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九話-03
しおりを挟む「お前が最優先にすべき事は何か考えなさい」
「……申し訳ありません、槐様」
壁に寄りかかるように倒れていた冬青はむくりと起き上がり、ずんずんと歩いてこちらに戻ってきた。そしてオレの側に寄るとすぐ頭を低くして膝をつく。
目線がオレより下になって、腫れたこめかみ辺りから血がだらだらとしたたり落ちてるのが見えた。エンジュはとても力持ちらしい。殴られた跡はひどく腫れるだろう。
「……ハル様、謝罪が遅くなり申し訳ありません」
「ハル、だよ。冬青」
「……。ハル、ありがとう。先日は大きな声を出してすまなかった。決してハルに怒ったわけじゃないんだ。これからは大切に守ると、絶対に傷つけないと誓うから……俺のところへ帰ってきてくれるか?」
「うん。……ただいま、冬青」
大きな頭に抱きついて、ぎゅむっとくっついたまま顔をすり寄せる。『おかえり』と囁かれてその言葉の温かさに胸がいっぱいになった。
まだ血を流している腫れた箇所を舌でてちてち舐めて、そこをきれいにする。
冬青はそのまま俺を抱き上げて、ホッとしたように息をついた。
「いいところなしですわ、旦那様。槐様がやらなけばわたくしが殴っておりました」
「……きぬ、どちらの味方なんだお前は」
「黄家はわたくしの所属する家ではありますし、仕えているのは旦那様ですが、わたくしが全身全霊込めて愛でておりますのはハル様ただお一人です」
きぬと冬青の会話を、向こうにいるつむぎが複雑そうな顔をして見つめていた。
オレはこの二人とても仲が良くていいと思う。影とか主従とか、人間のしきたりはよく判らないけど。
そのまま奥の牢へと全員で向かった。オレは冬青にしっかり抱き締められたままだ。とく、とく、と分厚い胸板から心臓の音が聞こえてきて、凄く落ち着く。
久しぶりの冬青の腕は、あたたかくて気持ち良い。
気がつくと尻尾が無意識に揺れてしまってた。恥ずかしい。
「ハルを拾った川原付近に現れた妖魔は、五人だった。全員が鬼の血を引く妖魔で、その中の一人は純血種のように感じられた。潜在能力は高いだろうが、あまり術の練度は高くない。捕縛は容易かった」
その牢の前に辿り着くと、目隠しと口輪、それに縄をかけられた妖魔が台の上でうつ伏せにされていた。そんな状態でも、彼らがあの妖魔の里の鬼達だとすぐに判る。崖から落ちたあの日、オレを追い回していた奴らだ。
ゾゾ、と背を冷たいものが走り抜けて、オレは身体を震わせた。
「ハル、見覚えのある鬼か」
「……うん」
オレが震えながら頷くと、「そうか、ではこいつらが」と小さく呟いた冬青は牢屋番に声をかけた。オレを降ろし、きぬに預けてから牢の中に入っていく。
五人の鬼に一人ずつ退魔師が付き、光る縄を掴みながら口輪と目隠しを外す。すぐさま鬼達は口汚く人間を罵り始めた。
下手をして捕まったのは自分達なのに。
結界から出るという愚行を犯した結果なのに、何故それを人間のせいにして騒げるのだろう。
「……ハル!!」
ビクッと身体が無意識に跳ねた。
燃えるような赤髪の、鬼の頭領の息子の声だった。幼馴染の暴君がオレを見つけて驚いたように目を見開いている。他の鬼達もオレに気付いて呆然としていた。
向こうは牢の中で拘束され身動きが取れなくなっていて、反対にこちらは自由の身で身なりも髪も爪も肌も里にいた時よりずっと整えられて見えるだろう。
彼等がどう思うかなんて、すぐにわかった。
「お前、里で育てられた恩も忘れて裏切ったのか!!」
「……ッ」
「里の情報を人間に売ったんだろう!そうじゃなきゃあんな場所に人間がいるはずねぇ!」
叫ぶ頭領の息子の声は、不思議な自信と力に満ちていた。
他の鬼もそれに便乗して、オレを裏切り者と罵って嘲り脅してくる。
いつもこうだ。こいつらは、どんな状況でも苛められる対象を見つけると活気づく。
調子に乗って、まるで自分が遥か上位の存在になったかのように天狗になって、オレを踏みつけにしてくるんだ。
これが里に知られればお前は酷い目にあって殺される、よくもこんな恩を仇で返すようなことができたな、親の居ないお前なんて野垂れ死にしても可笑しくなかったのに、と、次々投げかけられる言葉が突き刺さってきた。
かあさまが死んだ後、オレの面倒は里でみた?
そんなはずない。形式上任せられただけのユキは、オレの面倒なんかほとんどみなかったし、食事は掘り返しただけの芋や果実を放り渡されるだけだった。
できることは全て自分でやった。逆に与えられる仕事はいくらこなしても報酬を貰えることはなかった。村の子供達は食事やお駄賃をもらえていたのに。
「所詮お前にも売女の血が流れてんだ!人間に媚びてすり寄ったんだろう!クズノハと同じように股開いて手懐けたんだな!そんな貧相な身体に欲情できんだから相当な物好きの変態だな!」
ヒュ、と氷を飲み込んだように、息をする肺が冷えていく。
逆に腹の奥底から燃え上がるような怒りが立ち上り、全身の血を沸騰させていった。噛み締めた牙がギリリと鳴って、握り締めた拳の中に爪が食い込む。
オレの事は何度辱められたって、好き勝手言われたって構わない。でもオレの家族のことは、お前達に汚されるわけにはいかないんだ。
「――ッ!!」
オレが一歩踏み出そうとした瞬間、ザンッと何か振り払うような音がして悲鳴が上がった。
狭い牢の中に濃厚な血の匂いが広がる。
端にいた二人の鬼の両足が落され、床に転がっていた。
鬼の血を纏った大太刀を再び振り上げた冬青は、全くの無表情だった。そして何の感慨もなく、ザンッ、ともう二人の両膝から下が切り落とされる。血しぶきと、悲鳴が上がった。
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