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チョコレートに愛を込めて
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「スペンサーさま、庶民の間では『バレンタイン』というものが流行っているらしいですぞ」
「爺や、それはどんなものだ。もっと詳しく話せ」
「何でも茶色いものを贈って、愛を告白するのだそうです。確か、2月14日だけに許された特別な儀式だとか」
爺やは頭をひねって、記憶を絞り出すように話す。
それを聞いた王子スペンサーは、頬を赤くさせる。
告白――スペンサーには、それをしたい相手がいる。
スペンサーが3歳の時から、ご学友としてお城に遊びにきてくれる、2つ年上の公爵令嬢ジュディス。
出会ったときから大好きで、ずっと一緒にいたくて、小さいときは家に帰るジュディスを引き止めるために、泣いて駄々をこねたこともある。
今となっては恥ずかしい思い出だ。
「2月14日か、もうすぐだな」
「ジュディスさまに、贈りものを用意しますか?」
ニコニコしている爺やには、スペンサーの思いはお見通しなのだろう。
スペンサーも隠そうとはしない。
何しろ爺やの協力なくしては、きっとバレンタインはうまく行かない。
「そうだな、いい機会かもしれない。僕はバレンタインの儀式で、ジュディスに告白するぞ」
「助力いたします。何でも、この爺やにお申し付けください」
「茶色いものを贈るのだったな。ジュディスに相応しいものを探そう。爺やも意見を出してくれ」
そうしてスペンサーは爺やと一緒に、あれでもないこれでもないと城の宝物庫を見て回った。
「なかなか、ジュディスに似合うものが見つからないな。母上にも相談してみるか」
スペンサーは爺やを連れて、王妃の間へと向かう。
スペンサーの突然の訪問も快く迎えてくれた王妃は、爺やとスペンサーの話を聞いてコロコロと笑った。
「あらあら、爺やもまだまだね。バレンタインの、肝心の情報が抜けているじゃない」
「肝心の情報でございますか?」
「そうよ、バレンタインに贈るものはね、ただの茶色いものではないの。チョコレートと呼ばれる甘いお菓子なのよ」
「なんと、そうでございましたか! この爺やの失態です、スペンサーさま、申し訳ありません」
爺やが直角に腰を折り、スペンサーに頭を下げる。
「爺やはバレンタインのことを教えてくれたじゃないか。僕はそれを聞いて、勇気を出そうと思ったんだ。決して失態ではないし、無駄ではなかった」
きりっとした顔でそう言うスペンサーを、王妃は頼もしい思いで見つめる。
「そうと決まれば、チョコレートを用意しなくては。母上、チョコレートはうちの料理人でも作れますか?」
「チョコレートは菓子職人に頼むほうがいいわよ。そうね、ジュディスは果物が好きだから、苺にチョコレートをかけたものは喜ぶかもしれないわ」
王妃からおすすめのチョコレートを教えてもらったスペンサーは、すぐに厨房へ向かった。
スペンサーがジュディスのために、バレンタインのチョコレートを用意している話はすぐに広まった。
城の皆に温かく見守られながら、スペンサーは菓子職人と共にジュディスのための苺のチョコレートを制作し、何度も試食を重ね、納得のいくチョコレートを完成させ、いよいよバレンタインの当日を迎える。
2月14日、スペンサーから招待状をもらったジュディスは、いつものように城へ遊びに来た。
「スペンサーさま、こんにちは。今日は何をして遊びましょうか?」
「ジュ、ジュディス! 今日は遊ぶ前に、聞いて欲しいことがある。ぼ、僕は、ジュディスのことが――!」
後ろ手に持っていた苺のチョコレートの包みを、ジュディスの前に差し出すスペンサー。
「ジュディスのことが大好きなんだ! どうか、結婚して欲しい!」
「まあ、スペンサーさま……なんて気の早い」
物陰から応援していた爺やと使用人一同は、堂々とした告白を成し遂げたスペンサーに拍手喝さいをしているが、ジュディスの反応はスペンサーの思っていたものとは違った。
ジュディスはぽかんと口を開けて、スペンサーと包みを交互に見ている。
きっとバレンタインのことを知らないのだと思ったスペンサーは、ジュディスに説明を始める。
「ジュディス、これはバレンタインといって、2月14日だけに許される愛の告白の儀式なのだ」
「そうだったのですか。……それで、私にこれを?」
「これはチョコレートという。ジュディスは果物が好きだから、母上や菓子職人に相談して苺のチョコレートを作った」
