バレンタインに愛を込めて~爺やが見守る王子の告白~

鬼ヶ咲あちたん

文字の大きさ
1 / 1

チョコレートに愛を込めて

しおりを挟む
「スペンサーさま、庶民の間では『バレンタイン』というものが流行っているらしいですぞ」

「爺や、それはどんなものだ。もっと詳しく話せ」

「何でも茶色いものを贈って、愛を告白するのだそうです。確か、2月14日だけに許された特別な儀式だとか」



 爺やは頭をひねって、記憶を絞り出すように話す。

 それを聞いた王子スペンサーは、頬を赤くさせる。

 告白――スペンサーには、それをしたい相手がいる。

 スペンサーが3歳の時から、ご学友としてお城に遊びにきてくれる、2つ年上の公爵令嬢ジュディス。

 出会ったときから大好きで、ずっと一緒にいたくて、小さいときは家に帰るジュディスを引き止めるために、泣いて駄々をこねたこともある。

 今となっては恥ずかしい思い出だ。



「2月14日か、もうすぐだな」

「ジュディスさまに、贈りものを用意しますか?」



 ニコニコしている爺やには、スペンサーの思いはお見通しなのだろう。

 スペンサーも隠そうとはしない。

 何しろ爺やの協力なくしては、きっとバレンタインはうまく行かない。



「そうだな、いい機会かもしれない。僕はバレンタインの儀式で、ジュディスに告白するぞ」

「助力いたします。何でも、この爺やにお申し付けください」

「茶色いものを贈るのだったな。ジュディスに相応しいものを探そう。爺やも意見を出してくれ」



 そうしてスペンサーは爺やと一緒に、あれでもないこれでもないと城の宝物庫を見て回った。



「なかなか、ジュディスに似合うものが見つからないな。母上にも相談してみるか」



 スペンサーは爺やを連れて、王妃の間へと向かう。

 スペンサーの突然の訪問も快く迎えてくれた王妃は、爺やとスペンサーの話を聞いてコロコロと笑った。



「あらあら、爺やもまだまだね。バレンタインの、肝心の情報が抜けているじゃない」

「肝心の情報でございますか?」

「そうよ、バレンタインに贈るものはね、ただの茶色いものではないの。チョコレートと呼ばれる甘いお菓子なのよ」

「なんと、そうでございましたか! この爺やの失態です、スペンサーさま、申し訳ありません」



 爺やが直角に腰を折り、スペンサーに頭を下げる。



「爺やはバレンタインのことを教えてくれたじゃないか。僕はそれを聞いて、勇気を出そうと思ったんだ。決して失態ではないし、無駄ではなかった」



 きりっとした顔でそう言うスペンサーを、王妃は頼もしい思いで見つめる。



「そうと決まれば、チョコレートを用意しなくては。母上、チョコレートはうちの料理人でも作れますか?」

「チョコレートは菓子職人に頼むほうがいいわよ。そうね、ジュディスは果物が好きだから、苺にチョコレートをかけたものは喜ぶかもしれないわ」



 王妃からおすすめのチョコレートを教えてもらったスペンサーは、すぐに厨房へ向かった。

 スペンサーがジュディスのために、バレンタインのチョコレートを用意している話はすぐに広まった。

 城の皆に温かく見守られながら、スペンサーは菓子職人と共にジュディスのための苺のチョコレートを制作し、何度も試食を重ね、納得のいくチョコレートを完成させ、いよいよバレンタインの当日を迎える。

