死にたがりの半妖が溺愛されて幸せになるまで。

天城

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十話-01

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 耳を塞ぎたくなるような絶叫が、鬼達の喉からほとばしる。鬼族の大人達なら人間の前でこんな失態は犯さないだろうが、彼らはまだ幼体の域を出ていない。

 精通もしていてオレを弄る時だけは一人前の顔をしていたが、今は年齢通りの鼻水足らした餓鬼だ。
 子どものように泣き喚く鬼たちの足元には血溜まりができていた。

 その血を草履で踏みつけながら、冬青が最後の一人に歩み寄る。恐怖に彩られた目が、オレの方を向いてブルブルと震えていた。

「ハ、ハル!今なら許してやる!早くこいつを止めろ!俺を助けろ!」

 許す気なんてないくせに、そんな無様な命乞いをする。
 オレは冷めた目で幼馴染を見つめていた。

 冬青の刃は無慈悲に振り下ろされ、……『キイィン』と涼やかな音を立てて跳ね返された。

 その瞬間、ぶわっと広がったのは白銀の光と柔らかい白檀の香りだ。

 かあさまの、匂いだ。オレが間違えるはずない、これはかあさまの術の気配だ。

「は、はははッ!!俺は鬼の頭領の息子だぞ!父上のくださった最強の守りを持ってるんだ、下賤な人間の刃など届くはずがないだろう!」
「護符か。……探せ」

 冬青の命令を受けて退魔師達が鬼の服の下を探る。程なくして首に掛けられた紐と木札を探し出したが、それに触れた退魔師は白銀の光に弾かれて倒れてしまった。

 それをみて、また鬼の子が笑う。死にたくなければ早く解放しろと高笑いを響かせた。
 護符が強いだけでお前の力ではないのに。

「どうしてお前がかあさまの護符を持ってるの」
「ひっ……」

 恐らく術具だろう金色の縄で拘束された鬼は、いまだに蓑虫みたいに転がされている。
 俺はその耳元に口を近付けて、どうして、ともう一度問い掛けた。オレはさっきまで、牢の外できぬと待っていたんだ。でも気がついたらかあさまの匂いにつられて此処にきていた。

 どうやって移動したのか、記憶が無い。

「なっ、なんだ、これは俺が」
「それはかあさまの作った護符だ。オレに判らないはずないだろう。どうしてお前が持ってる」

 かあさまは護符や札作りが上手だった。器用だから結界の組み上げもとてもきれいで、他人に教えるのも上手いから昔は色んな妖魔がかあさまに教えを乞いにきていたらしい。

 かあさまはオレに、『最強の護符を作ってあげるからね、少し待っていてね』と言っていた。自分がいずれいなくなるのが判っているかのような言い方だった。

 でも、かあさまが亡くなった時、遺品にはそれらしいものは何一つなかった。狭い家の中のほとんどが鬼に荒らされた後だったからだ。

「そ、そんなの父上が作らせたからだろう!クズノハは里に戻ってから、逃げ出さないよう山ほど札や結界石を作らせて妖力を消費させてたんだ!結界の維持もやらせてたし、父上は毎夜寝所で苛んで立場を判らせてやったと言っていた!」
「……弱らせて、た?」
「そうだ、本当はもっと長く飼って使い潰すつもりだったのに、急に結界の強化が必要になって早めに処分することになったと長老と話してた! だから代わりに里の男達の相手をお前にやらせたんだ」
「オレを生んだから、かあさまの妖力が弱まったっていうのは……嘘か」
「ひっ……」

 オレは護符を掴んでぐいっと引っ張った。
 バチバチと抵抗する力がオレの手を焼いたけど、そんな事気にしている余裕もなかった。

 嘘で固められた里の秘密が、オレの知らなかった事実が鉛のように喉を塞いで、息が苦しい。

 ガッ、ゴトンッ、ガタッ、と大きな物音がしてハッと顔を上げた。振り向くとつむぎやエンジュを含めた退魔師達が、手に退魔武装を握り締め、呆然とした表情でこちらに近づいてきていた。

 さっきまでこの牢と向こうを仕切る格子があったはずなのに、どうやらきぬが大斧の一閃で粉々にしてしまったらしい。得物を構えたきぬの目が、爛々と光っている。

「クズノハ様が……」
「弱らされ利用されて……? 妖魔の慰みものに?」
「結界に使用されたと……」
「鬼の頭領の寝所に侍らされていただと……?」

 口々に呟く退魔師達の言葉は、哀しみと絶望に彩られている。そしてそのまま、憤懣やるかたない気持ちの吐きだし方法として、武器を握り締めていた。

 鬼に向けられた憎悪と怨嗟は恐ろしいほど深く、その重みに気圧される。

 彼らの幽鬼のような動きに驚いたオレが身を引くと、エンジュが後ろから抱き留めてくれた。『こちらへ』と抱き上げて端に運ばれたが、後ろでは激しい打撃音と濁った鬼達の呻き声が上がっている。

 再びあの護符が光り、そこに白銀の雷のようなものが落ちた。雷を操っているのは真っ白な長い髪を靡かせた大男で、……色は違えどその顔には見覚えがある。

 護符が抵抗し火花を散らすのが見えてオレは慌ててエンジュの腕から降りた。

 まさかと思い光の中に目をこらしていると、エンジュが後ろからオレを抱き締めてくる。走り出さないように押さえられた感じだ。いま向こうに行ってはいけないんだろうか。

「我ら末裔は、力を一時解放して爆発的に能力を高めることができます。まだ近づくのは危険ですのでどうかご辛抱下さい」

 見上げると、エンジュの黒い髪が根元からすうっと白銀に変わり始めた。瞳の色も淡い灰色になり、縦長の瞳孔が神秘的な雰囲気を漂わせている。

 す、とエンジュの白い手が前に突き出され、紺碧の組紐がその手首から空中に浮かび上がった。
 オレ達の前にするりと大きく円を描いたそれは、飛んでくる術の影響や抉られた岩の破片などから守ってくれているようだ。

「妖狐の血を引く我々ですから、その姿は白銀の妖狐クズノハと似通っているようです。それでも白っぽい髪の者、銀髪の者、目の色も灰や青や金色と様々ですが」

 紺碧の紐はエンジュの退魔武装のようだった。
 派手な武器ではないけれど、妖魔のオレには判る。息苦しいほどの圧迫感と、首の後ろがチリチリするような危機感が細い紐から感じられた。
 あれと絶対に戦いたくないという、こんな冷や汗が出る感覚は初めてだった。

「ハル様のような可愛らしい耳も尻尾もありませんが、牙はございます。ハル様とおそろいですね」

 抱き上げられ、顔が近づいてビクッとする。
 穏やかに微笑んだエンジュは口を開けて牙をオレに見せてくれた。真っ白で少し尖っていて、並びの美しい牙が見えてオレはちょっと居心地が悪くなる。

 獣の習慣でいうと口の中というのは、とても親しい相手に見せるものだ。子どもが甘えて親に見せたり、親が毛繕いのついでに子どもの口も開けさせたり、とにかくそんなに簡単に他人に見せるものじゃない。
 けれど、人間であるエンジュはそれを知らないから、無防備に口の中を見せてきたりするんだろう。
 言うべきだろうか、どうしようかと迷ってしまった。

 エンジュが口を開けて見せてくれるのは、実はちょっと嬉しかった。
 ずっと穏やかにオレの世話を焼いてくれていたエンジュが、オレに甘えてくれてるみたいでムズムズしてしまう。

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