スペンサーは、包みを開き、中から赤い苺を取り出す。
苺にはたっぷりのチョコレートがかかり、艶々としていた。
それを、ジュディスの口元へ持っていくスペンサー。
「さあ、ジュディス、僕の愛を受け取ってくれ」
スペンサーに手ずから差し出され、ジュディスは恥ずかしそうにしながらも、小さな口に苺のチョコレートを頬張った。
もぐもぐしたあと、ごくんと飲み込み、ふわっと笑みを浮かべる。
「とっても美味しいです。苺のチョコレート、初めて食べました」
「喜んでもらえて良かった。では、僕と結婚してくれるよね?」
「う~ん、それはまだ分からないというか……」
「なぜだ? こんなにも僕はジュディスのことが好きなのに」
ジュディスを下から見上げ、瞳をうるませるスペンサー。
そうなのだ、スペンサーはジュディスよりも背が低い。
「だって、スペンサーさまは、まだ7歳ですもの。お年頃になってから、他に好きな人が見つかるかもしれませんわ。結婚相手は、慎重に決めたほうがいいんですよ?」
さすが2つ年上で9歳になるジュディスには、ことが単純に決められるものではないと分かっていた。
しかし初恋を追い続けているスペンサーには、その道理が通じない。
「嫌だ、僕はジュディスがいいんだ。3歳のときから、もう4年も思い続けているのに。どうして駄目なんだ。ジュディスじゃないと、ジュディスじゃないと……」
感情的になってしまい盛り上がりかけた涙を、スペンサーは零さないようにぐっとこらえる。
そうすると、顎と唇に変なシワが寄るけれど、泣かないことのほうが大事だ。
もうジュディスの前では泣かないと決めたのだ。
情けないところを見せてはいけない。
そうしないとジュディスにカッコイイと思ってもらえない。
きりっとした顔と言葉遣い、大人のようなふるまいを練習した。
全部、全部、ジュディスに好かれたいからだ。
ここで、これまでの頑張りを、無駄にするわけにはいかない。
だけど――振られて、悲しい。
ぶわっと溢れ出る熱い奔流を止めきれず、スペンサーは膝から崩れ落ちて慟哭した。
物陰から応援していた爺やと使用人一同も、皆、目にハンカチを当てている。
ひとり取り残された形になったジュディスだったが、そこに救世主が現れる。
「こんなことになるだろうとは思っていたけど、予想以上ね」
苦笑しながら近づいてきたのは王妃だった。
ジュディスは慌ててカテーシーをする。
「いいのよ、楽にしてちょうだい。それより、戸惑わせてしまったわね」
「いいえ、私の説得がうまくいかず、申し訳ありませんでした」
「ふふふ、2つも年上だと、こんなにも大人びるのね。それとも女の子だからかしら?」
王妃は嬉しそうにしながらも、涙と洟と涎でめちゃくちゃになったスペンサーの顔を、ハンカチで拭いてやる。
えっぐえっぐと嗚咽を上げて、呼吸すら苦しそうなスペンサーは、ジュディスからみても憐れだった。
困った顔をしているジュディスに、王妃は話しかける。
「ねえ、ジュディス、今はこんなに情けないスペンサーだけど、想いは本物なのよ。だから、もう少し年齢的に成長して、それでもスペンサーの気持ちがジュディスにあったら、そのときは考えてくれないかしら?」
「……分かりました、王妃さま」
大人びていても、まだ9歳のジュディス。
王妃によって囲い込まれてしまったことに気づかない。
王妃は知っている。
王によく似たスペンサーが、ジュディスへの執着をこじらせるに決まっていると。
スペンサーのほうからジュディスを諦めることは絶対に無い。
つまり成長してしまったら、もうジュディスに逃げ道はないのだ。
今よりももっと大きく育った感情でもって、ジュディスを絡めとるだろうスペンサー。
そんな未来が王妃には、まざまざと見えた。
なにしろ己が辿ってきた道だ。
せめてジュディスがスペンサーの重い愛に絞め殺されてしまわないように、ある程度は護ってやらなくてはと王妃は思う。
「今日はもうスペンサーも遊べないでしょうから、ジュディスは下がっていいわよ。せっかくだから苺のチョコレートは、もらって帰ってあげてね。何度も試作と試食を繰り返して、頑張って完成させたみたいだから」
そう言って、泣きすぎて寝てしまったスペンサーの髪を撫で、母親の顔をしてほほ笑んだ王妃は美しかった。
うっかりジュディスがそれに絆され、王妃さまがお義母さまになるのも悪くないと、考えてしまったくらいには。
この年から毎年スペンサーは、バレンタインの儀式に向けて、菓子職人と共に趣向と技巧を凝らしたチョコレートづくりに励むことになる。
