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六話-02

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「半神様、私どもはなんとお呼びすればよろしいですか」

 エンジュが問い掛けてくると、彼の後ろにいた僧達がザッと一斉にこちらを振り向いて頭を下げた。ひっ、と息が止まりそうになったが、なんとか堪えて『ハル』と答えた。
 ハル様、ハル様。
 ざわざわと広がっていく彼らの声に熱っぽい感情が滲んでいる。それが少し怖くて、エンジュの首にぎゅっと抱きついた。ポン、ポン、と大きな手が宥めるように背を叩いてくれる。

「皆、持ち場に戻りなさい。……つむぎ、こちらへ」

 エンジュは集まっていた皆を散らした後、一人の尼僧だけを連れて歩き出した。
 僧には、女もいる。鬼族の頭領が酒の席で話していたのを聞いた。寺を襲った時は僧は皆殺しにして、尼僧は肉が軟らかいから犯した後に食うのだと言っていた。

「えん、じゅ」
「はい。お呼びですか、ハル様」
「……どこに向かってる」
「北の棟にハル様の部屋を整えさせましたので、そちらに」

 でも屋敷に冬青を置いてきてしまった。眷族だから離れてはいけないのに。後から冬青もここに来るのだろうか?そうでなければ、オレはまた一人になってしまう。

「冬青は」
「あの未熟者はいま頭を冷やしているところでしょうね。心配はいりませんよ」
「……でも、オレは冬青の眷族で」
「もう契約は済まされたのですか?」
「……」

 片手で腹の上を押さえると、エンジュはオレの手の上に触れてそこを確かめたようだった。

 ふ、と笑う口元が少しだけ意地悪で、何だか背がゾクッとした。

「この程度で主人ヅラですか、未熟者にも程がある」
「……エン、ジュ?」
「ええ、仮契約といったところでしょうか。状況は判りましたよ」

 北の棟、というところに着くと凄い勢いで人が行き来していた。何かを運び込んだり、運び出したり、数人で動いているので蟻の行列みたいだ。皆一様に僧の黒い着物をきているから、余計にそんな風に思った。

 こちらは終わりました、と声を掛けられた部屋にエンジュが入る。やはりこの大男達は部屋に入るとき頭を屈ませないと入れないらしい。屋敷がこの大きさなら、やはり冬青やエンジュが特別大きいのだろう。

「お茶でもいれましょうか」
「あ、……」

 畳の部屋に卓と座布団が置かれていた。尼僧が音も無くお茶をいれに行ってしまって、オレはそっと座布団の上に降ろされた。

 困った。早く死にに行かなければならないが、それとは別に冬青と離されてはいけなかったのに。眷族はそういうものだって言われていたのに、冬青は怒るだろうか。

 怒ったら、……さっきよりもっと怒ってしまったら迎えに来て貰えないかも知れない。せっかく、家族だって言ってくれたのに。

 ソワソワして辺りを見回しているオレに、エンジュは穏やかに話しかけてきた。

「何がそんなに気にかかるのですか。あの未熟者のことで心を乱される必要はありませんよ」
「……でもオレは眷族で」
「まだ、仮契約でしょう」
「でも、……でも、口吸いしないと」
「……は?」

 落ち着かなくて自分の尻尾を引き寄せてぎゅっと抱き締める。根元にはめられた金属が唯一の繋がりのような気がして、無意識にそこを撫でた。

「眷族は人間と、口吸いしないと妖力と霊力が混ざらないから」
「……は」
「それと、身体もたくさん触らないといけない。毎日冬青に胸とかお尻とかを触ってもらわないといけない。オレの胸はとくに小さいから、たくさん触って貰わないと」
「……ほう」
「夜は、冬青の指で解して貰わないといけなくて、あっ今日は、口でさせてもらおうと思っていて、それで」
「……なるほど」

 オレの今日のおつとめを指折り数えていたら、微笑んでいたはずのエンジュが笑ったまま固まっていた。卓についた手が僅かに震えていて、みしり、と卓の足が変な音を立てている。

「エンジュ?」
「……はあ、予想以上に重傷ですねあの男は。私が責任持って説明致しますが、今ハル様が仰ったような性的な接触は眷族だからといって必要なことではありません。冬青殿の趣味です」
「……え」
「それは強制されるものではありません。義務でもありませんよ。……ただハル様が我ら人間に、御身に触れる幸福を下賜されるのでしたら、皆喜んでご奉仕させて頂くでしょうが」
「かし?」

 すぐには理解ができなくて眉を顰めていたら、エンジュはオレの側に移動してきて、畳の上に正座した。そしてそのまま、滑らかな仕草で頭を深く下げた。オレに向けて、額をつくような礼をしている。

 立派な大人の男の人が!こんなオレに頭を下げてるなんて!

 半妖なんかに何をしているんだろう。早く起こさなくてはと思うのに、驚き過ぎて身体が固まってしまった。

「ハル様。どうかわたくしに、御身に触れる許しを頂けませんか」
「は、……え、う、うん……?」

 早く顔を上げて欲しくて、勢いで頷いてしまったらエンジュはにこっと微笑んでオレを見上げた。そしてすぐさまオレの脇に手を差し込んで抱き上げてしまう。

「寝所を用意せよ」

 湯気の立つお茶を卓の上に残して、オレは入ったばかりの部屋から連れ出された。
 
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