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八話 愛を乞う

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「う……っ」



 ものの十数秒で、バーナビーは白目をむいて気を失い、アドリアナに寄り掛かる。



「さすが隊長! 締め技が丁寧で美しい!」

「本職の人ですからね!」



 すかさずバッファロー獣人と山猫獣人から、拍手と賛辞が贈られる。

 バーナビーが気を失ったことで、高々と持ち上げられていたクレイグが、どさりと落ちる。

 ロドリゴはハッとして、すかさずクレイグを仰向けに寝かせ、服を緩めて呼吸しやすくする。

 この辺りは、兵士見習い時代に叩き込まれている知識だ。

 急に入ってきた空気にむせて、ゴッホゴッホと咳き込むクレイグ。



「す、すまない……全ては、俺の不手際だ……」



 それだけと言うと、クレイグはがっくりと気を失った。

 バーナビー相手では手が出せなかった護衛騎士だが、ようやく出番が来たとクレイグを抱えて会場を走り去る。

 おそらく医療室にでも連れて行くのだろう。

 バーナビーもぐったりしているのだが、こちらはアドリアナが危なげなく支えている。

 

「ああ、どうしてこうなったんだ?」



 肩を落とすロドリゴに、山猫獣人がとどめを刺す。



「落ち込んでるとこ悪いけど、レオノールさまが酔っぱらってしまって、バーナビーさまのベッドを占領したまんまなんだよね。ロドリゴさま、あれをバレないように、なんとか離宮に持ち帰ってくれないかな?」



 さすがにこれ以上の悪評はごめんだよね? と山猫獣人はダフネにも確認を取っている。

 ブンブンブンともげそうなほど首を縦に振るダフネ。

 すでにこの祝宴会場内でも、レオノールのしでかしは、ある程度伝わってしまっている。

 世界中の人気者であるバーナビーに、抜け駆けして夜這いをしかけたとなれば、獣人国への風当たりは強くなりそうだ。

 あああ、ロドリゴは頭を抱える。



「撤収だ。これ以上、迷惑をかける訳にはいかない。明日にはこの国を発とう」



 通商条約も無事に締結したことだし、破棄される前にずらかってしまえ。

 それが正直なロドリゴの考えだった。

 ロドリゴは山猫獣人に案内されて、バーナビーの部屋へ向かう。

 ダフネがその後を追う。



「隊長、その抱えている王子さま、どうします?」



 残ったバッファロー獣人から聞かれ、アドリアナはずっと支えていたバーナビーを見る。



「婆やさんを探して、預けるのが妥当だろうな。一番信用している人物のようだし」

「分かりました。じゃあ、私が探してきますね」



 頼もしい部下に一任し、アドリアナはバーナビーを椅子に寄り掛からせた。

 クレイグがずっと胃を痛くしながら座っていた椅子だ。

 

「アナ……結婚……」



 気を失っているバーナビーが、寝言のように呟く。

 それを聞いて、アドリアナはおかしくなった。

 疑いようもないほど、バーナビーはアドリアナを求めている。

 二股をかけるなんて、するはずがないのだ。

 もう信じるしかなかった。



「ぐすっ……ぐすっ……」



 今度はバーナビーが泣きだした。

 どんな夢を見ているのか。

 アドリアナは少し憐れに思えた。

 きっと今夜、アドリアナを歓待したくて、バーナビーは頑張ったはずだ。

 ドレスの準備も、侍女たちの手配も、部屋のセッティングも。

 どれもアドリアナに喜んでもらいたくて。

 アドリアナは健気なバーナビーの頭を、よしよしと撫でる。



「バーニー、あなたの気持ちは伝わっていますよ」



 そうアドリアナが言うと、バーナビーはほわりと笑った。

 それが可愛くて、アドリアナは絆されてしまったことを自覚するしかなかった。



「あらあら、坊ちゃん。どうしてしまったんですか?」



 そこへ、バッファロー獣人に連れられた婆やが現れる。

 バッファロー獣人の半分の背丈しかない婆やは、大きな眼鏡をクイクイと持ち上げて、バーナビーの様子を観察している。

 

