消えた流れ星

町田 美寿々

文字の大きさ
3 / 19

三、大河家

しおりを挟む

「私ね、将来は福祉の仕事するんだー」
真樹姉ちゃんは夕飯のからあげに箸を突き刺しながら呑気に言った。 
「はぁ? あんた全然学部違うじゃないの」
お母さんが "行儀が悪い" とパシンと姉ちゃんの手を叩く。 
「あのね、お母さん。今、苦しんでる子供たちって世界中で何人いると思う?」
「知らないわよ。何人なの?」
「…ちょっと何人だったかは忘れたけど」
「あんた本当に福祉に興味あるの?」
お母さんは呆れたと言わんばかりに目をぐるんと回転させると立ち上がり台所へ洗い物に行ってしまった。
声を張り上げて姉ちゃんに釘を刺す。 
「学費を無駄にすることはやめてちょうだいね!」
「あのねぇ!」
お姉ちゃんも負けじと声を張り上げた。

 
「つまり私が言いたいのはね、いしちゃんは素敵ってことなの!」
「石ちゃん?」
 私は思わず聞いてしまった。
はっとしてお母さんの方を見ると、お母さんは私に向かって "おばか!" と口だけで言った。
しまったと思った時には既に遅く、真樹姉ちゃんの "彼氏自慢大会" が始まった。
 "石ちゃん" は誰よりも優しくて献身的だとか、困ってる人を助けてるとか。彼氏ができると毎度こうだ。
私はこういう時、プールに潜った時みたいに周りの音をぼんやりとさせることができる。姉ちゃんのお陰で身につけた特技だと思う。


高校生の頃も海が好きな男の子と付き合って、サーファーになると言い出し、お父さんにサーフボードをねだっていた。結局、夏が終わるころに別れてサーファーになることはなかった。ふと見るとお母さんもそのことを思い出しているようで、何とも言えない表情をしていた。私はちょっと笑いそうになる。
 

姉という生き物はそれを目ざとく見つける。
「あんた、彼氏もいないのに笑ってんじゃないわよ。言っとくけど、私が中二の頃はもう彼氏いたから」
台所からお母さんの笑い声が聞こえた。
「ひかりにはまだ難しいわねぇ」
どうしてこういう時、姉と母は急に結託するのだろう。矛先が私に向き始めていることに冷や汗を感じる。 
 

「ともかく! 真樹。あんたいい加減にしてよ。彼氏に振り回されないで、自分を持ちなさい。留年でもしたら、ただじゃおきませんからね」
お母さんがぴしゃりと終止符を打った。まだ話し足りなさそうな姉ちゃんの顔を見て、急いでからあげを口に入れて、ご飯をかきこみ部屋に戻った。これ以上標的にされたらたまったもんじゃない。


はぁ、とため息をついてベッドに倒れ込んだ。うちの家族はみんな私を馬鹿にしている気がする。お父さん以外。
「あんたにはどうせ無理」とか「まだ子供だ」などと言われるのはしょっちゅうだ。
特に母と姉が徒党を組んでこっちを標的にしてきた時には、太刀打ちができない。
私を小馬鹿にしている時の薄ら笑いが思い出されてイライラした。


思わずベッドを拳で叩く。指先に何か硬いもの当たる。知佳ちゃんとの交換日記だ。
この気持ちを今日の日記に書けばいいんだ。急にわくわくしてきた私は、さっきまでの怒りは忘れ、さっそく明日の知佳ちゃんに宛てて日記を書き始めた。
タイトルは "うちの鬼ばばあたちについて"
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マグカップ

高本 顕杜
大衆娯楽
マグカップが割れた――それは、亡くなった妻からのプレゼントだった 。 龍造は、マグカップを床に落として割ってしまった。そのマグカップは、病気で亡くなった妻の倫子が、いつかのプレゼントでくれた物だった。しかし、伸ばされた手は破片に触れることなく止まった。  ――いや、もういいか……捨てよう。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...