そして13年目にようやくジュディスから結婚の了承を得るのだが、そのときにはチョコレートがこの国を代表する名産品となっていたとか。
「爺や、それはどんなものだ。もっと詳しく話せ」
「何でも茶色いものを贈って、愛を告白するのだそうです。確か、2月14日だけに許された特別な儀式だとか」
爺やは頭をひねって、記憶を絞り出すように話す。
それを聞いた王子スペンサーは、頬を赤くさせる。
告白――スペンサーには、それをしたい相手がいる。
スペンサーが3歳の時から、ご学友としてお城に遊びにきてくれる、2つ年上の公爵令嬢ジュディス。
出会ったときから大好きで、ずっと一緒にいたくて、小さいときは家に帰るジュディスを引き止めるために、泣いて駄々をこねたこともある。
今となっては恥ずかしい思い出だ。
「2月14日か、もうすぐだな」
「ジュディスさまに、贈りものを用意しますか?」
ニコニコしている爺やには、スペンサーの思いはお見通しなのだろう。
スペンサーも隠そうとはしない。
何しろ爺やの協力なくしては、きっとバレンタインはうまく行かない。
「そうだな、いい機会かもしれない。僕はバレンタインの儀式で、ジュディスに告白するぞ」
「助力いたします。何でも、この爺やにお申し付けください」
「茶色いものを贈るのだったな。ジュディスに相応しいものを探そう。爺やも意見を出してくれ」
そうしてスペンサーは爺やと一緒に、あれでもないこれでもないと城の宝物庫を見て回った。
「なかなか、ジュディスに似合うものが見つからないな。母上にも相談してみるか」
スペンサーは爺やを連れて、王妃の間へと向かう。
スペンサーの突然の訪問も快く迎えてくれた王妃は、爺やとスペンサーの話を聞いてコロコロと笑った。
「あらあら、爺やもまだまだね。バレンタインの、肝心の情報が抜けているじゃない」
「肝心の情報でございますか?」
「そうよ、バレンタインに贈るものはね、ただの茶色いものではないの。チョコレートと呼ばれる甘いお菓子なのよ」
「なんと、そうでございましたか! この爺やの失態です、スペンサーさま、申し訳ありません」
爺やが直角に腰を折り、スペンサーに頭を下げる。
「爺やはバレンタインのことを教えてくれたじゃないか。僕はそれを聞いて、勇気を出そうと思ったんだ。決して失態ではないし、無駄ではなかった」
きりっとした顔でそう言うスペンサーを、王妃は頼もしい思いで見つめる。
「そうと決まれば、チョコレートを用意しなくては。母上、チョコレートはうちの料理人でも作れますか?」
「チョコレートは菓子職人に頼むほうがいいわよ。そうね、ジュディスは果物が好きだから、苺にチョコレートをかけたものは喜ぶかもしれないわ」
王妃からおすすめのチョコレートを教えてもらったスペンサーは、すぐに厨房へ向かった。
スペンサーがジュディスのために、バレンタインのチョコレートを用意している話はすぐに広まった。
城の皆に温かく見守られながら、スペンサーは菓子職人と共にジュディスのための苺のチョコレートを制作し、何度も試食を重ね、納得のいくチョコレートを完成させ、いよいよバレンタインの当日を迎える。
2月14日、スペンサーから招待状をもらったジュディスは、いつものように城へ遊びに来た。
「スペンサーさま、こんにちは。今日は何をして遊びましょうか?」
「ジュ、ジュディス! 今日は遊ぶ前に、聞いて欲しいことがある。ぼ、僕は、ジュディスのことが――!」
後ろ手に持っていた苺のチョコレートの包みを、ジュディスの前に差し出すスペンサー。
「ジュディスのことが大好きなんだ! どうか、結婚して欲しい!」
「まあ、スペンサーさま……なんて気の早い」
物陰から応援していた爺やと使用人一同は、堂々とした告白を成し遂げたスペンサーに拍手喝さいをしているが、ジュディスの反応はスペンサーの思っていたものとは違った。
ジュディスはぽかんと口を開けて、スペンサーと包みを交互に見ている。
きっとバレンタインのことを知らないのだと思ったスペンサーは、ジュディスに説明を始める。
「ジュディス、これはバレンタインといって、2月14日だけに許される愛の告白の儀式なのだ」
「そうだったのですか。……それで、私にこれを?」
「これはチョコレートという。ジュディスは果物が好きだから、母上や菓子職人に相談して苺のチョコレートを作った」
スペンサーは、包みを開き、中から赤い苺を取り出す。
苺にはたっぷりのチョコレートがかかり、艶々としていた。
それを、ジュディスの口元へ持っていくスペンサー。
「さあ、ジュディス、僕の愛を受け取ってくれ」
