孤児ですが、神獣の声を担当しています~ただし身バレ禁止のため、王子様から逃走中~

鬼ヶ咲あちたん

文字の大きさ
1 / 11

1話 タヌキと王子様

しおりを挟む
 マーヤは孤児だ。

 9才のとき、ノルドグレーン王国をかつてない大寒波が襲った。
 食糧不足で弱っていた多くの民が、悪性の風邪にかかり命を落としていく。
 マーヤの母も倒れたきり、なすすべもなく、帰らぬ人となった。

「お母さん……っ!」

 感染を疑われたマーヤが隔離されている間に、母の葬儀は終わってしまう。
 通常ならば、個別に土葬されるはずだが、あまりにも多くの死者が出たせいで、墓地に空きがなかった。
 さらなる感染の拡大を防ぐため、遺体はまとめて火葬される。

「あたしを、置いて行かないで!」
 
 隔離された部屋の窓から、空へと昇る黒煙に手を伸ばし、マーヤは陽が沈むまで号泣した。

 数日後、幸いにもマーヤは発症しなかった。
 降りしきる雨の中、母のもとへ走る。
 しかし、たどり着いた先では、何十人分という焼骨が、山積みにされていた。
 これでは、どれが誰のものだかわからない。
 その光景を前に、遺族はみんな、悲しみに暮れていた。
 
(あたし、ひとりぼっちになったんだ)
 
 マーヤは現実をつきつけられる。
 鳴り響く弔いの鐘の音が、心をすり抜けていった。

 ◇◆◇◆

 マーヤは父に会ったことがない。
 生きているのか死んでいるのか、それすらも不明だった。

(そんな人を、頼るわけにはいかない)

 マーヤのように身寄りをなくした孤児たちは、教会に集められ支援を受けると決まった。
 しかし教会には、男性の司教が一人と女性のシスターが数人しかいない。
 いくら国家からの補助金があっても、明らかに人手が不足していた。

 両親や兄弟姉妹と死に別れ、見知らぬ場所で、不慣れな集団生活を始めた子どもたち。
 たまり続けるストレスが、その発散先を求めていたのだろう。

「こいつ、タヌキにそっくりだな!」

 最初は、心無い言葉がきっかけだった。
 マーヤは茶色の髪を、太い三つ編みにしていた。
 それを引っ張られ、まるで尻尾みたいだと、男の子たちにからかわれる。
 垂れた黒目、ぽっちゃりした頬、愛嬌のある顔つきが、ささくれだった孤児の標的になった。

「本当だ! タヌキが人間に混じってるぞ」
「やめてよ!」

 マーヤの外見は母譲り。
 大好きだった母まで貶められたと感じて、腹がたった。
 マーヤの必死の抵抗は、男の子たちの笑いの種にされ、ますます行為はエスカレートしていく。
 そんないじめの輪に、やがて女の子たちも加わった。

「タヌキと一緒に寝るなんて、不潔よ!」

 そう言って、共同のベッドから落とされる。
 仕方なく、マーヤは毛布をかかえて床にうずくまり、まだ肌寒い春の夜を凍えて過ごした。
 シスターが見回りにくると、寝ているマーヤを起こして、ベッドに戻してくれる。

「あらあら、寝相が悪かったの?」

 落とされた、とマーヤが言ったところで、無駄だった。
 ここにいる女の子たちは、口を揃えて嘘をつく。

「勝手にベッドから落ちたのよ!」
「私も落ちるところを見たわ」
「マーヤが悪いのよ! 他人のせいにしないでちょうだい!」

 とげとげしい言葉が、容赦なくマーヤへ投げつけられた。
 その痛みに耐えるため、毛布をぎゅっと握りしめる。

「……」

 連日のいじめに疲れ果て、女の子たちへ言い返す気力は、とっくに尽きていた。
 マーヤは黙ってうつむく。
 それを見た女の子たちは、目くばせをし合い、唇だけでニッと笑った。
 
 なんとなく事情を読み取ったシスターが、司教へ相談をする。
 マーヤを取り巻く状況が大きく変わったのは、翌年になってからだった。

 ◇◆◇◆
 
 孤児たちが通える王立学校が、教会の近くに建てられた。
 預かっている子どもたちの、養育環境の改善を求めた司教の手紙が、王国のトップにまで届いたのだ。
 そして学校といっても、ふつうの学校ではなかった。

「職業訓練校?」

 シスターに説明を受けたマーヤは、初めて聞く言葉に首をかしげた。
 その道の専門家が月替わりでやってきて、10才以上の子どもたちへ、仕事の手ほどきをしてくれるらしい。
 適性があると判断されれば、即座に弟子入りができた。
 先が見えない日々に、息が詰まっていた子どもたちにとって、それは朗報だった。

「俺、明日から住み込みで、細工師の工房で働くんだ!」
「少ないけど給金ももらえるし、ここにいるよりずっといいわ」

 一人、また一人と、教会から巣立っていく。
 自らの手で未来を掴んだ、子どもたちの表情は明るい。
 鬱屈していた雰囲気も薄れていき、司教もシスターも喜んだ。

 だが一年経っても、マーヤは就職先が決まらなかった。
 やがて、職業訓練校に通う孤児たちの中で、最年長になってしまう。

「マーヤはどんくさいもんね! 見た目の通り、何から何までタヌキにそっくり!」

 年下の少女に、不器用なのを笑われるが、その通りなので、マーヤは何も言い返せない。
 道具を持てば壊す。
 刃物を握れば怪我をする。
 火を扱えばボヤを起こす。
 やることなすこと、マーヤはその調子だった。