 2月14日、スペンサーから招待状をもらったジュディスは、いつものように城へ遊びに来た。



「スペンサーさま、こんにちは。今日は何をして遊びましょうか?」

「ジュ、ジュディス! 今日は遊ぶ前に、聞いて欲しいことがある。ぼ、僕は、ジュディスのことが――!」



 後ろ手に持っていた苺のチョコレートの包みを、ジュディスの前に差し出すスペンサー。



「ジュディスのことが大好きなんだ! どうか、結婚して欲しい!」

「まあ、スペンサーさま……なんて気の早い」



 物陰から応援していた爺やと使用人一同は、堂々とした告白を成し遂げたスペンサーに拍手喝さいをしているが、ジュディスの反応はスペンサーの思っていたものとは違った。

 ジュディスはぽかんと口を開けて、スペンサーと包みを交互に見ている。

 きっとバレンタインのことを知らないのだと思ったスペンサーは、ジュディスに説明を始める。



「ジュディス、これはバレンタインといって、2月14日だけに許される愛の告白の儀式なのだ」

「そうだったのですか。……それで、私にこれを?」

「これはチョコレートという。ジュディスは果物が好きだから、母上や菓子職人に相談して苺のチョコレートを作った」



 スペンサーは、包みを開き、中から赤い苺を取り出す。

 苺にはたっぷりのチョコレートがかかり、艶々としていた。

 それを、ジュディスの口元へ持っていくスペンサー。



「さあ、ジュディス、僕の愛を受け取ってくれ」



 スペンサーに手ずから差し出され、ジュディスは恥ずかしそうにしながらも、小さな口に苺のチョコレートを頬張った。

 もぐもぐしたあと、ごくんと飲み込み、ふわっと笑みを浮かべる。



「とっても美味しいです。苺のチョコレート、初めて食べました」

「喜んでもらえて良かった。では、僕と結婚してくれるよね?」

「う~ん、それはまだ分からないというか……」

「なぜだ? こんなにも僕はジュディスのことが好きなのに」



 ジュディスを下から見上げ、瞳をうるませるスペンサー。

 そうなのだ、スペンサーはジュディスよりも背が低い。



「だって、スペンサーさまは、まだ7歳ですもの。お年頃になってから、他に好きな人が見つかるかもしれませんわ。結婚相手は、慎重に決めたほうがいいんですよ?」



 さすが2つ年上で9歳になるジュディスには、ことが単純に決められるものではないと分かっていた。

 しかし初恋を追い続けているスペンサーには、その道理が通じない。



「嫌だ、僕はジュディスがいいんだ。3歳のときから、もう4年も思い続けているのに。どうして駄目なんだ。ジュディスじゃないと、ジュディスじゃないと……」



 感情的になってしまい盛り上がりかけた涙を、スペンサーは零さないようにぐっとこらえる。

 そうすると、顎と唇に変なシワが寄るけれど、泣かないことのほうが大事だ。

 もうジュディスの前では泣かないと決めたのだ。

 情けないところを見せてはいけない。

 そうしないとジュディスにカッコイイと思ってもらえない。

 きりっとした顔と言葉遣い、大人のようなふるまいを練習した。

 全部、全部、ジュディスに好かれたいからだ。

 ここで、これまでの頑張りを、無駄にするわけにはいかない。

 

 だけど――振られて、悲しい。



 ぶわっと溢れ出る熱い奔流を止めきれず、スペンサーは膝から崩れ落ちて慟哭した。

 物陰から応援していた爺やと使用人一同も、皆、目にハンカチを当てている。

 ひとり取り残された形になったジュディスだったが、そこに救世主が現れる。



「こんなことになるだろうとは思っていたけど、予想以上ね」



 苦笑しながら近づいてきたのは王妃だった。

 ジュディスは慌ててカテーシーをする。



「いいのよ、楽にしてちょうだい。それより、戸惑わせてしまったわね」

「いいえ、私の説得がうまくいかず、申し訳ありませんでした」

「ふふふ、2つも年上だと、こんなにも大人びるのね。それとも女の子だからかしら?」



 王妃は嬉しそうにしながらも、涙と洟と涎でめちゃくちゃになったスペンサーの顔を、ハンカチで拭いてやる。

 えっぐえっぐと嗚咽を上げて、呼吸すら苦しそうなスペンサーは、ジュディスからみても憐れだった。

 困った顔をしているジュディスに、王妃は話しかける。



「ねえ、ジュディス、今はこんなに情けないスペンサーだけど、想いは本物なのよ。だから、もう少し年齢的に成長して、それでもスペンサーの気持ちがジュディスにあったら、そのときは考えてくれないかしら?」

