嫁き遅れた逞しいオメガ、龍人アルファに娶られる

天城

文字の大きさ
1 / 17

1話 嫁き遅れたオメガ

しおりを挟む



「えっ……旦那様が亡くなった?」

 耳を疑うようなその言葉に、俺はつい聞き返してしまった。すると冷たい目をした使用人の男が何度も言わせるなといわんばかりの態度で同じ言葉をくり返す。

「婁(ロウ)家の旦那様は昨夜遅くにご逝去されました。貴方様との婚姻はまだ成立しておりませんでしたのでこのままご実家へお帰り下さい」

 取り付く島もないその様子に「そんな……」と上げかけた声を飲み込む。その間に無情にも目の前の扉はバタンと音を立てて閉められてしまった。困ってしばらくうろうろとしていたが、はぁとため息をついてそこを離れる。
 あの男より前に対応にでた侍女は俺を明らかに警戒していて、顔を見るなり「遺産目当てなんでしょ! 帰りなさいよ!」と竹箒を振り回してきた。なにがなんだかわからず逃げ回っていたら先ほどの男が出てきて侍女を止めてくれた、というわけだ。害そうという意志がないだけ使用人の男のほうがましだったのかもしれない。

「はぁ……」

 立派な扁額の掲げられた門を見上げ重厚な木の扉から数歩退く。そして幅の広い石の階段を降りた。そこから敷地の外へ向かう門は遥か遠くに見える。
 とぼとぼとその道を歩きながら片手に持っていた大きな鞄を肩に担ぎ直した。手にぶら下げているよりこのほうが楽だ。
 荷運びのようで見た目が良くないからやらずにいたが、もう見栄えを気にする必要もない。嫁入りはたったいま破婚になったのだ。似合わない装飾過多の長衣も脱いで肩に担いだ。
 出かけに「二の腕が逞しすぎる」と言われて着せられたものだったがもう意味をなさなくなったし後で鞄にしまっておこう。

「……そろそろ昼時か。日が高いな」

 振り返ると、美しい瑠璃瓦が日の光に輝いて見えた。豪奢な造りの建物が連なり多くの使用人たちが忙しく渡り廊下を駆けている。
 家門の宗主が亡くなったのだ、これから大忙しで葬式の準備をするのだろう。
 俺はこの広い屋敷の所有者であるロウ将軍というアルファに嫁入りしてきたオメガだった。ロウ家は現皇帝の覚えもめでたく由緒正しい家門で俺みたいな商家の出のオメガが嫁入りするなんてまさに玉の輿と言える。
 家柄だけでなく将軍ご本人も有名だった。三十年続いていた北の部族との戦争で数々の戦果をあげた方だ。五年ほど前に引退してその後を指揮しているのは十代の王弟殿下だというが、それでも六十代まで現役だったのだから凄いことだろう。
 若い頃から戦場を駆け英雄であったロウ将軍も今年で七十歳、オメガの妻は五人いて、子どももかなりの数らしい。
 対して俺は今年で二十六歳、オメガとしては嫁き遅れもはなはだしい年齢だった。加えて言うならこれが初婚だ。情けないことに今まで婚姻が成らなかった理由は、俺のオメガとしての価値の低さだった。
 俺はオメガにしては少々身体を鍛えすぎていて、下手をすると並のアルファより逞しい肉体をしている。
 この身体のせいか数ある家門のアルファから遠巻きにされ、同じオメガからは指を差されてクスクスと笑われる始末だ。そんな笑い者のオメガの俺だったが、ロウ将軍は嫁に貰っても良いと言ってくださった。
 もう妻も子も飽きるほどいるからか、噂の《珍しいオメガ》を手に入れたくなったのか。悪食というか興味本位というか、失礼ながら理由となるのはきっとそんなところだろうと思う。アルファという類い稀な生を謳歌された方なんだろうな。
 昨夜ご逝去されたというが、五人の妻とたくさんの子に見送られたのであればロウ将軍も安心して輪廻の輪に戻れることだろう。

「さて、帰るか。まあいいさ、戻れば仕事はたくさんある!」

 重厚な門を出ると広い街路に出た。この通りを下ると一番賑やかな商店通りに出て、一里も歩けば実家に到着するはずだ。
 行きは父が手配してくれた馬車があったから乗ってきたが、まあ徒歩で帰れない距離じゃない。半刻もあれば実家に着くだろう。
 丁度よく都の中心にある鐘楼から時刻を知らせる音が鳴り響いた。
 昼を過ぎ、通りは軽食の屋台なんかで賑わう時間帯だ。折角だから何か土産でも買って帰るとしよう。

「翠(スイ)兄貴には団子か、餅か……蘭煙(ランイェン)には綺麗な飴がいいかな」

 商店通りへと歩き出した俺はすっかり嫁入りに来たことも忘れ、頭の中は土産物選びでいっぱいになっていた。




 俺の住んでいるこの泰藍(タイラン)国の住民の祖先は獣人だったと言われている。遙か昔は耳や尻尾の生えた獣の様な姿をしており、鋭い嗅覚や類い稀な運動能力などを生かして国土を広げた。
 獣といってもその姿は多種多様で虎や豹・獅子・狼などに留まらず、熊や鷹、はては龍までいたといわれている。今では血が薄くなり獣人の特性を発現する者は少なくなったが、稀に先祖返りで第二の獣性に目覚める子どもがいた。
 その子どもたちをタイラン国ではアルファ、オメガと呼んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

オメガなのにムキムキに成長したんだが?

未知 道
BL
オメガという存在は、庇護欲が湧く容姿に成長する。 なのに俺は背が高くてムキムキに育ってしまい、周囲のアルファから『間違っても手を出したくない』と言われたこともある。 お見合いパーティーにも行ったが、あまりに容姿重視なアルファ達に「ざっけんじゃねー!! ヤルことばかりのくそアルファ共がぁああーーー!!」とキレて帰り、幼なじみの和紗に愚痴を聞いてもらう始末。 発情期が近いからと、帰りに寄った病院で判明した事実に、衝撃と怒りが込み上げて――。 ※攻めがけっこうなクズです。でも本人はそれに気が付いていないし、むしろ正当なことだと思っています。 同意なく薬を服用させる描写がありますので、不快になる方はブラウザバックをお願いします。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。 オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

処理中です...