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閑話―フレデリック・2

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 向こうも俺が誰だか判っていなかったと思う。

 儀式の間は心地良くなる香が焚かれていて、罪悪感も倫理観も、理性も道徳も吹き飛んでしまう。
 そんな中で培われた俺の房中術のスキルは、アデライードが呆れるほど高くなっていた。

『そう辛気くさい目をしないでくださいまし。貴方のスキルはいずれお兄様の役に立ちますわ』
『……ウォルフハルドの?』
『ええ。お兄様が貴方を必要とする日が必ずきます。それまで精進なさって』

 あの時アデライードがそう言わなければ、俺は叔母に相談してミサに参加しなくなっていたかもしれない。翌年16になって王立学院に入学した後、ようやくアデライードの言葉の意味がわかった。

 入寮の日、ウォルフハルドが俺と距離を置こうとしているのを見た時は、ミサの事がバレたのかと思ってゾッとした。
 ウォルフハルドはヴァロワ家の子が黒魔術を習う事を知っている。だが、ミサで何が行われているかは、知るわけがない。その行為を汚らわしい、と断罪されたらどうしようと思っていた。

 けれど、話を聞いてみれば全てアデライードの手の平の上だった。それなら、俺は言われた通りにウォルフハルドに手を貸すだけだ。

 こんな役割だとしても、俺はウォルフハルドに触れられるのが、本当に嬉しかった。抵抗しても嫌がっても逃げてもいい、それでも最後は俺の居る部屋に帰ってくるしかない。

 ウォルフハルドは、学院の生活が終わるまでずっと、俺のものだ。

 ――欲をかいて、失敗してはいけない。
 ウォルフハルドが欲しい。
 出来れば俺だけを見て欲しい。そう思ってしまうのは俺がまだ、未熟だからだ。
 黒魔術の基本は本能と性欲の肯定、そして多産、ということは彼らは究極の博愛主義者だった。
 誰とでも愛する人を共有できて、愛し、愛されることに何の躊躇いもない。そんな境地まで俺は至れるだろうか。

『相変わらず貴方の事は心底気に入りませんが、お兄様をよろしく頼みますわ』
『気に入らないのはお互い様だ。……ウォルフハルドのことは任された』

 黒魔術士だけが使える言霊の魔結晶を使って、遠征授業の前日にアデライードと会話した。

 何があっても、ウォルフハルドを害成す者から守るようにと念を押された。しかしその過程で彼の回りをうろつく男達が、手を出す場合は放っておけと言われた。
 
 判っている。
 やるべきことは判っているが、それでも俺は……ウォルフハルドを独占したい。
 その気持ちを抑え込むのには苦労した。








 片手に黒魔術の『闇』を纏うと、手の平で時空が曲がる。
 黒魔術の根底は次元と時空、そして死の概念だ。

 突然空間を切り取って敵を首なしの死体にすることも出来るし、即死魔法といわれるもので外傷なく死に至らしめることもできる。

 この手に纏う『闇』は、結界の力をもねじ曲げてしまう。だから俺は青い楔を掴んでも、全く影響はなかった。
 ウォルフハルドは黒魔術を使うことは出来ないが、ヴァロワ家の蔵書を読む許可を得ていたので、大抵のことは知っている。
 むしろ俺よりも座学については詳しいかも知れない。

 全ての青い楔が取り払われると、ウォルフハルドは『賢者の石』を使って結界石の再構築をはじめた。一度融解させ、より強固な結界として作り替えていく。

 こんなこと、並の魔術師じゃ出来ないんだが。彼はそれを事も無げにやってしまう。

 虹色に輝く白魔法の光が、ウォルフハルドの黒髪を揺らす、神々しいまでのその光景を俺は何度見ただろう。
 幼い頃から適正を発症したウォルフハルドは、魔法が得意だった。身体が小さかったから極めたのは魔法からだった。ソードマスターになったのはその後だ。

「マグナス。……それにオーギュスト」

 ウォルフハルドは青い楔をひとつ、効果を徹底的に潰してから手に取った。
 騎士団長とオーギュスト殿下にそれを渡し、ウォルフハルドはニヤリと唇の端を上げて笑う。その不遜な笑みには、団長や殿下の身分を尊重する雰囲気はなかった。
 完全に優位に立つ者として、ウォルフハルドは話す。

「お前達、これを城に持ち帰れ。青い楔にはこの国から産出しない素材が使われている。作った工房がどこだか調べてみれば敵が判るだろ。……それと、壊れてかけていた結界は既に俺の魔力が8割入り込んでいる。俺が居なくなればはじけ飛ぶような結界だ。その意味をちゃんと説明してこい」

 緊張した面持ちで騎士団長が青い楔を受け取った。

 この結界の維持はウォルフハルドに託されている。それが故意にしても必要に駆られてでも、結果は同じだ。

 この国は、ウォルフハルドなくしては間違いなく滅ぶ。それが明確になっただけだろう。

「それとオーギュスト」
「はい」
「お前の可愛い顔は気に入ってるんだ。俺のモノに無駄な傷は増やすなよ」
「……はい」

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