「……分かりました、王妃さま」



 大人びていても、まだ9歳のジュディス。

 王妃によって囲い込まれてしまったことに気づかない。

 王妃は知っている。

 王によく似たスペンサーが、ジュディスへの執着をこじらせるに決まっていると。

 スペンサーのほうからジュディスを諦めることは絶対に無い。

 つまり成長してしまったら、もうジュディスに逃げ道はないのだ。

 今よりももっと大きく育った感情でもって、ジュディスを絡めとるだろうスペンサー。

 そんな未来が王妃には、まざまざと見えた。

 なにしろ己が辿ってきた道だ。

 せめてジュディスがスペンサーの重い愛に絞め殺されてしまわないように、ある程度は護ってやらなくてはと王妃は思う。

 

「今日はもうスペンサーも遊べないでしょうから、ジュディスは下がっていいわよ。せっかくだから苺のチョコレートは、もらって帰ってあげてね。何度も試作と試食を繰り返して、頑張って完成させたみたいだから」



 そう言って、泣きすぎて寝てしまったスペンサーの髪を撫で、母親の顔をしてほほ笑んだ王妃は美しかった。

 うっかりジュディスがそれに絆され、王妃さまがお義母さまになるのも悪くないと、考えてしまったくらいには。



 この年から毎年スペンサーは、バレンタインの儀式に向けて、菓子職人と共に趣向と技巧を凝らしたチョコレートづくりに励むことになる。

 そして13年目にようやくジュディスから結婚の了承を得るのだが、そのときにはチョコレートがこの国を代表する名産品となっていたとか。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

婚約者の心の声が聞こえるようになったが手遅れだった

神々廻
恋愛
《めんどー、何その嫌そうな顔。うっざ》 「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」 婚約者の声が聞こえるようになったら.........婚約者に罵倒されてた.....怖い。 全3話完結

侯爵様と婚約したと自慢する幼馴染にうんざりしていたら、幸せが舞い込んできた。

和泉鷹央
恋愛
「私、ロアン侯爵様と婚約したのよ。貴方のような無能で下賤な女にはこんな良縁来ないわよね、残念ー!」  同じ十七歳。もう、結婚をしていい年齢だった。  幼馴染のユーリアはそう言ってアグネスのことを蔑み、憐れみを込めた目で見下して自分の婚約を報告してきた。  外見の良さにプロポーションの対比も、それぞれの実家の爵位も天と地ほどの差があってユーリアには、いくつもの高得点が挙げられる。  しかし、中身の汚さ、性格の悪さときたらそれは正反対になるかもしれない。  人間、似た物同士が夫婦になるという。   その通り、ユーリアとオランは似た物同士だった。その家族や親せきも。  ただ一つ違うところといえば、彼の従兄弟になるレスターは外見よりも中身を愛する人だったということだ。  そして、外見にばかりこだわるユーリアたちは転落人生を迎えることになる。  一方、アグネスにはレスターとの婚約という幸せが舞い込んでくるのだった。  他の投稿サイトにも掲載しています。

彼はヒロインを選んだ——けれど最後に“愛した”のは私だった

みゅー
恋愛
前世の記憶を思い出した瞬間、悟った。 この世界では、彼は“ヒロイン”を選ぶ――わたくしではない。 けれど、運命になんて屈しない。 “選ばれなかった令嬢”として終わるくらいなら、強く生きてみせる。 ……そう決めたのに。 彼が初めて追いかけてきた——「行かないでくれ!」 涙で結ばれる、運命を越えた恋の物語。

勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです

ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。 彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。 先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。 帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。 ずっと待ってた。 帰ってくるって言った言葉を信じて。 あの日のプロポーズを信じて。 でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。 それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。 なんで‥‥どうして?

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

処理中です...