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二章 王都と精霊術士
1
しおりを挟むフィルたちを助けた日の雨はその後も一週間ほど降り続いた。また洗濯物が乾かないな、と思いながら過ごしていたある日のことだ。
今日も俺は水のウンディーネの起こす『奇跡』に失敗して川を氾濫させ、森の一部を水浸しにしてしまった。師匠は呆れた顔をしながらも森を元の通りにしてくれて、俺への罰もいつも通り置いていく。今日は泥の山だ。俺はスコップで川の泥を山の際あたりに埋めに行き、黙々と作業し続けてやっと終わった頃には、夕日が北の山を染めていた。
――森を通り抜ける風がいつもと違うと気がついたのは、俺が小屋の前まで戻ったときだった。
日が暮れる前なら家の中で待っているはずの師匠が、急に外に出てきて俺を捕まえた。グイッと俺を家の方へ押しやり、師匠は空を睨み上げる。
「どうしたんですか、師匠」
「……客だ」
低く、聞いたことのないような冷たい声で師匠はそう言った。
そして空を覆う暗い雲を睨み、しめった風に魔術式の詠唱を乗せる。すると、カーテンが引っ張られるかのようにふわりと森の結界が開いていった。
その直後、雷に似た大きな音が響き、光る白いカーテンが無理矢理こじ開けられるのが見えた。
「――ッ!?」
驚いて辺りを見回すと、先日フィルが落ちてきたあの斜面の道にたくさんの人影が見えた。
色とりどりの髪色に白い服を着た男たちが、武器を片手に一斉に斜面を滑り降りてくる。髪色からしてどうやら精霊術士らしき集団は、風の精霊シルフの手を借り、瞬く間にこの小屋の前まで押し寄せてきた。
近づいてくる間にも肌を刺すのは、精霊術士たちからの敵意だ。三、四十人はいるだろうか、その誰も彼もが、師匠の方を睨んで殺気をむき出しにしていた。
いきなり現れて、なんて失礼な奴らだろう。俺は握り込んだ拳にギュッと力を込めた。
家の前にずらりと並んだ精霊術士の中から、白い服に金の縫い取りがある一際派手な装束の男が前に進み出た。
「貴様がこの森に住む魔術師か」
「そうだが。どこから聞いたんだ?」
「通報があった。この先の村からだ」
ふん、と反応したきり師匠は黙ってしまった。こんな失礼な態度をとる相手には、容赦しないと思ったんだけどな。
それにどうしてだろう、師匠は俺に背を向けたまま振り返りもしない。まるで存在自体がないかのように俺を無視していた。
「金髪に隻眼、外見の特徴は合致する。貴様が魔術師ゲニウス・シルバヌスだな、陛下がお待ちだ。王都まで同行せよ」
「俺の知ってる王は死んだだろう? 新しい王が何の用だ」
腕組みをしたまま悠々と話す師匠の声が聞こえる。でもまとう空気は張り詰めた糸のようで、今にも高い音を立てて切れてしまいそうに思えた。
「もちろん、貴様の『契約』した王から五代後の御方だ。だがお前にはこちらに来る義務があるはずだ。抵抗せず大人しくしろ」
「……面倒くせえな」
舌打ちした師匠は頭の後ろをガリガリと掻くと、不意に俺の方を振り返った。
やっとこちらを見たと思ったのに、師匠の目は俺の姿を映していなかった。もっと後ろの……家のほうを見ているような?
「おい、でかけてくる」
「えっ……はい」
いきなり言われて面食らった俺に、師匠は感情のこもらない平坦な声音で言った。師匠の手が一瞬だけ俺の髪に触れ、するりと指で梳くようにしてから離れる。
「なるべく早く帰ってくるからな」
その声は、不思議なほどに冷静だった。声音にもとくに動揺はみられない。
でも一瞬だけちゃんと俺を映した瞳だけは、何か激しい感情で揺れているように見えた。思わず手を伸ばしかけたけど、その手は空を切る。
「大人しく待ってろ」
師匠は大勢の精霊術士に囲まれ、首や手首に枷のような魔道具を取り付けられた。それが装着されたのと同時に、森を覆っていた白いカーテンのような結界がフッと消え失せる。
あれは、師匠の魔法を無効化するモノなのか? でも家のほうを見ても、灯りとか持続系の魔術は効いたままのように見えた。
さっき師匠が触れた俺の髪も、同じく真っ黒なままだ。もしかして、魔力を込めて魔法をかけ直してくれた?
「師匠……!」
呼びかけてみたけど、もう振り返ってはくれなかった。まるで罪人のように囲まれた師匠の後ろ姿が、遠ざかる。
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