落ちこぼれ精霊術士はドSなお師匠様に執着されてたみたいです

天城

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二章 王都と精霊術士

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 急に声を荒げる男の声が聞こえてきた。師匠を引っ張って歩いている精霊術士の一人だ。

 さっき最初に前に出てきて師匠に話しかけた男だったから、この集団の中では一番偉い立場なのかもしれない。

「……」

「王都を守るあの古い結界はお前が作ったんだろう? 原理を話せと言ってるだけだろう。俺たちは陛下からあれを再現するように言われてるんだ!」

 黙って歩いていた師匠が、男のその言葉でふっと吹き出した。くくく、と喉で堪えるような笑い声が夜の闇に響く。

「精霊術士が、あれを再現?」

「そうだ! 俺たちだって精霊に頼んで同じものを作らせれば……」

「普通の精霊には作れない。てめぇらみたいな凡庸な術士にも無理だ。諦めろ」

 淡々とした声音で師匠が言った。
 次の瞬間、ガツッと鈍い音がして師匠の身体が地面に転がる。精霊術士の男は顔を真っ赤にして腕を振り上げ、また師匠の腹を殴った。

「お前は精霊より上位の存在だとでもいいたいのか? ふざけるな! 『魔術師』なんてお高くとまりやがって、魔力が普通より多いだけの人間だろうが!」

 ガッ、ゴッ、と男の拳が何度もぶつかる音がした。

「――ッ!」

 俺は自分が透明になっているのも忘れて、その暴力を止めに入りそうになった。でもエレンの黒い尻尾に首をはたかれて、ハッとして踏みとどまる。
 今見つかったら師匠を助けるどころじゃなく、捕まって足手まといになるだけだ。我慢しないと。

「……お前が王都の結界を作って三百年、内側から魔力を吸われ続けてんのは知ってるんだ。自慢の魔力だってどうせ残りカス程度だろう? 知識を独占したいのは自分の価値を下げたくないからなんだろう、なあ! 希代の魔術師が落ちぶれたもんだな!」

 急に精霊術士は師匠を殴るのを止め、ニタニタと口元を歪ませて笑った。

「それでも王と結んだ隷属の契約はまだ有効だ。その右目の傷がある限り、王に『言え』と命令されればお前は逆らえないんだよ! 抵抗するだけ無駄だ!」

 男は師匠の金の髪を引っ掴むと、無理矢理グイッと引き上げた。護符やビーズの防御は何故か発動しないまま、涼やかな音を立てる。師匠の青い目は冷たく男を見上げていた。

「なんだその目は! お前が親友の死体の返還を願って取引したのは、周知の事実だ。今度も誰か交渉の材料にしてやろうか? あんな辺鄙なところに隠れ住んで、女でも囲ってたんだろう。戻って連れてきて――」

 ざわ、と周囲の精霊術士たちに動揺が走る。

「おい、誰か止めた方が……」

「やめろよこっちにとばっちりがくるだろ。あの方の魔術師嫌いは度を超してるよ……」

 脅迫までしようと思っているのはこの男だけなのか、他の精霊術士たちの表情には困惑しか浮かんでいない。
 でも、ひとつ確信したことがあった。やっぱり彼らには俺とあの家の様子が認識できてなかったんだ。女を囲ってるとか言ってるし。この怒鳴ってる男だけが、少し勘が鋭いのか一瞬だけ俺の存在に気づいた。でもそこに、弟子の男がいたとは思ってないらしい。
 その程度の度量で師匠を利用しようとするなんて、おこがましいにもほどがある。


「――その通り、俺は利用されるしかない。結界も強化しろってんならそうするさ」

 ため息まじりに師匠がそう吐き捨てた。

「結界も、理解できないだろうから詳しく言わなかっただけだ。……あれはエーテルを操れる者だけがどうにかできる。壊すも、再現も自由だろうさ。お前たちの中にソレがいるなら、やり方を教えてやるよ」

 殴られたときに口の中を切ったのか、師匠は自力で地面から起き上がると血の混じった唾液を吐き出した。

「結界に綻びでもできたか? 俺がピンピンしてるってことは、そんなはずはねぇけどな。じゃあ隣国との戦争でも始まるか。まあとにかく、今の王とやらに会ってやるから、話はそれからだ。……で? いるのか、今代のエーテルの精霊術士は?」

「――この、調子に乗りやがって!」

 激高した男に再び殴られても、師匠はもうそれ以上何も言わなかった。

「ああ、駄目だ。エーテルって……地雷踏んだよあの魔術師。神殿長様には禁句なのに」

「……なりたくてなれるもんじゃないからなあ」

 ぼそぼそと囁く他の精霊術士たちは、何もできず突っ立っているだけだった。彼らが光の精霊を呼び出しているせいで、森の中なのに周囲はとても明るい。
 よく見えなければまだマシだっただろうか? いや、苦しいけどそれも嫌だ。俺は握りしめた手のひらに爪が食い込んで、血が滲むほど耐えた。
 しばらくして息を切らせた精霊術士は、鼻息荒く肩で息をしながら、再び道を進み始めた。夜でもこのまま休まず進むつもりのようだ。俺は一団の灯りに便乗して隊列の一番後ろをついていきながら、腕にエレンを抱えていた。柔らかな毛皮に触れていると少しだけ気持ちが落ち着く。
 手がブルブルと震えていて、それが怒りなのか恐怖なのか、判断がつかなかった。

『どうしたのルイス。ゲニウスは大丈夫よ。あの無駄な筋肉を見なさいな、ボコボコ殴られたって大したことないわ。今も平気そうに歩いてるじゃないの』




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