死にたがりの半妖が溺愛されて幸せになるまで。

天城

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九話-02

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 そうして話しているうちに、かなりの距離を進んでいたようだ。幾重にも掛っていた結界を通り、『門』を抜けて一つの社の前に辿り着く。

 鳥居を入ってすぐ、横道が階段になっていて、薄暗い祠に続いていた。外は真っ昼間だが、その中はじっとりとした闇に包まれている。

 灯りを手にしたつむぎが先導し、階段を降りていった。その後をエンジュに抱かれたまま降りていく。この祠は入口が縦に大きく作られていて、エンジュでも屈まず入れるようだった。
 いや、彼らのためにある入口だからこうなのか。

「お待ちしておりました、槐様、ハル様」

 階段を降りきった土床の広間には、篝火が焚かれていた。牢の前にはあの大斧を手にしたきぬがいる。
 きぬ、と思わず小さく呼んでしまったら向こうで『はい、ハル様』と返事をしてくれた。ほわ、と胸の真ん中が暖かくなる。

 やっぱりオレはきぬが優しくしてくれた記憶を忘れたくないみたいだ。

「旦那様に事の次第を伺った時には本当に驚きました。愚の骨頂ともいえる旦那様の所業についてはわたくしからもキッチリと言って聞かせましたが、何より、まさか槐様が人攫いの真似事のようなことをされるなどと誰が思いますでしょう。本当に、驚きましたわ」

 オレがモゾモゾとエンジュの腕から抜け出してきぬの方へ行こうとしたら、そっと後ろから抱き締められて止められた。
 え、と仰向いて見上げる。エンジュは張り付いたような笑顔できぬのほうを見ていた。

「人攫いとは人聞きの悪い。あの時の冬青殿は、とてもハル様を返せる状態ではありませんでした。尊き半神様をお守りするため、避難場所として碧の家をお貸ししたまで」
「原因は旦那様にありますので反論はごもっとも。ただの嫌味でございます。……ハル様、旦那様にはたくさん灸を据えましたのでご安心なされませ。さあ、久しぶりにきぬのだっこはいかがですか」

 ハッとしてきぬの方へ駆け出すと、エンジュはそれ以上引き留めなかった。

 ほんの数歩の距離を走り抜けて、手を広げるきぬの胸に飛び込む。
 ぎゅっ、と抱き締められて良い匂いに包まれた。尻尾が無意識にブンブン振れてしまう。でもすぐに恥ずかしくなって、腕を緩めた。

「き、きぬ……ええと、ただいま」
「お帰りなさいませハル様。やはりハル様の住み処は黄家でございますものね、お帰りになられた、と解釈して宜しいですね」
「?……うん、帰ってきたよ」
「ああ、可愛らしいハル様。きぬは幸せです。腕によりを掛けてお食事も用意しておりますし、着物も帯も髪飾りまできっとお似合いになるという逸品をとり揃えてお部屋に置いてございます。あとで一緒に見てくださいませ」
「うん、ありがとうきぬ」
「ハル様がご不在の間、屋敷は空の太陽が消えたようでございました――」

 きぬの立っていた場所は、格子の戸を背にしていた。その向こうから、ガチャンと鍵を外す音がしてのそりと人が出て来る。屈んだ背を伸ばして土床の広間に出てきたのは、冬青だった。

 白の袴と着物、羽織は黒で金糸の紋様が描かれている。そしてその手には、大男の冬青の身の丈ほどもある大太刀が握られていた。
 その鞘が、ドン、と床に突き立てられる。

「きぬ、お喋りが過ぎるぞ」
「申し訳ございません旦那様」
「――ハル様、槐様、お待ちしておりました。鬼達は奥の牢へ閉じ込めております、こちらへ」

 冬青は硬い表情でそれだけ言って、すぐに背を向けてしまった。来た時と同じように格子の戸の方へ、先導するように先へ歩いて行ってしまう。その背を見送ったままオレは身動きがとれなかった。

 冬青と、一度も目が合わなかった。

 オレはずっと冬青を見ていたけど、向こうからは逸らされていたからだ。ブルブルと手が震えて、指先から冷たくなっていく。

 きぬが抱き締めてくれたから、おかえりって言ってくれたから、当然のように冬青も同じようにしてくれると思っていた。でも、違った。まるで拒絶するみたいに向けられた広い背中が、オレの喉をきゅっと締め付けてるみたいに、声が出ない。

 エンジュのところに行ったから怒っているんだろうか。もうオレみたいな半妖に興味もなくなって、いらなくなってしまったんだろうか。

 よそよそしく、ハル様、なんて呼ばれたのも怖いだけだった。繋がりが遠くなってしまったように感じる。
 どうしよう、オレはもうここに居ていいのかさえ判らない。


「そ……そよご、あの……」

 きぬの手を握ったまま震える声を絞り出して呼んだら、ふと足を止めた冬青がこちらを振り返った。それに安堵して、まだ無視はされないんだと思いもう一度呼びかけようと口を開く。

 刹那、オレの横を目にも止まらぬ速さですり抜けて行った影があった。勢いのまま冬青に近づき、その頭をぶん殴ったのはエンジュだった。

 ゴッ、ともの凄い音がした。
 身体の大きな冬青が吹っ飛んで土の壁にぶつかるほどだ。オレだったら首が折れてたかもしれない。考えただけでゾッとする。

「……何故殴られたのかも、説明しなければ判らないほど愚か者ですか貴方は」

 低い、胃の腑が縮み上がるような声音でエンジュが言った。静かな声だったのに不思議とはっきり聞こえる。
 エンジュのそんな冷たい声聞いた事がなかったからビクッとしたけど、怒鳴ってるわけじゃないからドキドキするだけだった。

 きぬにギュッと抱きついてすりすりして、気を落ち着ける。きぬはそっとオレの肩に手を回してくれた。良い匂いがオレを包む。安心する匂いだ。
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