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幕間 美子の最期(食人表現あり)
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「ようこそ、番さま。ここは、私が竜王さまから賜っている部屋よ」
美子は派手な赤髪をした妃に続いて部屋に入る。
赤を基調とした内装だが、絨毯だけは白銀のように白い。
足を踏み入れた瞬間から、すっぽりと包まれる安心感があり、自慢するだけの絨毯だと思った。
美子が何度も足踏みをして絨毯の厚さを確認していると、美子の後ろからついてきていた11人の妃たちも部屋に入り、扉を閉めた。
12人の妃たちがここに集まったことになる。
竜族は背が高いので、日本人の平均身長しかない美子はちょっと見上げた。
「さて、では血を分けてもらう前に、私だけでも自己紹介をしておきましょうか。ここでは、一の妃と呼ばれているわ。どうして一なのかというと――成人した竜王さまの最初の相手だからよ? 意味は分かるわね?」
突然始まった妃のマウントに美子はたじろぐ。
血を分けるのに必要なことだとは思えない。
「高貴なる赤色の瞳を持つ竜王さまに、高貴なる赤色の髪を持つ私がふさわしいと選ばれたの。知ってる? 竜族は赤を尊ぶの」
一の妃は、髪を見せつけるように首を振って揺らして見せた。
これも血を分けるのに必要なことだとは思えない。
美子はイライラしてきた。
早く竜王を助けたいのに、一の妃は話してばかりだ。
「あの、早く竜一を助けたいの。無駄話はそれくらいにしてくれる?」
一の妃の自慢話をぶった切った美子に、周りの11人の妃はあからさまにギョッとしていた。
当の一の妃は、氷のように固まった。
そしてまじまじと美子を見る。
ありえないものを見るような顔で。
「種族が違うって恐ろしいわね。あなたは爪も牙もないのに、私に意見をするのね」
感心したように一の妃が呟く。
美子はやっとこれで一の妃が血を分ける話をしてくれると思った。
「それで? この世界ではどうやって血を分けるの? 絨毯はどうやって使うの?」
「絨毯? しきりに気にしていたわね。そうね、絨毯は厚ければ厚いほどいいのよ。たっぷりの血を吸い取ってくれるでしょう? もし今回のやり方で成功しなかったときのために、こぼれた血も再利用するかもしれないの。あなたから何度ももらえないしね」
美子が思っていたよりも、どうやらたっぷりの血が必要みたいだ。
「その、私の血をどうやって竜王に分けるの? 私の世界では血管に針を刺して、そこから血を抜き採って、他の人が使いやすいように血を加工してから輸血するんだけど。ここでも何か道具を使うの?」
美子は少しでも恐怖をなくしたくて、口早に尋ねた。
実は注射がちょっと苦手なのだ。
ここも日本のように、採血は注射針を刺すのか気になった。
「ふ、ふふふふふ。ああ、おかしい。道具ですって? そうね、使うのは私たちの爪と牙よ。こうやってね」
一の妃は、爪を美子の着ている作務衣のような上衣に引っかけると、サッと下に払う。
それだけで美子の上衣は裂け、下着まで裂けた。
「え、服が……?」
「便利でしょう? 私たちの爪、美しいだけでなくてこういう使い方もできるの。さあ、あなたたちも見せてあげなさい。この爪を持たない番さまに、竜族の爪の威力をね」
一の妃の掛け声で、美子の両脇を妃たちが固める。
そして美子は抵抗する間もなく、着ていた服が端切れになるのを見た。
立ちすくむ美子は全裸だ。
妃のうちの一人が、足元で襤褸切れとなった服だったものを集めて、部屋の隅へ捨てに行った。
「ありがとう、気が利くのね、十の妃は。特別に私の次に食べたい部分を選ばせてあげるわ。ちなみに私は左目から行こうと思っているの。ねえ、甘い汁をかけた透蜜のようだもの」
美子は理解が追い付いていなかった頭を叱咤した。
