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一章 魔術師の森
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しおりを挟む師匠の綺麗な金髪は、雨に打たれてびしょ濡れだった。
呪符やビーズのたくさんついた服も、重たく水を吸って色を変えている。雨よけのマントも被らず急いできてくれたみたいだ。焦りを浮かべたそんな師匠の表情は、初めて見た。
師匠は浮いてる俺に手を伸ばして、空中に投げ出されていた俺を腕の中に抱き込んだ。ギュッと強く抱きしめられてようやく浮遊感がなくなった。
その瞬間、ドッといきなり心臓が大きく鼓動を響かせた。冷や汗が全身から噴き出して、身体が震える。怪我を覚悟してたわりに俺、結構こわかったのかも。鼻の奥がツンと痛くなって、涙が滲んできだ。
「し、師匠……ありがと」
震える声でお礼を言って、俺はギュッと師匠にしがみついた。触れた身体の温かさに安堵の息が漏れる。
不意に、雨にかき消されそうなフィルの声が聞こえてきた。
「お、にいちゃ……」
「あ? なんだこいつら」
フィルは上の道からこちらをのぞき込んでいた。俺は強くなってきた雨に目を細めながら、そちらに向けて声を張り上げる。
「お、俺は大丈夫だから、おじさんを起こして早く行った方がいいよ! 雨も強くなってるし!」
「……」
すぐ側で、状況を把握したらしい師匠の深いため息が聞こえた。
面倒くさそうに舌打ちをしつつも、師匠は俺を斜面の上の道まで連れて行ってくれる。ついでに横倒しになっていた荷馬車を直し、気絶してた馬とおじさんも起こしてくれた。
馬の捻挫した足も魔法で動くようになって、すぐにでも荷馬車を引けそうだ。師匠は治癒の魔法まで使えたの? すごすぎる。フィルと一緒に『すごいすごい』と手を叩いていたら師匠もまんざらでもなさそうな顔をしていた。
「俺は小屋に戻る」
「あ……はい。俺は、ちょっとだけ見送りに行って良いですか。あの、山道を抜けるまで」
雨はさらに強くなっていた。ぬかるんだ道を荷馬車がゆっくりと動き出すのをハラハラしながら見つめていた俺は、師匠にお伺いを立てた。
商人らしきおじさんはさっき御者台から降りてきて師匠に礼を言い、馬車の前に回っていた。馬の手綱を直接引きながら進むみたいだ。後ろの車輪が道からズリ落ちないように、フィルは後ろから馬車を監視しながら進み始めた。
「……勝手にしろ」
「ありがとう師匠! いってきます!」
師匠は吐き捨てるような言い方だったけど、俺は嬉々としてフィルの方へ走り出した。
「あの大きいお兄ちゃんも精霊術士?」
横に並んで「街道に出るまで送るよ」と言ったら、フィルはキョトンとした顔で俺を見上げた。少し迷った俺は、なるべく声を潜めて彼に耳打ちした。
前で馬を引いているおじさんからは距離があるから、大丈夫だろう。
「ううん。あの人はね、俺の師匠ですっごい魔術師なんだ。さっきの飛行魔法もすごかったよね」
「うん、すごかった! フワーッて飛んでた!」
「ね! やっぱり師匠は凄いよね!」
ちょっと興奮気味だった俺は、フィルが一緒に師匠を褒め称えてくれて嬉しくなってしまった。
内緒のはずの話をしてしまったけど、まだこの子は小さいし、魔術師を見たって誰かに言ったって、周囲は作り話だと思うだろう。
だから今だけ、師匠のすごさを一緒に共有できたらいいなって思ったんだ。
‡
それから数時間――荷馬車は街道に出るまでに二度ほど水たまりにはまった。
俺とおじさんで車輪を押して脱出して、そのうちに雨は小雨になっていった。俺たちは泥だらけになりつつ、何とか平坦な街道へ出る。
雨が止んできたのだけが幸運だった。おじさんは御者台の鞄を掴んで俺の方へやってきた。
「助かったよ。俺は商人のラムダ。しばらくはこの先の村で店を出すつもりだから、よかったら見に来てくれ! これは今日の礼だ。さっきのお兄さんにも改めて伝えて。ありがとうと」
「お兄ちゃん、ありがと。またね」
ラムダおじさんとフィルは笑顔で手を振って、街道をゆっくりと馬車を走らせ行ってしまった。この様子なら夜になる前に村に着けるだろう。
おじさんが最後にくれたのは小さな紙の包みで、何だろうと思って開けてみたら……なんと岩塩の塊だった。俺の親指の爪くらいの大きさがある。
「うわあ……塩だ! 綺麗な結晶!」
このあたりだと塩はかなり貴重だった。海が遠いから海水で作られた塩はなかなか手に入らなくて、採掘される岩塩だけが頼り。それも質が悪いものだと砂が混じっていて、美味しくない。
師匠はどこかにツテがあるのか、調味料がなくなるとよくフラッとでかけて行ってコショウや塩や唐辛子なんかを一通り仕入れてくる。
でもそれが貴重なのはわかってるから、俺は毎日の料理にちびちびと少しずつ使っていた。パンとか、絶対に塩を入れないといけない料理には惜しまず使うのがポイントだ。他はハーブなんかで誤魔化しつつ、美味しい料理になるよう努めている。
「すごい。いいもの貰っちゃった」
ふふっと笑って紙の包みを鞄に入れた。それから俺はすぐに違う道を通って斜面の下まで戻り、小屋への帰り道を急ぐ。
雨が上がった空は雲が切れると明るく、夕飯までにはまだ時間がありそうだ。手に入れた塩のおかげで、しばらく色んな料理がつくれそう。師匠は喜んでくれるかな。また美味しいって思ってくれるといいんだけど。
人を助けることができて、精霊術も今までにない大成功をして、俺はうきうきしながら森を走っていた。このときはまだ、良いことをしたなっていう満足感にだけ包まれていたんだ。
「……遅かったな」
「ヒッ……すみません、じゃない、ありがとう師匠」
家に着くと、腕組みして待ち構えていた師匠が、風呂を用意してくれていた。
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