孤児ですが、神獣の声を担当しています~ただし身バレ禁止のため、王子様から逃走中~

鬼ヶ咲あちたん

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5話 ブルーベリーとはちみつレモン

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 マーヤに謝られた男性は、しかし朗らかに笑う。

「新鮮な体験だったよ」
「っ……!?」

 初対面のサンドラから、散々にののしられたというのに、許してしまえる度量の広さに驚く。
 マーサの周囲にいた、同年代の男の子たちと比べると、この男性の格は別次元だ。
 目の下のクマは黒々として、頬もやせこけているのだが、その柔らかい微笑みにマーヤの目は釘付けになる。

(な、なんだろう? あたしの心臓、ちょっとうるさいかも)

 マーヤは早鐘を打つ胸をおさえる。
 こんなに寄り添っていたのでは、男性にも鼓動が伝わるのではないか。

(今はそんなことより、体調が悪そうなこの人を、どこかで休ませるのが先よ!)
 
 しっかりと男性の腕を抱え、ベンチを探してキョロキョロするマーヤ。
 男性の唇が、ゆるく弧を描いたが、背が低いマーヤには見えていない。

「私の目の下のクマや、顔色の悪さは、今に始まったことじゃないんだ」

 改めて、大丈夫なのだと、男性はマーヤに説明する。
 当たり前すぎて、もはや誰にも指摘されなくなった。
 それを案じてくれたマーヤに、男性は感謝を述べた。

「心配してくれて、ありがとう」
「だけどさっき、フラフラしてたって……」

 マーヤとぶつかったとき、男性はそう言っていた。
 しかし、マーヤはふと、ある可能性に気づく。
 もしかしたら、それは気兼ねをさせまいと、この男性がとっさについた、優しい嘘だったのではないか。
 それなのにマーヤは真に受けて、ひとりで慌てていたとしたら――。

(あたしって、どうしてこうなの!?)
 
 恥ずかしくなって、マーヤは男性の腕を、ゆっくり肩から下ろした。
 触れ合っていた体の部分が、やけに熱を持っている。
 マーヤにとって、年が近い異性とこんなに密着したのは、初めてのことだ。

「そ、それじゃあ、あたしはこれで……!」

 照れくさいのもあって、マーヤは脱兎のごとく、その場から逃げだそうとする。
 だが思いがけず、男性がマーヤの手をとった。

「待って!」

 男性の力は強くない。
 おそらく振り払うのも簡単だ。
 でも、マーヤはそうしなかった。
 男性の青い瞳の中に、必死さを感じたから。

「その、君は……キャンディを売っている店を、知らないかな? この辺りにあると、教わったんだけど」

 何かを言いかけた男性は、いったん口を閉じ、改めてマーヤに道を尋ねた。
 
(追いすがってまで聞きたかったのは、キャンディの店の場所だったの?)
 
 キャンディを好むのは、主に女性や子どもだ。
 男性は恥ずかしくて、誰にも道を尋ねられず、困っていたのだろう。
 マーヤはそう判断した。

(さっきの恥ずかしい勘違いを、ここで挽回しなくちゃ!)
 
 マーヤはバーバラ御用達の、キャンディの店を知っている。

「少し奥まった区画に、いいお店があります」

 わかりにくいから案内しましょう、とマーヤは道の先を指さした。
 男性はあからさまに、ホッとした顔をする。

「ありがとう、親切なお嬢さん」
「お、お嬢さん……!?」

 マーヤは赤面する。
 呼ばれ慣れない呼び名といい、男性に握られたままの手といい。
 もしサンドラに、こんな場面を目撃されたら、間違いなくからかわれる。
 ぱっと手を引っ込めると、マーヤはあたふたと自己紹介をした。
 
「あたし、マーヤ、って言います」
「マーヤさん」

 嬉しそうな声で、男性がマーヤの名前を呼ぶ。
 とたんに、マーヤの喉の奥がムズムズした。
 それはこれまでに、経験したことのない感覚だった。

(まさか……あたし、風邪をひいたの?)

 咳をともなう風邪の前兆は、喉の違和感だとシスターたちが言っていた。
 内心焦るマーヤに、男性も丁寧に名乗る。
 
「私のことは、クリスと呼んでほしい」
「わかりました、クリスさん! さあ、こっちですよ」

 クリスをキャンディの店に案内したら、そこでマーヤも喉にいいキャンディを買おう。

(あたしは、ささやき様の声担当なんだから、風邪なんかに負けていられないわ!)
 