なにかの童話みたいだけど、これは間違いなく今、私に起こっていることだ。
「血が、血が必要なんじゃなかったの? 血なら分けると言ったでしょ」
「そうよ、血が必要なの。竜王さまの精に子種を宿すためには、番さまの血が欠かせないのよ。どうりで500年間もしてきたのに、子を孕まないわけだわ。ズルいのね、番さまって」
「血だけでいいんでしょ? なら、どうして――」
「そんなの、あなたが気に入らないからに決まってるでしょ?」
一の妃はためらいもせず、美子の眼孔に爪を突き刺し、左目をえぐり取った。
「き、きゃあああああ!!」
ドクンドクンと顔の左側から音が響く。
美子はそこをとっさに両手で押さえ、立っていられなくてしゃがみ込んだ。
頭がクラクラしている。
視界にノイズが走る。
脳がまた美子の意識を止めようとしているのか。
「あら、美味しい。いい血を持っているじゃない」
だがそれを許さない頭の上から降ってきた声に、恐る恐る顔を上げる。
そこには妖艶な唇に挟まれ、肉厚な舌にチロチロと舐められている、美子の眼球があった。
「あ、あ……」
「十の妃、あなたはどこがいいの? 今なら選び放題よ」
「では舌をいただいても? 好物なんです」
「いいわよ、どうせこのあとは叫び声しか上げられないのだから、不要よ」
十の妃は美子の前髪を引っ張って上を向かせ、容赦なく口の中に手を突っ込んできた。
その衝撃で美子の顎は外れたが、それどころではない痛みが口から喉にかけて襲う。
「あ゛あ゛っ………………!!!」
引きちぎられた肉片のようなものは、すぐに十の妃の口内へ消えた。
好物と言っていたのは嘘じゃなかったのだ。
噴き出す血が気道にあふれ、美子はうずくまり咳をしようとした。
「もったいないわ! 血がこぼれてる!」
別の妃が美子の体を引き起こし、美子の唇に己の唇を合わせる。
そして吸い込むように血を飲み始めた。
息が出来なくなった美子のほうは、体からだんだん痛覚がなくなっていくのに気づく。
目を抜き取られた眼窩も、外された顎も、引きちぎられた舌も。
熱いばかりで痛みがない。
脳が痛覚を遮断しているのか。
だが同時に、体がブルブルと震え始めた。
寒さを感じる。
熱いのに寒い。
そして気が遠のいた。
このまま死ぬのだと分かった。
せっかく竜一との仲を温めてきたけど。
ふたりが番う未来を想像したけど。
この世界は残酷だった。
竜一、あなたは助かってね。
悲しくて、悔しくて、涙が頬を伝う。
右目からは透明な、左目からは血の色の。
温かな涙が落ちては、白銀の絨毯に吸い込まれていく。
先ほどまでは見えていた、色とりどりの妃たちの姿が見えない。
真っ暗闇ではないが、灰色の視界が広がる。
美子は必死に竜王の顔を思い出していた。
このまま死ぬのが怖い。
せめて最期はあなたの笑顔に見送られたい。
あなたに名前をつけたときの、あの笑顔がいい。
竜一、竜一、竜一。
私の番。
竜一、好きだよ。
生きているうちに言えばよかった。
私、死んじゃう。
ごめんね。
竜一、竜一、りゅう……。
動かなくなった美子の体を、ゴロリと転がし、12人の妃たちは思い思いの場所を食べ始める。
腕を引きちぎり、脚をもぎ取り、並んだ牙で肉をこそげ落とす。
内臓はどこを誰が食べるかでひと悶着あったが、一の妃が肝臓と心臓だけは12等分にして配ったので、みな納得した。
美子の血肉を取り込んだことで、妃たちは己の力がみなぎるのを感じていた。
やはり番の血肉は、竜王以外の竜族にとっても特別なものだった。
誰もが、今なら次代さまを孕めると思ったことだろう。
血だらけになった衣装を脱ぎ捨て、妃たちは用意していた薄衣をまとう。
あえて血で汚れた顔は洗わず、布で軽く拭うだけにとどめる。
なるだけ血の香りがしたほうがいいと大臣たちが言っていたからだ。
髪をまとめあげ、凹凸のある体を惜しげもなくさらす。
これから大臣たちの描いた陣のある地下室へ向かい、そこに囚われている竜王と性欲が続く限り交わるのだ。
