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6話 美しい男
しおりを挟むにわかに外が騒がしくなった。声を聞きつけて侍女長が飛んできたようで、困惑した話し声が戸の外でしている。侍女長はこの塗籠の戸を背に庇っているらしく、その声は随分と近くに聞こえる。
「ああユエ様。シャオユエ様どうか絶対にお出にならないでくださいませ。わたくしたちがどうにかいたしますので、絶対にお出にならないでくださいませ」
泣きそうな声でそう囁いてくる侍女長の声が、ずっと震えている。俺は庇われるばかりで使用人たちが可哀想でならなかった。
ランイェンはとても強いアルファだ。きっと悪鬼の如く怒り狂って使用人たちを威圧しているのだろう。俺が一人出て行くだけで気が済むのであれば、それでもいいんじゃないか? そんな考えが頭をよぎる。
「何を騒いでいる! ランイェンお前か!」
唐突に、雷のような怒号が屋敷に響き渡った。
反射的に耳を塞いだがなかなかの衝撃だった。幼い頃から何とも聞き馴染みのある、父上の声だ。父もアルファなのでランイェンとぶつかればとんでもない攻防戦になりそうだった。虎と豹のにらみ合いのような。
「客が来ているというのになんという有様だ! なんだ、アルファの発現で暴走しただと? おい誰か、縄を持ってこい! 暴れるアルファなど枷で止める以外に方法があるか! これではおちおち息子にも会えぬわ! 部屋で謹慎させよ!」
ランイェンの声も聞こえたがほとんど父上の声にかき消されていた。それほどこの父の声は大きくてよく響くのだ。戸の外で安堵のため息をついた侍女長がこちらに声をかけてくる。
「ユエ様、旦那様がお客様と一緒におみえになっています」
「それは俺がこの状態で会って良い相手か?」
「……伺って参ります」
侍女長が戸から離れた間に俺は衣服を新しいものにして帯を締め、しっかりと着込んだ。昨日脱がされた上衣も端に畳まれていたので広げて羽織る。そうして待っている内に、トンと外側の木製部分を叩く音がした。
「ユエ様、かんぬきを上げて頂けますか」
「わかった」
返事をして戸に近寄り、鉄製のかんぬきを外す。頑丈なのは良いがこのかんぬきは女性やか弱いオメガには扱いにくいのではないだろうか?
そんなことを考えているうちに外から戸が開いた。観音開きで外に向けて開くので、サアッと明るい光が差し込んできて目を覆う。
まだ朝方で日の光は強くないはずだが塗籠の暗さに慣れた目には眩し過ぎた。
「――シャオユエ!」
不意に目に飛び込んできたのは朝日に輝く銀髪と、紅玉のような目をした美青年だった。「えっ」と戸惑いの声を上げる前に飛びつかれ、腰をギュウッと強く抱かれる。そのまま持ち上げられてしまい大いに戸惑った。息を飲むほど美しい顔が間近に迫ってきて、銀色の長い睫毛が頬に触れそうになる。彼の衣に焚きしめられた沈香がふわりと辺りに香った。
「ちょ、ちょっと……」
俺も体格には自信があったが相手はその比ではなかった。薄紫色の袖の長い上衣に隠れて見た目にはわからないが、触れた腕にはしっかりと筋肉が詰まっている。俺を抱き上げてもふらつく気配は全くなかった。
……俺の体重がどれだけあるかわかっているのだろうかこの男は。
「ど、ちらさま、でしょうか……!」
顔をぐいぐい近付けてくる相手を両手で押し戻した。驚き以上に困惑の気持ちが強かった。誰なんだこの人は。説明を求めて父を探すと、呆気にとられた表情で数歩向こうに立っていた。
「父上! とめてくださいッ! どなたなのですか!」
「あー……うむ、……天宇(ティエンユー)殿下だ。現帝の、弟君の」
「……は」
即位されてまだ数年の帝には十代の弟君がいる。ロウ将軍の元で戦を学びその後を継いで北の部族との戦争を終わらせた人物だ。確か……十九歳だったか。
いやこの偉丈夫がまだ十代だと? 冗談だろう?
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