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一章 魔術師の森
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しおりを挟む熊のようにのっそり起きてきた師匠は、テーブルに着くとすごい勢いで料理を平らげ始めた。
スパイス蒸しにした川魚を二匹骨まで綺麗に食べてしまい、つけ合わせの野菜とたくさん焼いておいたパンやスープの鍋まで綺麗になくなる。そしてテーブルいっぱいに空の皿が並ぶ、いつもの食後の風景となった。
「美味かった」
師匠はいつも、皿を片付ける俺にそう言ってくれる。これが何より嬉しくて、いつもエヘヘと照れてしまった。
師匠は放っておくと生の野菜をそのままかじってたりして、料理はなにもしないから、俺はこの家に来た五歳の頃から料理をしている。最初は黒焦げの魚とか生焼けの肉とか出してしまったんだけど……師匠はいつも残さず全部食べてくれるんだ。
最初のときなんか、絶対に美味しくないぞコレって思うような焦げた魚をバリバリかみ砕いて、『美味い』って言って俺の頭をぐりぐりしてくれた。
もうそれだけで俺は嬉しくて、泣きそうだった。
孤児院からきた俺なんか、失敗したらすぐ追い出されるって思ってた。それで、できもしない料理に手を出して大失敗したんだ。
黙々と黒焦げの料理を食べる師匠に、ここにいて良いんだって言って貰えたみたいで、嬉しかった。もっともっと美味しいもの作らなきゃって、あの頃から俺の気持ちは変わっていない。
大好きな師匠のために、美味しいご飯を作るのが俺の使命だと思っているんだ。
‡
俺と師匠の日常は、毎日代わり映えしない。
たまに村に買い出しにも行くけど、それはパン用の小麦をまとめ買いするとか、必要なものがあるときだけだ。野ウサギを捕まえたり魚を捕ったり、木の実や薬草など森の豊かな恵みでほぼ自給自足の生活が成り立っていた。
繕い物はできるけどさすがにはた織りとかはできないから、服は買ってきてる。でも師匠の服は護符が織り込まれていて特殊だから、必要なのは下着と寝間着くらいかな。
俺もいくつか作って貰った護符があって、それで大きな獣とかから守ってもらっている。俺の服は師匠ほど派手じゃないけど、綺麗な緑色の布を買って貰って作った。あんまりジロジロ見られるのが好きじゃないから、村に行くときはフードを被っていることが多い。
そもそも村に行く頻度は一歳年を取る内に片手で数えられる回数くらいで、当然村人は俺のことを覚えていないし「どこから来たの」なんてよく聞かれる。
師匠のことも結界のことも内緒だから曖昧に笑って誤魔化してるけど。
そんなわけで俺は毎日修行のために森で精霊術の練習をして、失敗して、師匠が元通りにして……そのほかは師匠とご飯を食べて、エレンとお喋りして、寝て起きて本当にそれだけ。
それでも俺は師匠のことが大好きだからこの生活が幸せだけど、師匠はどうなんだろう?
あんな冒険の旅を何百年も続けてきた人が、こんな場所で静かに暮らしてるのって、退屈じゃないかな?
「俺が落ちこぼれだからこの森から動けないのかな……本当は旅を続けるつもりだったとか」
その日は、どんよりとした曇り空で洗濯を諦めた日だった。
修行場には来たものの、精霊に何を願おうかと考えているうちに小雨が降ってきた。
師匠は俺が一人前の精霊術士に育ったら、大陸の旅に連れて行くつもりだったのかな。あまりにも役に立たないから動けなくなっちゃった、というのはあり得る話だ。
でも、それも師匠の寿命の中ではほんの数十年のことだ。瞬きの間とまでは言わないけど、戯れに拾った捨て猫を死ぬまで飼ったとか、そのくらいの気持ちなのかもしれないな。
師匠に比べて、俺はなんてちっぽけな存在だろう。俺が死んだら師匠はどれくらいの間、この弟子の存在を覚えていてくれるのかな。
ぽた、ぽた、と防水のしてあるフードを雨水が伝ってくる。そうして小雨をしのいでいるうちに、どんどん気持ちが後ろ向きになってきた。
「師匠の邪魔にだけはなりたくないな……」
「ししょうってだれ?」
「……!?」
独り言に反応があるとは思わなかった。聞き慣れない声に驚いて振り向くと、泥だらけになった五歳くらいの子供が、雨の中転げるようにして森から出てきた。
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