目がギラつき、爪が伸び、牙が尖るのも仕方がない。
あふれる力と興奮を隠せないまま、妃たちは竜王に対面するのだった。
美子は派手な赤髪をした妃に続いて部屋に入る。
赤を基調とした内装だが、絨毯だけは白銀のように白い。
足を踏み入れた瞬間から、すっぽりと包まれる安心感があり、自慢するだけの絨毯だと思った。
美子が何度も足踏みをして絨毯の厚さを確認していると、美子の後ろからついてきていた11人の妃たちも部屋に入り、扉を閉めた。
12人の妃たちがここに集まったことになる。
竜族は背が高いので、日本人の平均身長しかない美子はちょっと見上げた。
「さて、では血を分けてもらう前に、私だけでも自己紹介をしておきましょうか。ここでは、一の妃と呼ばれているわ。どうして一なのかというと――成人した竜王さまの最初の相手だからよ? 意味は分かるわね?」
突然始まった妃のマウントに美子はたじろぐ。
血を分けるのに必要なことだとは思えない。
「高貴なる赤色の瞳を持つ竜王さまに、高貴なる赤色の髪を持つ私がふさわしいと選ばれたの。知ってる? 竜族は赤を尊ぶの」
一の妃は、髪を見せつけるように首を振って揺らして見せた。
これも血を分けるのに必要なことだとは思えない。
美子はイライラしてきた。
早く竜王を助けたいのに、一の妃は話してばかりだ。
「あの、早く竜一を助けたいの。無駄話はそれくらいにしてくれる?」
一の妃の自慢話をぶった切った美子に、周りの11人の妃はあからさまにギョッとしていた。
当の一の妃は、氷のように固まった。
そしてまじまじと美子を見る。
ありえないものを見るような顔で。
「種族が違うって恐ろしいわね。あなたは爪も牙もないのに、私に意見をするのね」
感心したように一の妃が呟く。
美子はやっとこれで一の妃が血を分ける話をしてくれると思った。
「それで? この世界ではどうやって血を分けるの? 絨毯はどうやって使うの?」
「絨毯? しきりに気にしていたわね。そうね、絨毯は厚ければ厚いほどいいのよ。たっぷりの血を吸い取ってくれるでしょう? もし今回のやり方で成功しなかったときのために、こぼれた血も再利用するかもしれないの。あなたから何度ももらえないしね」
美子が思っていたよりも、どうやらたっぷりの血が必要みたいだ。
「その、私の血をどうやって竜王に分けるの? 私の世界では血管に針を刺して、そこから血を抜き採って、他の人が使いやすいように血を加工してから輸血するんだけど。ここでも何か道具を使うの?」
美子は少しでも恐怖をなくしたくて、口早に尋ねた。
実は注射がちょっと苦手なのだ。
ここも日本のように、採血は注射針を刺すのか気になった。
「ふ、ふふふふふ。ああ、おかしい。道具ですって? そうね、使うのは私たちの爪と牙よ。こうやってね」
一の妃は、爪を美子の着ている作務衣のような上衣に引っかけると、サッと下に払う。
それだけで美子の上衣は裂け、下着まで裂けた。
「え、服が……?」
「便利でしょう? 私たちの爪、美しいだけでなくてこういう使い方もできるの。さあ、あなたたちも見せてあげなさい。この爪を持たない番さまに、竜族の爪の威力をね」
一の妃の掛け声で、美子の両脇を妃たちが固める。
そして美子は抵抗する間もなく、着ていた服が端切れになるのを見た。
立ちすくむ美子は全裸だ。
妃のうちの一人が、足元で襤褸切れとなった服だったものを集めて、部屋の隅へ捨てに行った。
「ありがとう、気が利くのね、十の妃は。特別に私の次に食べたい部分を選ばせてあげるわ。ちなみに私は左目から行こうと思っているの。ねえ、甘い汁をかけた透蜜のようだもの」
美子は理解が追い付いていなかった頭を叱咤した。
なにかの童話みたいだけど、これは間違いなく今、私に起こっていることだ。
「血が、血が必要なんじゃなかったの? 血なら分けると言ったでしょ」
「そうよ、血が必要なの。竜王さまの精に子種を宿すためには、番さまの血が欠かせないのよ。どうりで500年間もしてきたのに、子を孕まないわけだわ。ズルいのね、番さまって」