 ◇◆◇◆

 祭りの影響で、いつもより店はにぎわっていた。
 開け放たれているドアをくぐると、ふくよかな女性に声をかけられる。

「マーヤちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは、店長さん!」
 
 おつかいで訪れるたび、店長は新作のキャンディを試食させてくれる。
 今日も祭り限定だという、青色のキャンディをマーヤに勧めてきた。
 
「今日は、おつかいじゃないんです。お客様をつれてきました」

 マーヤは店長に耳打ちする。
 そんなマーヤの背後では、再びフードをかぶったクリスが、物珍しそうに棚に積まれた瓶を眺めていた。
 大きな透明の瓶には、カラフルなフィルムに包まれた丸いキャンディが、ぎっしりと詰まっている。
 子どもにとっては夢の国のような光景で、事実、マーヤも最初に見たときは目を輝かせたものだ。
 
「どんなキャンディをお探しですか?」

 店長がクリスに話しかける。
 甘いキャンディも、酸っぱいキャンディも、ここには多数取り揃えてある。

「ブルーベリーのキャンディは、あるだろうか? 疲れ目にいいと聞いた」
「もちろん、ございますとも」

 店長は腕を伸ばし、棚から大きな瓶を下ろす。
 ブルーベリーのキャンディは、紫色のフィルムに包まれていた。
 クリスがそれを購入している間、マーヤはぐるっと店内を見渡す。
 マーヤも目的のものを、探さなくてはいけない。

「喉にいいキャンディは、どれかな?」
「はちみつレモンだよ」

 うっかりこぼれたマーヤの独り言に、答えたのはクリスだ。
 よくご存じですね、と店長が肯定する。
 キャンディが入った紙袋を受け取ったクリスが、離れていたマーヤに近づく。
 そして少し腰をかがめて目線を合わせると、こう告げた。

「よければマーヤさんに、キャンディをプレゼントしたい」
 
 ここまでの道案内のお礼に、とクリスは付け足す。
 あんな僅かな距離を引率したくらいで、何かをもらうなんて申し訳ない。
 マーヤはぶんぶんと、首を横に振る。

「大丈夫です! ちゃんとお金は、持っているから……!」

 バーバラにもらった銀貨を、ポシェットから取り出そうとする。
 そんなマーヤに、店長がそっとアドバイスをした。

「マーヤちゃん、ここは男性の顔を立てなくちゃ」
「で、でも……」
「デート中なんでしょ? 付き合い始めの彼氏って、彼女に色々、プレゼントしたがるものよ」
「っ……!?」

 とんでもない誤解をされている。
 マーヤが訂正する前に、店長ははちみつレモンのキャンディを、取りに行ってしまった。
 
「違うのに……」

 店長の声が聞こえる距離にいたクリスは、なぜかニコニコしていた。

 ◇◆◇◆

 結局、マーヤはクリスから、はちみつレモンのキャンディを買ってもらった。
 かわいく包んでもらったそれを、大切にポシェットにしまう。

「ありがとうございます、クリスさん」
「どうしたしまして。それより、マーヤさんは喉が痛いの?」
 
 クリスは心配顔だ。
 マーヤの喉の違和感は、とうに消えていた。

「もう、大丈夫みたいです」
「それなら良かった。今年の冬は、そこまで寒くはないという予報だけど、風邪には気をつけてね」
「は、はい!」

 マーヤが風邪をひかないのは、周知のことなので、クリスの言葉が新鮮でくすぐったい。
 
 あの大寒波があった年から、ノルドグレーン王国では、天候の研究に注力している。
 わずかでも異常気象の兆しがあれば、なるべく早く民に周知し、出来る限りの備えを行う。
 それだけではない。
 職業訓練校のそばに、新たに孤児院が建てられた。
 だが幸いにも、そこが満員になったという話は聞かない。

 こうした流れは、あの銀髪の少年の働きかけによるものではないか、とマーヤは思っている。
 
(だって、なんだか自分たちに責任がある、みたいな話し方をしていたもの)

 だとしたら、その正体はやはり――。
 
「マーヤさん、このあとの予定は?」

 クリスの声に、考え込んでいたマーヤは我に返る。
 
「えっと、どこかの屋台で食べ物を買って、大広場まで行こうかなと思ってました」
「大きな焚き火を囲んで、みんながダンスをする場所だね」

 夜闇がせまる中、音楽に合わせて踊りながら、パートナーへ愛を告げる。
 それがこの祭りの、フィナーレだった。

(多分……あたしの初恋は、あの銀髪の男の子なんだけど)
 
 男の子が王子様だとしたら、孤児のマーヤに恋を叶えるすべはない。
 まだ淡い想いの内に、うち砕かれてよかった。
 だからと言ってすぐに他の誰かを、好きになれるはずもないが――。

「マーヤさんのダンスのお相手に、私が名乗りをあげてもいいかな?」
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