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一章 魔術師の森
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しおりを挟む身体の中からあふれ出てくるのは魔力だ。これで精霊を誘い出す。師匠はまず精霊に強く『命令』しろと言うけど、俺はこれが凄く苦手だった。
もともと、人見知りで誰かに強く物を言うのが苦手なんだ。こういう感覚で精霊術を使うから、失敗をくり返すのかな。俺はやっぱり向いてないのかも。
「お願いだ、土を盛り上げてあの馬車を持ち上げて、優しく上の道に戻してあげて。人も、馬も生きてるからそっとね。……ソーッとだよ」
いつの間にか雨が強くなっていた。ウンディーネの力が強くなっているときに、他の精霊は積極的に動きたがらない。でも、俺は空に手を伸ばして必死に呼びかけた。
「ノーム! お願いだよ。俺の声を聞いて」
命令というよりそれは懇願だった。不意に、精霊が呼びかけに応えた感覚があって、俺の中から魔力がぐんぐん吸い取られていく。
……ちゃんと、ノームが応えてくれた!
俺の見つめる先で地面がぼこぼこと泡立ち、そこから小さなモグラのような土の精霊たちがたくさん顔を出した。今回は手乗りサイズのノームたちだ。
俺の切実な声を聞きつけた彼らは、雨で動きにくそうにしながらも、一斉に地面から飛び出して斜面を登り始めた。
「わ……お兄ちゃん精霊術士なの!?」
森の方に逃げてたフィルが声を上げた。俺の拳くらいの大きさのノームたちは荷馬車にワッと集まり、少しずつ押し上げ始める。馬はびっくりしたのか大きく嘶いたけど、しっかり掴まれていて落ちる気配はなかった。
ぐんぐん、荷馬車と馬が斜面を登っていく。
上の道に馬車の車輪がちゃんと着いた瞬間、ホッと安堵の息が漏れた。俺はへたり込みそうになりながら、雨で遮られる視界をしっかり斜面の上へと向けた。
「フィル、俺たちも行こう」
危ないからと離れてもらってたフィルを呼んで抱き上げ、俺は斜面を登り始めた。もちろん、ノームの手を借りている。近くにぽこぽこ顔を出すノームたちが足場になってくれて、俺はゆっくりだけど着実に登っていった。
そして到着まであと一歩と思ったとき、身体が師匠の結界をすり抜けたのを感じた。
「――あ!」
忘れてた。俺は村に向けて開いた『門』以外で、師匠の結界から出ちゃいけなかったんだ。キツく言い含められていたのに、また怒られる!
そう思った瞬間に集中が切れて、土の中から顔を出していたノームが大きく手を上げた。ばあ! と驚かすような仕草でニコニコしている。
いや、かわいいんだけどね。つぶらな瞳がとっても可愛いんだけど、足場として必要だった今じゃないんだよね!
「う、わっ……!」
ぐらっと身体が傾いてしまい、落ちる前にせめてフィルだけでもと、腕の中の小さな身体を道の上へ押し上げる。彼が這うようにして道に辿り着いたの見届けて、ホッとした瞬間、ぬかるんでいた足元がズルッと滑った。
「――ッ」
俺はそのまま後ろの空間へ、放り出された。そこには掴むモノもなにもない。あの馬車が引っかかった木からも距離があるから、そのまま下まで何もない場所だった。
ノーム、と助けを呼ぼうとした喉が一瞬詰まった。
俺を助けるためノームが押し寄せてきたら、どうなる? ただでさえ雨で緩んでいる地盤に穴をあけてしまわないか。このぬかるんだ斜面で土を寄せたりして、土砂崩れでも起こしたら大変なことになる。
初めて精霊術で人助けができたのに。助けられたおじさんも馬も荷馬車も、それにフィルも危険にさらしてしまう。
「……」
俺は、精霊術を使うのを諦めた。転がり落ちることくらいなんてことない。
山育ちのせいか身体は結構丈夫なんだ。ちょっとくらい怪我をしたって、数日動けなくなるくらいで済むだろう。師匠には怒られるだろうけど、そのほうが絶対いいはずだ。
「お兄ちゃん!?」
振り返ったフィルがびっくりした顔をして落ちていく俺を見ていた。
焦ったように小さな手が伸びてくるけど、彼に掴まったって支えられるわけがない。一緒に落ちるだけだ。俺はその手を掴むわけにはいかなかった。
「気にしないで、危ないから!」
「お兄ちゃん!!」
空色の大きな目を見開いたフィルの、悲鳴のような声が聞こえる。
そっか、さっきと違って目の前で人が落ちればそりゃあびっくりもするか。でも俺の心配はしなくていいから、そんな悲しい顔しないで……。
「――っとに、この馬鹿弟子がッ!!」
急に怒鳴られて身体がビクッと竦んだ。落下が止まり、透明な腕に抱き留められたかのように身体が浮遊感に包まれる。
何事かと思ってキョロキョロと周囲を見回すと、向こうから飛行魔法で師匠が飛んでくるのが見えた。この魔法、魔力をすごく多く使うって言ってなかった?
しかも重い物とか距離のあるもの……雨風の中飛ぶのはすごく大変そうだ。その三重苦がかかって師匠は大丈夫なんだろうか?
「お前何やってんだ! 結界から出るなってあれほど――……」
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