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三、大河家
しおりを挟む「私ね、将来は福祉の仕事するんだー」
真樹姉ちゃんは夕飯のからあげに箸を突き刺しながら呑気に言った。
「はぁ? あんた全然学部違うじゃないの」
お母さんが "行儀が悪い" とパシンと姉ちゃんの手を叩く。
「あのね、お母さん。今、苦しんでる子供たちって世界中で何人いると思う?」
「知らないわよ。何人なの?」
「…ちょっと何人だったかは忘れたけど」
「あんた本当に福祉に興味あるの?」
お母さんは呆れたと言わんばかりに目をぐるんと回転させると立ち上がり台所へ洗い物に行ってしまった。
声を張り上げて姉ちゃんに釘を刺す。
「学費を無駄にすることはやめてちょうだいね!」
「あのねぇ!」
お姉ちゃんも負けじと声を張り上げた。
「つまり私が言いたいのはね、石ちゃんは素敵ってことなの!」
「石ちゃん?」
私は思わず聞いてしまった。
はっとしてお母さんの方を見ると、お母さんは私に向かって "おばか!" と口だけで言った。
しまったと思った時には既に遅く、真樹姉ちゃんの "彼氏自慢大会" が始まった。
"石ちゃん" は誰よりも優しくて献身的だとか、困ってる人を助けてるとか。彼氏ができると毎度こうだ。
私はこういう時、プールに潜った時みたいに周りの音をぼんやりとさせることができる。姉ちゃんのお陰で身につけた特技だと思う。
高校生の頃も海が好きな男の子と付き合って、サーファーになると言い出し、お父さんにサーフボードをねだっていた。結局、夏が終わるころに別れてサーファーになることはなかった。ふと見るとお母さんもそのことを思い出しているようで、何とも言えない表情をしていた。私はちょっと笑いそうになる。
姉という生き物はそれを目ざとく見つける。
「あんた、彼氏もいないのに笑ってんじゃないわよ。言っとくけど、私が中二の頃はもう彼氏いたから」
台所からお母さんの笑い声が聞こえた。
「ひかりにはまだ難しいわねぇ」
どうしてこういう時、姉と母は急に結託するのだろう。矛先が私に向き始めていることに冷や汗を感じる。
「ともかく! 真樹。あんたいい加減にしてよ。彼氏に振り回されないで、自分を持ちなさい。留年でもしたら、ただじゃおきませんからね」
お母さんがぴしゃりと終止符を打った。まだ話し足りなさそうな姉ちゃんの顔を見て、急いでからあげを口に入れて、ご飯をかきこみ部屋に戻った。これ以上標的にされたらたまったもんじゃない。
はぁ、とため息をついてベッドに倒れ込んだ。うちの家族はみんな私を馬鹿にしている気がする。お父さん以外。
「あんたにはどうせ無理」とか「まだ子供だ」などと言われるのはしょっちゅうだ。
特に母と姉が徒党を組んでこっちを標的にしてきた時には、太刀打ちができない。
私を小馬鹿にしている時の薄ら笑いが思い出されてイライラした。
思わずベッドを拳で叩く。指先に何か硬いもの当たる。知佳ちゃんとの交換日記だ。
この気持ちを今日の日記に書けばいいんだ。急にわくわくしてきた私は、さっきまでの怒りは忘れ、さっそく明日の知佳ちゃんに宛てて日記を書き始めた。
タイトルは "うちの鬼ばばあたちについて"
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