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三話
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しおりを挟む『ヴィン』
クロードにそう呼ばれると、奇妙な既視感をかんじるようになったのは、いつからだろうか。もともと何度抱いても餓えが治まらないのは不思議だったが、もやもやとした感覚がずっと腹の中で凝っている。
それがある夜、唐突に輪郭を結んだ。
激しい行為のあと気を失うように眠ってしまったクロードが、呟くように俺を呼ぶ。いや、呼んでいるのは本当に俺なのか。何故だか胸がザワザワして、吸い寄せられるようにクロードの口元に耳を近付けた。
ヴィン、とずっと呼んでいたのだと思っていた。でも時折混じる違う響きがある。
「……ヴィノード」
その異国の音を持つ知った名前を耳にした時、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。眠るクロードから離れ、上掛けをかけてやってからすぐに部屋を出る。そのまま宿舎には戻らず、俺は走って冒険者ギルドへ向かった。
‡
『お前んとこのじいさんは名の知れた冒険者だった』
あれは俺が十代の頃だ。ギルドに冒険者として登録し初めて依頼を達成した時、手続きをしてくれたおっさんが懐かしそうな目でそう言った。
俺は両親から祖父の事なんて聞いたことがなかったので、なに言ってんだこいつという目で見てしまったが。
しかしギルドにいると、出るわ出るわ俺の祖父だという冒険者『ヴィノード』の思い出話が。
薬屋のばあさんはちょっと頬を染めながら『いい男だったわ』。元鍛冶師のじいさんは『異国から流れてきたのにすぐこの街に馴染んだ男前の変わり者』、ギルドのおっさんは『高ランクであの頃の冒険者達の憧れ』等々、好意的な言葉ばかりで、正直引いた。
見た事も聞いたこともなかった俺の祖父が、なんとこの街じゃ有名人だったとかいう。まだ若かった俺は、へぇ~っと適当な相槌を打つしか出来なかった。
ヴィノードがこの街に来た時、若く見えたが三十路は超えていたらしい。頭に布を巻いた乾燥地帯の民族衣装で、堂々とギルドに入ってきて『登録は出来るか』と聞いてきた。褐色肌に砂色の髪、黒にも見える濃紺の瞳をしていて、男は酷く目立っていた。下手をすれば喧嘩のひとつもふっかけられそうなものだが、愛想が良く、するりと集団に馴染んでしまう不思議な男だった。
飛び抜けた戦闘能力を持ち、どんな武器でも自在に操り、ソロでもパーティーでも戦えるオールラウンダー。すぐにあちらこちらのパーティーから誘いの声がかかったが、どこかひとつに決めることなく、のらりくらりとかわしていたらしい。
そんなヴィノードだったが、ある日忽然と姿を消した。
――そして二ヶ月後、野犬が掘り起こした森の土の中で死体となって見つかった。遺留品でどうにか判ったくらい死体の損傷は激しかったらしい。嘆き悲しんだ街の人々が彼を教会に運び、一部白骨化した死体を復元魔法などを使い調べたところ、複数人に囲まれ滅多刺しにされたのだとわかった。しかもその剣は盗賊やごろつきの使うようなナイフではなく、かなり鋭利で手入れのされたサーベルだった。
そんなもの一般庶民が使えるわけがない。使えるのは、貴族お抱えの護衛か王都の騎士団くらいのものだ。
貴族関連、と判り誰もが苦々しい顔で沈黙するしかなかった。
ヴィノードがこの街で馴染みにしていた娼婦が、八ヶ月後に子供を産んだ。本当にヴィノードの子かどうかは怪しいものだったが、消された男を哀れむ気持ちの強い街の人々は、何くれとなく彼らを助けて見守った。子供のため娼館を辞めて働き出した女は可愛らしい褐色肌の娘を大事に育て上げ、彼女は街の服屋の男と結婚した。
そうして二人の間に生まれたのが、俺だ。なんの変哲もない髪色と瞳の色、ついでに肌の色も褐色じゃないし。
全くそのヴィノードを思い起こさせる所などないというのに、街の年寄り達は口々に『よく似ている』と言う。
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