スペンサーに手ずから差し出され、ジュディスは恥ずかしそうにしながらも、小さな口に苺のチョコレートを頬張った。
もぐもぐしたあと、ごくんと飲み込み、ふわっと笑みを浮かべる。
「とっても美味しいです。苺のチョコレート、初めて食べました」
「喜んでもらえて良かった。では、僕と結婚してくれるよね?」
「う~ん、それはまだ分からないというか……」
「なぜだ? こんなにも僕はジュディスのことが好きなのに」
ジュディスを下から見上げ、瞳をうるませるスペンサー。
そうなのだ、スペンサーはジュディスよりも背が低い。
「だって、スペンサーさまは、まだ7歳ですもの。お年頃になってから、他に好きな人が見つかるかもしれませんわ。結婚相手は、慎重に決めたほうがいいんですよ?」
さすが2つ年上で9歳になるジュディスには、ことが単純に決められるものではないと分かっていた。
しかし初恋を追い続けているスペンサーには、その道理が通じない。
「嫌だ、僕はジュディスがいいんだ。3歳のときから、もう4年も思い続けているのに。どうして駄目なんだ。ジュディスじゃないと、ジュディスじゃないと……」
感情的になってしまい盛り上がりかけた涙を、スペンサーは零さないようにぐっとこらえる。
そうすると、顎と唇に変なシワが寄るけれど、泣かないことのほうが大事だ。
もうジュディスの前では泣かないと決めたのだ。
情けないところを見せてはいけない。
そうしないとジュディスにカッコイイと思ってもらえない。
きりっとした顔と言葉遣い、大人のようなふるまいを練習した。
全部、全部、ジュディスに好かれたいからだ。
ここで、これまでの頑張りを、無駄にするわけにはいかない。
だけど――振られて、悲しい。
ぶわっと溢れ出る熱い奔流を止めきれず、スペンサーは膝から崩れ落ちて慟哭した。
物陰から応援していた爺やと使用人一同も、皆、目にハンカチを当てている。
ひとり取り残された形になったジュディスだったが、そこに救世主が現れる。
「こんなことになるだろうとは思っていたけど、予想以上ね」
苦笑しながら近づいてきたのは王妃だった。
ジュディスは慌ててカテーシーをする。
「いいのよ、楽にしてちょうだい。それより、戸惑わせてしまったわね」
「いいえ、私の説得がうまくいかず、申し訳ありませんでした」
「ふふふ、2つも年上だと、こんなにも大人びるのね。それとも女の子だからかしら?」
王妃は嬉しそうにしながらも、涙と洟と涎でめちゃくちゃになったスペンサーの顔を、ハンカチで拭いてやる。
えっぐえっぐと嗚咽を上げて、呼吸すら苦しそうなスペンサーは、ジュディスからみても憐れだった。
困った顔をしているジュディスに、王妃は話しかける。
「ねえ、ジュディス、今はこんなに情けないスペンサーだけど、想いは本物なのよ。だから、もう少し年齢的に成長して、それでもスペンサーの気持ちがジュディスにあったら、そのときは考えてくれないかしら?」
「……分かりました、王妃さま」
大人びていても、まだ9歳のジュディス。
王妃によって囲い込まれてしまったことに気づかない。
王妃は知っている。
王によく似たスペンサーが、ジュディスへの執着をこじらせるに決まっていると。
スペンサーのほうからジュディスを諦めることは絶対に無い。
つまり成長してしまったら、もうジュディスに逃げ道はないのだ。
今よりももっと大きく育った感情でもって、ジュディスを絡めとるだろうスペンサー。
そんな未来が王妃には、まざまざと見えた。
なにしろ己が辿ってきた道だ。
せめてジュディスがスペンサーの重い愛に絞め殺されてしまわないように、ある程度は護ってやらなくてはと王妃は思う。
「今日はもうスペンサーも遊べないでしょうから、ジュディスは下がっていいわよ。せっかくだから苺のチョコレートは、もらって帰ってあげてね。何度も試作と試食を繰り返して、頑張って完成させたみたいだから」
そう言って、泣きすぎて寝てしまったスペンサーの髪を撫で、母親の顔をしてほほ笑んだ王妃は美しかった。
うっかりジュディスがそれに絆され、王妃さまがお義母さまになるのも悪くないと、考えてしまったくらいには。
この年から毎年スペンサーは、バレンタインの儀式に向けて、菓子職人と共に趣向と技巧を凝らしたチョコレートづくりに励むことになる。
そして13年目にようやくジュディスから結婚の了承を得るのだが、そのときにはチョコレートがこの国を代表する名産品となっていたとか。
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