「血だけでいいんでしょ? なら、どうして――」
「そんなの、あなたが気に入らないからに決まってるでしょ?」
一の妃はためらいもせず、美子の眼孔に爪を突き刺し、左目をえぐり取った。
「き、きゃあああああ!!」
ドクンドクンと顔の左側から音が響く。
美子はそこをとっさに両手で押さえ、立っていられなくてしゃがみ込んだ。
頭がクラクラしている。
視界にノイズが走る。
脳がまた美子の意識を止めようとしているのか。
「あら、美味しい。いい血を持っているじゃない」
だがそれを許さない頭の上から降ってきた声に、恐る恐る顔を上げる。
そこには妖艶な唇に挟まれ、肉厚な舌にチロチロと舐められている、美子の眼球があった。
「あ、あ……」
「十の妃、あなたはどこがいいの? 今なら選び放題よ」
「では舌をいただいても? 好物なんです」
「いいわよ、どうせこのあとは叫び声しか上げられないのだから、不要よ」
十の妃は美子の前髪を引っ張って上を向かせ、容赦なく口の中に手を突っ込んできた。
その衝撃で美子の顎は外れたが、それどころではない痛みが口から喉にかけて襲う。
「あ゛あ゛っ………………!!!」
引きちぎられた肉片のようなものは、すぐに十の妃の口内へ消えた。
好物と言っていたのは嘘じゃなかったのだ。
噴き出す血が気道にあふれ、美子はうずくまり咳をしようとした。
「もったいないわ! 血がこぼれてる!」
別の妃が美子の体を引き起こし、美子の唇に己の唇を合わせる。
そして吸い込むように血を飲み始めた。
息が出来なくなった美子のほうは、体からだんだん痛覚がなくなっていくのに気づく。
目を抜き取られた眼窩も、外された顎も、引きちぎられた舌も。
熱いばかりで痛みがない。
脳が痛覚を遮断しているのか。
だが同時に、体がブルブルと震え始めた。
寒さを感じる。
熱いのに寒い。
そして気が遠のいた。
このまま死ぬのだと分かった。
せっかく竜一との仲を温めてきたけど。
ふたりが番う未来を想像したけど。
この世界は残酷だった。
竜一、あなたは助かってね。
悲しくて、悔しくて、涙が頬を伝う。
右目からは透明な、左目からは血の色の。
温かな涙が落ちては、白銀の絨毯に吸い込まれていく。
先ほどまでは見えていた、色とりどりの妃たちの姿が見えない。
真っ暗闇ではないが、灰色の視界が広がる。
美子は必死に竜王の顔を思い出していた。
このまま死ぬのが怖い。
せめて最期はあなたの笑顔に見送られたい。
あなたに名前をつけたときの、あの笑顔がいい。
竜一、竜一、竜一。
私の番。
竜一、好きだよ。
生きているうちに言えばよかった。
私、死んじゃう。
ごめんね。
竜一、竜一、りゅう……。
動かなくなった美子の体を、ゴロリと転がし、12人の妃たちは思い思いの場所を食べ始める。
腕を引きちぎり、脚をもぎ取り、並んだ牙で肉をこそげ落とす。
内臓はどこを誰が食べるかでひと悶着あったが、一の妃が肝臓と心臓だけは12等分にして配ったので、みな納得した。
美子の血肉を取り込んだことで、妃たちは己の力がみなぎるのを感じていた。
やはり番の血肉は、竜王以外の竜族にとっても特別なものだった。
誰もが、今なら次代さまを孕めると思ったことだろう。
血だらけになった衣装を脱ぎ捨て、妃たちは用意していた薄衣をまとう。
あえて血で汚れた顔は洗わず、布で軽く拭うだけにとどめる。
なるだけ血の香りがしたほうがいいと大臣たちが言っていたからだ。
髪をまとめあげ、凹凸のある体を惜しげもなくさらす。
これから大臣たちの描いた陣のある地下室へ向かい、そこに囚われている竜王と性欲が続く限り交わるのだ。
目がギラつき、爪が伸び、牙が尖るのも仕方がない。
あふれる力と興奮を隠せないまま、妃たちは竜王に対面するのだった。
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