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1話 嫁き遅れたオメガ
しおりを挟む「えっ……旦那様が亡くなった?」
耳を疑うようなその言葉に、俺はつい聞き返してしまった。すると冷たい目をした使用人の男が何度も言わせるなといわんばかりの態度で同じ言葉をくり返す。
「婁(ロウ)家の旦那様は昨夜遅くにご逝去されました。貴方様との婚姻はまだ成立しておりませんでしたのでこのままご実家へお帰り下さい」
取り付く島もないその様子に「そんな……」と上げかけた声を飲み込む。その間に無情にも目の前の扉はバタンと音を立てて閉められてしまった。困ってしばらくうろうろとしていたが、はぁとため息をついてそこを離れる。
あの男より前に対応にでた侍女は俺を明らかに警戒していて、顔を見るなり「遺産目当てなんでしょ! 帰りなさいよ!」と竹箒を振り回してきた。なにがなんだかわからず逃げ回っていたら先ほどの男が出てきて侍女を止めてくれた、というわけだ。害そうという意志がないだけ使用人の男のほうがましだったのかもしれない。
「はぁ……」
立派な扁額の掲げられた門を見上げ重厚な木の扉から数歩退く。そして幅の広い石の階段を降りた。そこから敷地の外へ向かう門は遥か遠くに見える。
とぼとぼとその道を歩きながら片手に持っていた大きな鞄を肩に担ぎ直した。手にぶら下げているよりこのほうが楽だ。
荷運びのようで見た目が良くないからやらずにいたが、もう見栄えを気にする必要もない。嫁入りはたったいま破婚になったのだ。似合わない装飾過多の長衣も脱いで肩に担いだ。
出かけに「二の腕が逞しすぎる」と言われて着せられたものだったがもう意味をなさなくなったし後で鞄にしまっておこう。
「……そろそろ昼時か。日が高いな」
振り返ると、美しい瑠璃瓦が日の光に輝いて見えた。豪奢な造りの建物が連なり多くの使用人たちが忙しく渡り廊下を駆けている。
家門の宗主が亡くなったのだ、これから大忙しで葬式の準備をするのだろう。
俺はこの広い屋敷の所有者であるロウ将軍というアルファに嫁入りしてきたオメガだった。ロウ家は現皇帝の覚えもめでたく由緒正しい家門で俺みたいな商家の出のオメガが嫁入りするなんてまさに玉の輿と言える。
家柄だけでなく将軍ご本人も有名だった。三十年続いていた北の部族との戦争で数々の戦果をあげた方だ。五年ほど前に引退してその後を指揮しているのは十代の王弟殿下だというが、それでも六十代まで現役だったのだから凄いことだろう。
若い頃から戦場を駆け英雄であったロウ将軍も今年で七十歳、オメガの妻は五人いて、子どももかなりの数らしい。
対して俺は今年で二十六歳、オメガとしては嫁き遅れもはなはだしい年齢だった。加えて言うならこれが初婚だ。情けないことに今まで婚姻が成らなかった理由は、俺のオメガとしての価値の低さだった。
俺はオメガにしては少々身体を鍛えすぎていて、下手をすると並のアルファより逞しい肉体をしている。
この身体のせいか数ある家門のアルファから遠巻きにされ、同じオメガからは指を差されてクスクスと笑われる始末だ。そんな笑い者のオメガの俺だったが、ロウ将軍は嫁に貰っても良いと言ってくださった。
もう妻も子も飽きるほどいるからか、噂の《珍しいオメガ》を手に入れたくなったのか。悪食というか興味本位というか、失礼ながら理由となるのはきっとそんなところだろうと思う。アルファという類い稀な生を謳歌された方なんだろうな。
昨夜ご逝去されたというが、五人の妻とたくさんの子に見送られたのであればロウ将軍も安心して輪廻の輪に戻れることだろう。
「さて、帰るか。まあいいさ、戻れば仕事はたくさんある!」
重厚な門を出ると広い街路に出た。この通りを下ると一番賑やかな商店通りに出て、一里も歩けば実家に到着するはずだ。
行きは父が手配してくれた馬車があったから乗ってきたが、まあ徒歩で帰れない距離じゃない。半刻もあれば実家に着くだろう。
丁度よく都の中心にある鐘楼から時刻を知らせる音が鳴り響いた。
昼を過ぎ、通りは軽食の屋台なんかで賑わう時間帯だ。折角だから何か土産でも買って帰るとしよう。
「翠(スイ)兄貴には団子か、餅か……蘭煙(ランイェン)には綺麗な飴がいいかな」
商店通りへと歩き出した俺はすっかり嫁入りに来たことも忘れ、頭の中は土産物選びでいっぱいになっていた。
俺の住んでいるこの泰藍(タイラン)国の住民の祖先は獣人だったと言われている。遙か昔は耳や尻尾の生えた獣の様な姿をしており、鋭い嗅覚や類い稀な運動能力などを生かして国土を広げた。
獣といってもその姿は多種多様で虎や豹・獅子・狼などに留まらず、熊や鷹、はては龍までいたといわれている。今では血が薄くなり獣人の特性を発現する者は少なくなったが、稀に先祖返りで第二の獣性に目覚める子どもがいた。
その子どもたちをタイラン国ではアルファ、オメガと呼んだ。
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