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二章 王都と精霊術士
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しおりを挟む時間の許す限り何冊も開いて調べてみたけど、その頃の話はこの国で『神話』みたいな扱いになっていた。神殿には聖典としておかれていて、小さな子供も絵本でその話を知るらしい。もしかしたら村の神殿の出張所にも絵くらい飾ってあったかもしれないんだけど、俺は見た記憶がなかった。
その神話の概要としてはこうだ。
この国――アンセル王国は、三百年前に海側のエルム国へ港の使用許可を願い出た。常に不足している塩を求めての交渉だったという。
しかしその交渉は決裂し、両国の関係は戦争になるほどこじれてしまった。
アンセル王国は多くの兵でエルム国の港を囲んだが、海軍の強いあちらは要塞のように守りを堅めまったくつけいる隙がなかった。
攻めあぐねているうちに、逆に他国に侵略されたのがアンセルの王都だった。エルム国に主要な軍を差し向けている間、手薄になった王都は火の海になった。襲撃してきた隣国はエルムと手を結んでいて、アンセルは罠にはめられたのだった。
民は逃げ惑い、救いを求めたが王はなす術もなく国を明け渡すしかないかと思われた。
……その時、オパール色の髪と瞳を持つ精霊術士が現れ王都を救った。
全ての精霊を統べるその精霊術士は、原始の元素『エーテル』の精霊を従えていた。彼の助けで隣国の軍を退け、王都の火は消し止められた。
そして王は、アンセルの民であったその精霊術士に、エルムへの復讐を命じた。
港を攻め落としアンセルを勝利に導け、そのためならば極悪非道なエムル国の人間は何人死んでも構わない。そう命令された精霊術士は出兵したが、志半ばで力を使い果たし倒れてしまった。
一世に一人と言われるのがエーテルの精霊術士だ。アンセル最大の守りを失い絶望の淵にいた王の前に、奇妙な魔術師が現れた。
親友の亡骸を求めにきたとその魔術師は言った。そして、彼は親友の志を継ぎアンセルが今後絶対に他国に侵略されないよう強力な結界を張ると宣言した。
王はそれを受け入れ、魔術師に精霊術士の亡骸が還された。
魔術師の結界は想像を遙かに超えた強力なもので、他国の軍も魔獣の襲撃も全てをはね除けるアンセル王国の盾となった。
そして平和になった王国は、今も不可侵の結界で守られている。
「いやいや、コレでめでたしめでたし? なんで美談にされてるの」
おばちゃんたちとまかないを食べたあと、俺はまた神殿の図書館にやってきていた。何度見てもこの『神話』はおかしい。戦争を仕掛けたくせに被害者ヅラして要求してくる王様が我が儘過ぎるし、意味がわからん。
「王都の人たちはこれをありがたい『神話』として信じてるの? 文字が読めるのと内容理解するのって違う能力だったりする?」
『ルイス、貴方って意外と口が悪いわね。ゲニウスの影響かしら……』
俺が師匠から教わった文字の読み書き、計算、その他の一般教養はすごく役に立った。あんな田舎から王都に出てきたのに何一つ不自由がないのはすごいよ。
でもね、師匠の教育は肝心なところがごっそり抜けていたことに気がついてしまったんだよ。
一応アンセル王国に住んでいるのに、俺はこの子供から大人まで皆知ってるはずの神話を知らなかった。それだけでなく、精霊術士に比べて魔術師というのがすごく珍しい職業だというのも初めて知った。師匠みたいなすごい魔術師はそんなにいないとしても、世界にはもっと『普通』な魔術師ってのがいっぱいいるんだと思ってた!
これって俺に魔術の才能がなかったの、珍しいことじゃないでしょ! 小さい頃の俺はアレですごく落ち込んだのに、早く教えてよ!
それともう一つ。この神殿にたくさん積まれていた精霊術士用の教本を見たら、師匠が教えてくれた精霊術関連の知識がほぼデタラメなのがわかった。
かろうじて基礎あたりは合ってるんだけど、それ以降は全部違う。
基本的に精霊には『命令』なんかしちゃいけなくて、『遊ぼう』みたいな気軽さでお願いをするらしい。そうしないと相性の良い精霊だけがやる気満々で飛び出してきちゃうんだって。しかも強い言葉を使うと魔力が大量に流れすぎて、精霊術は大暴走してしまうので注意と書かれていた。
注意って! 教本にしっかりそう書かれていたんだよ! ちょっと、師匠? 俺の毎日の大失敗はこれのせいでは?
「もぉ~~ッ! 師匠、なんなの!」
本を開いたまま拳でぽかぽかと机を叩いてしまった。目の前に師匠がいたら同じように叩いていたかもしれない。仕返しがこわいけどこの件に関しては師匠が悪いと俺は思います!
『落ち着いて、ルイス』
「だってエレン~」
泣きそうになって机に突っ伏した俺は、さらさらと首を覆う黒髪に指を滑らせた。
この髪の本当の色を、ゲニウス師匠は知っている。辺境の孤児院はギリギリこの王国の領地ではなかったから、こんな神話は語られていなかったけど。
だから俺は、この髪色のせいでずいぶん「気持ち悪い」って苛められたんだ。それを、師匠だけが違うって言ってくれた。
『――オパール色の綺麗な髪だ。瞳も。お前は綺麗だ、ルイス』
今と変わらない、眩いくらい格好良い師匠が初対面の俺にそう言った。
怖い顔、なんて思ったのは一瞬だけだ。あの吸い込まれそうな青い瞳に見つめられて、俺は師匠から目が離せなくなった。
だから俺は、いきなり引き取られると聞いても驚かなかったし、孤児院を出るときは師匠にぴったりくっついて離れなかった。変態趣味の男に酷い目に遭わされるぞとか言う子がいても、全部無視した。それくらい、俺は初日から師匠にべったりだったんだ。
『この色は俺だけのものにしたいから、隠してもいいか?』
師匠がそんな風に言ったのは、子供を納得させるためだと思ってた。
どうしたって目立つ変な色だから、師匠は綺麗だって言ってくれても他の人たちを驚かせるから、違う色にするんだって。
「――全っ然、違う。俺が見つからないためじゃんこれ」
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