「すまない、急を要することがあり、大人しくしてもらったのだ」



 アドリアナは、いろいろ濁して伝える。

 そして、バーナビーの部屋をめちゃくちゃにしてしまったことを詫びた。

 おそらくは、この婆やが整えただろうと想像がついたからだ。



「まあまあ、最高の夜にはならなかったんですね。お可哀そうに、あんなに張り切って準備をされたのに」



 バラの棘で指に怪我までされたんですよ、と婆やがおかしそうに笑った。

 つまりベッドにまかれていたバラの花びらは、バーナビーが摘んだということだ。



「こんなにも坊ちゃんが心から愛を乞うた女性は初めてです。どうか、坊ちゃんをよろしくお願いします」



 婆やから頭を下げられてしまい、アドリアナは恐縮する。

 バーナビーの外堀を埋める手腕は、間違いなくこの婆やから伝授されていると思った。

 

「おそらく部屋は使えないと思うので、よければ客間にでも運びましょうか?」



 アドリアナはバーナビーを抱えようとする。

 すると婆やはそれを止めた。



「いいえ、それには及びません。愛する人に抱えて運ばれたと知ったら、坊ちゃんは絶望するでしょうからね。ここからは護衛騎士にさせますよ」



 この椅子に座らせるまでは、アドリアナがバーナビーを抱えていたことは、黙っていたほうが良さそうだった。

 婆やの配慮に感謝して、アドリアナはバーナビーを預け、祝宴会場を辞した。

 アドリアナにもまだ仕事が残っている。

 バッファロー獣人と共に、他の女性騎士を集め離宮へ急いだ。

 明日の帰り支度を前に、きっとロドリゴとレオノールの間でひと悶着起きているはずだ。

 それを止められるのはアドリアナしかいない。

 ドレスを翻し颯爽と駆けるアドリアナの後ろでは、同じ速度で駆けながら、バッファロー獣人が熊獣人とサイ獣人と狼獣人に、今夜あった出来事を説明していた。

 報連相は大事だ。



「え~、見たかった! そんな面白いことがあってたの!?」

「スイーツ食べ放題とか、してる場合じゃなかったね」

「じゃあ明日には帰途につくんだ?」



 あっという間だったね~と、わいわいしている。

 部下たちにとって初めての国外遠征が、楽しかったみたいでよかったと、アドリアナは思った。

 そしてこの国を離れることに、ふと寂しさを覚えた自分に気づくのだった。

 

 ◇◆◇



 護衛騎士によって運ばれたバーナビーは、ベッドに寝かされていた。

 婆やが少しでも楽になるようにと、正装の飾りを外していく。



「ん……婆や? 私はどうして……」

「お目覚めになりましたか、坊ちゃん。苦しいところや痛いところはありませんか?」

「ないよ、大丈夫だ。それより、アナは? 彼女の誤解を解かなくては――」



 起き上がろうとするバーナビーに、婆やが申し訳なさそうに告げる。



「あのお嬢さまでしたら、明日には国に帰られると聞きました」

「なんだって!?」



 まだプロポーズもしていないのに。

 最悪の夜だ。

 最高の夜にしたかったのに。



「アナ……アナ……」



 めまいがして倒れ込み、抱きしめた枕に顔を埋め、涙をこらえたが無理そうだ。

 このまま離れ離れになってしまうのか。

 始まってもいないのに終わるのか。

 諦めきれない、諦めたくない。

 断られてもいい。

 この気持ちだけは伝えたい。

 アドリアナが好きだと叫びたい。

 ガバッとバーナビーは起き上がる。



「そうだ、まだ明日にはなっていない。私は諦めなくていいんだ」



 真っ赤に目を腫らしたバーナビーはベッドを転がり下りると、止める婆やを振り切って離宮に向かって走った。
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