
小さな手は鈴音の袴を、ぎゅっと握りしめた。
「遊んできて良かったんだぞ。」
童は返事の代わりに、古ぼけた袴に顔を埋める。
幼子の姿になって、しばらくの日数が経つ。最初の頃を思えば、誰に対しても随分と感情を見せるようになった。
なってはきたが……。
鈴音は、快活な声が響いてくる壬生寺の方角を見上げる。先ほどの子供達は、年のそう変わらぬ気が合う者同士で遊んでいるのだろう。
沖田は町で何度か、色々な子供達に声を掛けられてきたが、彼は決してその子達について行こうとはしなかった。代わりに年の離れた、永倉や原田達といった事情を知る幹部の者が遊びに誘うと、ひょこひょこ後をついていくというのに。
困惑した面持ちで鈴音が空を見上げていると、冬鳥の群れが空を駆けた。
ひゅーという鳴き声を置き土産に、彼らは山の方へ羽をはためかせる。
ふいに袴が揺らされた。見ずとも何事かが分かる。
「分かってるよ。
行こうか。」
まだ自由に飛びきれない雛が、外に出たがっているのだ。
鈴音が足を動かすと、掴まれていた力が弱まり歩きやすくなった。
だが、わずかに袴が引かれている感覚は残る。
小さな足音が背後から続いてくるのを聞きながら、鈴音は走り去った童達の残像を追う。
門をくぐると、家々が並ぶ往来に出る。
右に向かうか左に向かうか。
鈴音が頭を悩ませていると、雪を踏みしめる大きな足音が背中から響いてくる。
歩く速さや、足を置く間から、誰が来ているのか何となく察しがついた。
そうだ、また忘れるところだった。
「どこへ行く。
夕餉の献立が決まっていない。」
「前も言ったじゃねぇか。
献立はお前で決めてくれって。」
忘れていた、こいつは手間のかかる奴だった。
鈴音は斎藤を振り返る。
「……。
俺は苦手だ。
その献立を決めるのも、買い出しも。」
「苦手なら、自分でどうにか頼んで外してもらえよ。」
「ならぬ。」
何故そこに拘るのか。
斎藤の偏屈に近い真面目さに、鈴音は自分の肩を揉んだ。
「……。
それに、手伝ってくれると言ったではないか。」
「いや、言ったけど……。」
献立までは聞いてねぇよ。
鈴音は喉元まで込み上がってきた言葉を飲み干す。
議論をしたところで、この男の憎みきれない性格に根負けするのは目に見えている。
「分かったよ。
やりゃぁ良いんだろ。
献立は店に並んでる物見て決めてきゃぁ良い。予算があんだから、今日の値段で決めてく方が安く揃うだろ。」
「合点。」
やけに返事が早くなった斎藤に、鈴音は疎ましそうな顔を見せながら歩き出す。
棚物屋に向かうのであれば、壬生寺の前を通る方が早い。
とりとめもない静代の話を思い出す。
自分は寺のある方へ曲がっただろうか。足の向くままに歩いてしまった鈴音は、先のことが曖昧になっていた。
後ろを歩いている斎藤が何も言わないのであれば、正しいようにも考えられるが、相手が口下手な斎藤となると不安もある。
近道か遠回りか。
その程度の差のことではあるが、鈴音は念のため斎藤に確認しておこうと思った。足を止めようとした矢先、ふとあることに気がつく。
先ほどよりも童の遊ぶ声が大きく聞こえている。新選組の屯所がある付近で、童が思いきり声を弾ませながら遊べる場所は、境内しか考えられない。
鈴音が止めかけた足をそのまま動かし続けると、じわじわと壬生寺の門構えが目に入ってきた。
足はこの一帯に慣れてたんだな。
二・三ヶ月程度の生活から与えられた影響を可笑しく思いながら、鈴音は門の前を通り過ぎようとした。
が、袴が後ろに引かれたようになり、足を前に動かしにくくなる。
鈴音は足下に目をやった。すると沖田が自身の裾を引いたまま立ち止まっている。僅かながらに恍惚な瞳は、門の奥で繰り広げられる景色を捉えているように見えた。
憧れと諦め。
二種類の色を帯びた眼は鈍く光る。
「どうした。
ここは寺だぞ。」
斎藤は怪訝そうな顔つきで鈴音に問いかけた。彼は早く用を済ませたいようで、ちらちらと道の先を覗(うかが)う素振りを見せる。
しばらくの間、鈴音は言葉を話さないでいたが、佇む沖田の傍らにゆっくりと屈み込んだ。
「行ってきて良いんだぞ。
お前は別にあたいの用事に付き合わなくて良いんだから。」
「……。」
「一緒に行ってやろうか。」
言葉を忘れていた童は、弾かれたようにはっとする。その小さな頭は、激しく横に動かされた。
「良いのか。」
惑う心の一押しになるかもしれない。
念のために再度尋ねて見るが、首の動きは変わらなかった。
上手く、あの輪に入れてやれたら良いが。
考えてはみるが、どうにもこうにも策を閃きそうにはない。
遊ぶ童達に鈴音が視線を投げたままでいると、突然沖田は彼女の袴から手を離す。そうして駆けるように斎藤の裾を握っては、そのまま引きずるように前へ引っ張り出した。朴念仁は大木のように力を込め踏ん張ろうとするが、体を反らしながら足が動かされていく。
「お、おい……。」
まごつく斎藤は、仰け反ったままで鈴音に助けを求める。そうしている間にも袴を引く力は、どんどん前方に進んでいく。
「頑固だなぁ、あいつ。」
誰かさんによく似ている。
今頃、手も頭も忙しくさせているであろう鬼の丸くなった背を思いながら、鈴音は二人の後に続いた。
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