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一章 魔術師の森
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しおりを挟む泥だらけだった俺は「来い」と低く言われて縮み上がり、そのまま師匠の太い腕にぶら下げられて風呂場へと拉致される。
持っていた鞄がぼとりと床に落ちた。エレンが銜えて部屋に持って行ってくれるのが視界の端に見えた。いや、そうじゃなくて助けて欲しかったな、エレン。
家の裏手に作られた風呂場に入ると、大きな木製の桶になみなみとお湯が用意されていた。師匠はもう入った後なのか、護符のない白いシャツとズボン姿だ。俺は洗い場に下ろされて、泥だらけのフードを引っぺがされる。
そのまま中の上着も脱がされはじめて俺は慌てた。
え、なんで服を脱がされてるの? 俺が風呂に入るのに、なんで師匠もここにいるの!?
「ギャー! 自分で脱ぐから! 子供じゃないんだから!!」
「うるせぇ、ごちゃごちゃ言うな! ガキじゃねぇなら大人しくしてろ!」
「何そのへりくつ! ワーッ! 熱い! お湯が熱いって!」
雨で冷え切った身体に頭から湯をかけられて、俺は悲鳴を上げた。
温度はいつも通りだったのかもしれないけど、冷えて感覚のなくなった俺の身体には熱湯みたいに感じられた。
その湯で、泥だらけだった服から茶色い汚れが流されていく。確か泥はそのまま乾かしてカラカラになったところをブラシで落とした方が……いや、もう言っても無駄かなこれは。
「……氷みてぇな手しやがって」
俺の手首を掴み、チッと舌打ちをした師匠は手桶の湯に水を足してくれた。でもそれをまた俺の頭からザバッと乱暴にぶっかける。ケホケホとちょっとむせた。鼻にも入ってちょっと痛い。
なんで水でうめてくれる優しさはあるのに、かけ方には優しさの欠片もないのかなあ!?
「あの、師匠、俺自分で」
「黙ってろ」
「……」
服を全部引っ剥がされて裸になると、石けんを泡立てた師匠の大きな手が俺の身体を撫でていった。髪まで解いて丁寧に洗ってくれて、何度かかけられた湯のおかげでいつの間にか身体も温まっている。
ザバッと最後にかけられたときには、水でうめたお湯はすこしぬるく感じたくらいだ。師匠も俺の反応の違いに気づいたのか、泡を流した後はそのまま俺の身体を抱き上げて丸い風呂桶の中に下ろしてくれた。
あったかいし気持ち良いし、最初はやめてくれーと思っていたのにすっかりホカホカになってしまった。すごく眠い。雨に打たれるって結構体力を使うんだよね。洗われながら最後ちょっとウトウトしてしまった。
「……おい、ルイス」
「ひゃいっ」
温かいお湯に腰まで入り、ほやんと心地良くなっていたら、急に低い声で呼ばれた。ビクッと震えて返事の声も裏返ってしまう。腕まくりにズボンの裾まで上げた状態の師匠が、洗い場の狭い空間で腕組みして俺を見下ろしていた。
ひいっ、怒ってる! 今日はそこまで雷落ちないかなと思ってたら違った!
俺はしおしおと萎れた感じに湯船の中で正座して、雷が落ちるのを待つ。
「どうしてあのガキ共を助けようと思った」
「えっ……どうしてって」
怒鳴られるのを覚悟して身構えていたのに、降ってきたのはそんな問いだった。そろりと顔を上げ改めて師匠を見ると、ただ怒ってるのとは違うようだ。
悲しい? いや、悔しそう? うーん、それも違う気がするな。
「だって、困ってたし」
「困ってたら誰でも助けんのか。身がもたねえだろ」
「で、でも、放っておいたら死んじゃってたかも」
「……アレの生き死にが、どうしてお前に関係ある。知り合いでもないくせに」
「えっと、……それはそうなんだけど」
怒鳴られるわけでもなく淡々と追いつめられると、つい口ごもってしまった。あのときはそれしかないと思って行動したけど、師匠はそうじゃないって言いたいのかな。
長い年月生きてきて、いろんな経験をしてきた師匠はこういうときの『正解』を知っているのかもしれない。
確かに、俺なんかが短絡的に出した結論が正しいとは言えないのかも。でも、俺は何度同じ場面に出会っても同じようにあの子を助けたと思う。
「見捨てて、後悔したくなかったから、かな」
「……」
「俺が何もしないことで起きた出来事を、後から『こうしておけばよかった』って思いたくない。それだけだった。でも人助けなんて大それたこと、俺には難しかったよね。……師匠、いっぱい迷惑かけてごめんなさい」
手を伸ばして、師匠の白いシャツの裾を握った。水分を含んで布が色を変えてしまったけど、どうしても離したくない。
くん、とシャツをまた引っ張ったら師匠はため息をついて身を屈めてくれた。
「師匠、ありがと」
湯桶の中に膝立ちになって、屈んでくれた師匠に抱きつく。腕なんか回らないくらい師匠の背は広いから、首にしがみつくみたいになっちゃうけど。ギュッと抱きついたら師匠の手が俺の背に回った。
また深いため息が耳元で聞こえる。でも師匠がまとう雰囲気は、ピリピリしたものからいつもの調子に戻っていた。
「お前がいたら、いくら魔力があっても足りねえわ」
「ごめんなさい……」
毎日毎日迷惑をかけて、本当に申し訳ありませんでした……。
しょぼくれた俺の頭に大きな手を置き、ぐりんぐりんと乱暴に撫で回して、師匠は俺から離れた。だるそうに濡れたシャツを引っ張り、顔を顰めつつ風呂場から出ていく。
「あっ、師匠! 今日はウサギ肉とハーブのスープなんで!」
昨夜下ごしらえしてしっかり煮込んでおいた夕食のメニューを知らせる。すると師匠は一瞬だけ驚いたような目で俺を見て、ふはっと吹き出して笑った。
「ちゃんと温まってから出てこい」
「はぁい!」
縮こまって湯船に肩まで浸かっていると、フワフワと紫色の花が湯の中を漂っているのに気がついた。胡椒の粒みたいに小さな花は、一年のうち今しか咲かない薬用のハーブだ。
身体を温めて、気持ちを落ち着ける効果がある。摘んで乾燥させたものを村に売りに行くと喜ばれるんだよね。
湯に浮いているこれは、乾燥したものじゃなくて摘んできたばかりの花だ。
「……わざわざ採ってきてくれたのかな」
まさかね。いやいや、本当に?
両手で湯をすくって花の香りを吸い、俺はしばらくその優しい香りを楽しんだ。
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