「マーヤと比べたら、誰だって上手に見えるわ」
「今日は俺、ずっとマーヤの隣にいようっと!」
「え~、ずるい! 抜け駆けする気ね!?」

 子どもの数が減ったのに合わせて、いじめの数も減ったが、相変わらず続いてはいた。
 年下の孤児たちは、年上の孤児たちがマーヤをからかっていたのを見ていたので、同じ行為をするのにためらいがなかったのだ。
 
 嘲りに耐えられず、マーヤは教室を飛び出し、校庭のすみに座り込む。
 孤児になってから、嫌なことばかりだ。
 
(家に帰りたい。お母さんと一緒に暮らしていた、あの小さな家に……)
 
 そこには、温かい記憶がたくさん詰まっている。
 すべてが大切な宝物だ。
 マーヤはひとつひとつ、思い出していった。
 
(不器用なあたしに、お母さんは根気よく、色んなことを教えてくれた)
 
 パン生地のこね方や、野菜の皮のむき方――ただし、マーヤはどれも、うまくできなかった。
 母はそんなマーヤを叱ったりせず、むしろ微笑ましい目で見ていた。
 あの人にそっくりだわ、と言いながら。

(お母さんは掃除も洗濯も、何だって上手だった。あたしは、ろくでもないお父さんに、似ちゃったんだ)

 マーヤは膝の間に、顔を隠す。
 
(お母さん、もう一度、あたしに教えてよ……)

 じわり、と涙が浮かぶ。
 視界がゆらゆら、揺らめいた。
 
「ねえ、君は授業をうけないの?」

 そんなマーヤに、誰かが声をかけた。
 ここには、自分しかいないと思っていたので、驚いて肩を跳ね上げる。

「だ、誰!?」

 瞬きをして顔を上げた先には、顎のラインで美しい銀髪を切りそろえた、身なりのよい少年がいた。
 透き通った青い瞳が印象的で、芸術品のように整った面差しは、明らかにそこらの平民ではない。

「怪しい者ではないよ」

 戸惑うマーヤの様子に、少年は首を横に振る。
 その動きに合わせて、輝く銀髪がさらりと音を立てた。

(お人形みたい……!)
 
 見開いたマーヤの目は、少年へ釘付けになった。
 だが少年は、人形ではない証拠に、口を開く。

「職業訓練校の運営がうまくいっているか、視察に来たんだ」
「?」

 少年の話す内容は、11才のマーヤには理解できない。
 眉根を寄せたマーヤに、少年は顔を近づける。

「授業は、おもしろくない?」
「そんなこと、ないけど……」

 じゃあ、どうして授業をうけないの? と少年の瞳は尋ねている。
 マーヤは少しだけ唇を突き出しながら、正直に打ち明けた。

「あたし、何をやっても駄目なの。みんなが言う通り、どんくさいから……」

 少年がまじまじとマーヤを見ているのを感じて、ふいっと顔を背ける。
 打ち明けたはいいものの、恥ずかしくなった。

(つまらない理由でサボってるって、思われたかも)

 ぐすんと洟をすする。
 そんなマーヤの頭に、少年がそっと手を置いた。
 こうして優しく撫でられるのは、いつぶりだろう。

「大丈夫だよ。いつかきっと、君に適性のある職が見つかる」

 少年は、マーヤより2~3才ほど年上だろうか。
 しかし話し方は、ずいぶんと落ち着いていて、大人びていた。
 おずおずと見上げたマーヤに、少年は柔らかく微笑みかける。
 とくん、とマーヤの胸が鳴った。

「職業訓練校も、開校してまだ一年だ。今後、もっと多くの業種の専門家を集めるから、待ってて」

 少年の力強い言葉は、落ち込んでいたマーヤに希望を与える。
 知らず知らず、こくりとうなずいていた。

「そもそも大寒波を予想できなかったことや、その後の対策が後手になったことは、私たちの失策だ。こんな不幸は、二度と繰り返さないよ」

 約束する、と少年は言う。
 やはりマーヤには、少年の話は難しかったが、それでもわかった。

(あたしみたいな、悲しい思いをする孤児は、もう増えないんだ)

 にこっ、とマーヤが初めて笑う。
 少年の頬が、わずかに赤らんだ。

「わかった。ちゃんと授業を受けるね」

 マーヤが立ち上がると、隣にひざをついていた少年も立ち上がった。
 ここでお別れだ。

「また、会える?」

 会いたい、という気持ちが、マーヤの口を動かした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜

水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。 『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。 すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。 隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!? そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。 認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。 そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。 「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。 一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。 ◇全15話、5万字弱のお話です ◇他サイトにも掲載予定です

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。

三月べに
恋愛
 聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。  帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!  衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?  何故、逆ハーが出来上がったの?

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです

ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?

処理中です...